奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


第百九十二話 冒険者の頂点

 呼吸を整える。

 

 激しい動きを行っている訳でもないのに簡単に乱れる呼吸に自分の未熟さを感じながら、指示された通りの動作を自らの体に教え込む。

 

 これが、中々に難しいんだなぁ。

 

「良し、そこまで」

「……ふぅー……はい! ありがとうございました!」

「お兄ちゃん、お疲れ様!」

「ああ、ありがとう」

 

 指導してくれた喜多村さんに礼を行う。剣道なんかである程度体の動かし方は学んでいたが、やっぱり中国拳法は難しい。最近、勉強の傍らあまり傍から離れない一花と一緒に中国拳法の指導を受けて居るんだが……うぅむ。成果が出ているのかが良く分からないな。

 

「いや、その歳で大したものだと思うよ。俺が君と同じくらいの頃は飛んだり跳ねたりが精々だったからね」

「そう言われると自信になります。中国拳法は、確か一緒に撮影を行っていた……」

「ああ、マスクマンの時にね。あれ以来、趣味になってしまってね。今でもずっと続けていて……まぁ、お陰で色々と幅も広がったよ」

 

 喜多村さんの言葉に頷き、一口スポーツ飲料を含む。エアコントロールをあえてOFFにして、周囲の空気の流れを感じながら型を繰り返す。それだけの事なのに強化された体力を持つ自身ですら大分消耗している。これを長年続けているというそれだけで尊敬できてしまう。

 

 基礎の型に込められた意味合いが多くて、幾ら懸命になろうと深みがまるで見通せない。そんな底の深さが、中国拳法には確かにある。実感こそまるでわかないが、それが少しだけでも感じられる程度にはどうやら自分は進歩しているらしい。

 

 奥多摩では以前武道場代わりに使っていた体育館周辺を改装して、更に様々な武術を学ぶための施設を建てている所だ。本格的に研修専門のダンジョンになりそうだから、学ぶ、修行するための施設は急ピッチで整えられている。

 

 人員についても同じだ。剣術と空手や柔道などは以前から講師を……講師と言っていいのか分からないが……雇っており、完全な素人に得物を持たせる前に基礎的な技術を教え込んでいた。

 

 それを更に発展させて、現在では槍術や薙刀、棒術といった長柄の武器を扱う方や、剣術でも安藤さん以外の流派の方を招いたりして選択の幅を広げるようにしている。それに喜多村さんのように初代様経由で冒険者としての訓練の傍ら、他の冒険者に稽古をつけてくれる臨時雇いの講師も居たりするから、体術の訓練というだけでも結構恵まれた環境になって来ている。

 

 かくいう俺もその恵まれた環境を利用して、様々な武術を齧っている最中だ。少し情けない所を妹に見せてしまったし、次に恭二と会った時にはボコボコにする位の力を身につけておかないとな。

 

 

 

 先日の騒動。騒動としておく。決してそれ以上の事ではなかったと、俺は思っている……から数日。ケイティは約束通り、広まってしまった不当なイメージを払しょくする為にある映像を公開した。勿論、それは俺と恭二の許可を取ったうえで、と言っておく。

 

 内容は、俺と恭二のヘルメットに残されていたSDの映像だ。数か月前SDに記録されていた、とあるダンジョンアタックの映像。途中まで変哲もない。30層までバリバリとモンスターを引き潰すだけのその映像は、30層のボス部屋をクリアした時に少しだけ様子が変わったのだ。

 

 音声だけは除かれたその映像では互いに向き直って何か言葉を交わし……そして、互いに笑顔を浮かべながら二人の戦いは始まった。

 そう、これは彼等二人が時たま行っている模擬戦……世界最強決定戦と言っても良い試合の映像である。

 

 試合が始まったと思われる瞬間、互いに横に飛んで互いの攻撃から身をかわす。一郎はスパイディだろう、視界を遮るように『左手につけた』ウェブシューターから糸を連射し、右手を使って部屋内を動き回る。

 

 その動きを予測していた恭二は恐らく風の魔法だろう、結界のような物を周囲に張り巡らして横に飛ぶ。疑似的な空中飛行を短期間だが行い、そして、右腕に炎を纏わせて、それを飛び交う一郎に向けて解き放つ。

 

 その炎は、大きく、巨大で……美しい赤に身を包んだ不死鳥の姿をしていた。

 

 不規則な軌道で一郎に迫る鳳凰を更に恭二は連続で放つ。視界一面が炎に包まれるほどの連射にその映像を見ていた面々は恭二という冒険者の強さと恐ろしさを知り、勝負が着いた事を確信し……炎全てがその姿のまま凍り付いた事に驚愕を覚えた。

 

 凍り付いた鳳凰を蹴り砕き、銀色の手袋をはめた一人のヒーローが姿を現す。そのヒーローは、もう一度呼び出された鳳凰を右手から噴射された冷凍ガスで凍り付かせると、真っ直ぐ恭二との距離を詰める為に走り出した。

 

 刀を抜いた恭二が周囲に水泡のような魔法を出現させる。恐らくは相当圧縮された水の塊だろうか、弾こうとした一郎の拳を逆に押し返し、その隙に恭二は見事な太刀筋で応戦する。

 

 そのコンビネーションは凶悪だ。或いは、このまままた距離を取られてそして……そう、誰もが思ったその時。

 

 ヒーローは猛烈な攻撃の最中。両手を胸の前で合掌し、何かを包み込むように……その掌を花開かせるように開いたのだ。

 

 周囲を旋回する水球を。炎を纏った斬撃を。彼は無数の拳によりいなし、逸らし、刀の懐に潜り込む。そして、必殺の諸手打ちが恭二を捉えようとした時。不意に黒い何かが一郎、恭二視点共に吹き出てきて、視界を覆いつくしてしまった。

 

 再び視界が戻った時。二人の距離は最初の距離とほぼ同等の、10m近い距離になっており……

 恭二の両手には、オレンジ色に発光した魔法陣があった。

 

 

 

 そこで映像は途切れる。その後の勝敗は彼ら二人にしかわからない事だ。

 ただ、一つだけいえる事はある。

 この頂きとも言える冒険者二人の『組み手』は、先日のランク制度導入をも上回る反響を世にもたらした。

 人類は、ここまで上り詰める事が出来るのだという事実と共に。




黒く噴き出したアレはゲートの魔法です。流石にこの情報は不味いという事でうまくごまかしてあります。一部こういうのが大好きなどこかのご老人辺りは勘づいてそうですが

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