ちょっと指摘があったのでセルゲイさんの名字を変更
ロシア代表のセルゲイさんは非常に大柄な人だ。2m越えの身長に元々格闘技を行っているという屈強な肉体。マニーさんと同じく愛嬌のある顔立ちだと思うが、体格が体格の為に側に立たれると物凄い威圧感を感じる。
『お久しぶりです』
「オヒサァシブリス」
『翻訳で良いよ?』
『……やはり日本語は難しいですね』
そんな喋る熊の様なセルゲイさんだが、実際に喋ってみると実はかなり話しやすい人だったりする。自分が厳つい外見だという事を気にしているみたいで、自分から話しかけることは少ないが会話を振ると大体ノッてくれるし、ロシアでもかなり有名な大学の大学院生という事もあってかなり博識だったりする。専門は確か文学だっただろうか。
まぁ、さっきの日本語を聞いて文学部? と思われるかもしれないが、文系とは言え別に外国語専門ではないからな。あと、そもそも日本語って発音から何からめちゃめちゃ難しいらしい。それでも読みの方はほぼ1年で全く問題がない位に仕上げたんだからかなり優秀だと思う。発音に関してはかなり長い目で見ないと難しいだろう。
この事例を見るに恭二への一念であんだけ上達が早かったケイティはやはりスゲーって事だろう。オタク趣味で必死になって日本語を勉強しているベンさんですら未だに似非日本語だしね。
『最初は金策になればと、研究室の面々でゴブリンを叩きに行ったのが始まりでした。文学部はどうしても、他に比べて予算の確保が難しいので』
『それって、ヤマギシが動画を公開し始めたくらいの事かな?』
『初めてスパイダーマンが出てきた位ですかね。研究室の他の学生が見つけて。その後に翻訳という魔法の存在も出てきて教授も興味を持ち初めまして』
どんな相手とも意思疎通が可能になる翻訳魔法は、教授さんにとって喉から手が出る程欲しい代物であったらしい。そんな存在を提示された彼の担当教授は安全面という至極真っ当な思考回路を放棄。金策と魔法習得が同時に熟せる素晴らしい手段としてダンジョンへと乗り出したそうだ。
まぁ、セルゲイさんは体格的に魔法抜きでもオークと殴り合いが出来そうな人だし、彼が味方側として側にいるなら冒険してみよう、と思うのも分からないでもない。実際、国側が規制をかけるまでの期間の間に5層までは庭のような状態だったらしいしな。それ以降の階層は他の人がついて行けなくて断念したそうだが、恐らく彼一人ならオークとも問題なくやり合えたんだろう。
ロシアでのダンジョンへの侵入規制は割と早く行われたらしい。アメリカ側と違って情報はないが、恐らく軍人に結構な数の死人が出ているんだとか。その辺りはセルゲイさんも聞かされていないらしく、断片的に協会幹部からそういった事があったとだけ聞かされたそうだ。情報統制が厳しい国ってのは確かだな。
『それで、冒険者協会に行くと思ってたんだけどこれはどんな催しなんだ?』
『結構大きな……なんぞこれ』
『そちらの用事も確かにありますが。実を言うと、今回は丁度良い機会なんでお二人に是非見て欲しい物がありまして』
ホテルでセルゲイさんと「また後程会いましょう」と別れた後、何カ所か名所っぽい所を巡った後に頃合いだという事で連れていかれたのは、結構大きな複合施設のような所だった。スタジアムのような形をしているが野球場とかサッカー場なんかにするには少し小さすぎるその施設は、何というか、そう……
『コロッセオってさぁ。ころせよぉって聞こえるよね』
『ああ、それか』
『そ、そこまで物騒な施設では……いえ、それに近い用途の時もありますが』
一花の言葉に頭の隅に引っかかっていた単語が出てきたと喜ぶと、そんな俺と一花のやり取りにオリーヴィアさんが乾いた声で笑いながらそう弁護するような言葉を発した。
『ここは、魔法技術を用いて行われるスポーツや格闘技の専用施設です。最近少しずつ認知度を上げて居るんですよ』
『ほへぇ。そんなのがあるんだ』
『冒険者用の訓練施設が元になっておりまして、ドイツとロシアの協会が主導で運営しています。モスクワにももう一つコロッセオがあって、興行が上手くいけばイタリアやフランスにも広げていこうと計画されています』
冒険者の力の使いどころの模索をしている時に出てきた案らしく、オリーヴィアさんも参加したことがあるらしい。これもまた各国独自の魔法の有効活用という事だろう。確かに良く見ればそこここでレベルバッジを付けた冒険者が居るし、協会の職員らしき人も居る。
成程、冒険者の訓練風景って結構派手になるし、そこに目を付けていっそ、という事かな。実際目の付け所としては悪くないと思う。今日は確か平日の筈だがコロッセオの中には結構な数の来客が来ているし、客席の方からはそれと分かる熱気が伝わってくる。かなり盛況な様子だ。
『……これって、いつ位に出来上がったの?』
『前回の教官訓練時には工事に着工していて、完成したのは今年の夏です。……こう言っては申し訳ないんですが、非常にタイミングが良かったですね』
『夏かぁ……うん。あれの後ならまぁ、分かるかな』
白けた様な表情を浮かべる一花の言葉。夏というと……一花の反応的にあの動画辺りが原因って事だろうが。あの動画で人気が出るってのもちょっと複雑な心境である。俺は知り合いのコスプレだし、恭二は恭二で漫画の技をパクりまくってるし。
しかし、こういった魔法による催し物というか、施設とかが出来ていたのは知らなかった。バリアがあれば格闘技なんかはかなり安全になるだろうし……まぁその分、どうやってケリをつけるかが難しいだろうが、色々工夫しているんだろうな。
そのままオリーヴィアさんの案内に従いコロシアムの職員用の通路を通り、実況席やらが設置された区画のゲストルームに通される。何でも今日は現在のパンクラチオンルールの暫定王者であるセルゲイさんと、ドイツ代表の一人の試合があるらしい。出来て数か月のコロッセオとは言えチャンピオンとはセルゲイさん凄いな。
『パンクラチオン方式は素手による戦いとなります。互いにバリアは当然行っていますが、有効だと見られる攻撃を5度相手に当てれば勝利という非常に単純なルールです』
『……これ、互いに魔法は?』
『攻撃魔法以外なら全てアリとなっています。周囲の壁にはアンチマジックが付与されていますので極力安全は確保されています』
『ふーん。空中戦もありって事か。障害物なんかもあるし、これめちゃめちゃ派手になるんじゃない?』
『見ごたえは保証しますよ』
一花の言葉にニヤリ、とオリーヴィアさんが笑って答える。闘技場というから映画なんかで見る砂地で出来た舞台を思い描いていたのだが中にはあえて作られたのだろう段差や大きな岩、柱といった遮蔽物のような物がゴロゴロと転がっているし、これを全部使って良いんなら結構派手な事が出来そうだ。
俺なら柱にウェブを使って振り回すとかかな。バリアがあれば柱でどついても死にはしないだろうし、むしろそれくらいしないと有効打として認められなさそうな気がする。
ふーむ、と物色するように舞台を眺めていると、会場の準備が出来たらしく、実況席に座った兄ちゃんが手元のメモを眺めながら声を張り上げ始めた。あの実況の兄ちゃんも教官訓練で見た事のある人だ。そんな人物を実況に使ってるとは、ドイツ側はこのコロッセオに相当力を入れているみたいだな。
【皆様、大変お待たせ致しました。これより魔法格闘技総合戦・パンクラチオンルールのタイトルマッチを行います。まずは挑戦者、西の方角より我がドイツの誇る白い雷光、アウグスティーン ・ フレンツェンの入場です!】
その言葉と共に、恐らく出力を落としたフレイムインフェルノだろうか。二本の火柱が上がり、その間からボクサーパンツとグローブを付けた白人の男性が静かに会場内へと入ってくる。彼もオリーヴィアさんと同期の最初期から冒険者を行っている古参組の一人で、白人参加組でもかなりの巨躯を誇る人物だ。
彼はシャドーの要領で数回虚空に向かって拳を打ち込むと、仁王立ちの姿勢になり反対側……チャンピオンがやってくる入口を睨みつける。
【続きまして……暫定王者の登場です。ロシアの誇る人間戦車! 赤い暴風、セルゲイ・ルビンスキ!】
アナウンスの声に合わせるように再び上がる火柱。それらは先程と違って通路を完全に遮るように現れ、チャンピオンの入場を邪魔するようなその光景に来場していた観客達がざわめく中それは起きた。
ブオン、という擬音が見えるかのような腕の一振り。ただの一振りで立ち上る火柱が、まるで風にかき消されたかのように立ち消える。おぉ、と感嘆の声がそこかしこから洩れる中、その腕の持ち主は会場内に姿を現した。
鍛え抜かれた筋肉に包まれた肉体。大柄なフレンツェンさんが小さく見えるほどの巨躯。そして、特徴的な赤いパンツ。
傷こそないが何をイメージしているかは一瞬で分かったぜ。そうか、そういえば外国でもアレ人気だったよね。そっちに行ったか、セルゲイさん。
『この戦いを、祖国とマスターに捧げる……!』
『……同じく』
天に右人差し指を向けてそう宣言するセルゲイさんと、その言葉に頷きを返すフレンツェンさん。その言葉に口から魂が抜けだした一花を他所に、二人の漢と漢は舞台の中央でぶつかり合った。
誤字修正は起きたらやります