奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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誤字修正、kuzuchi様ありがとうございました!


第二百八話 『水銀』の錬金術師

『お察しの通り私は実務面ではそれほど役に立つ存在ではなくてね』

『堂々と言わないでよお姉ちゃん』

 

 飲み物としてビーカーを手渡したり(中身はレモネード風味のジュースだった)それ言っていいのかというぶっちゃけた発言をしたり、どうやらアガーテさんは見た目通りかなりかっ飛んだ人物らしい。この人と話してると本社の開発部の先輩さんやアメリカの変人兄ちゃんを思い出す。

 

 有体に言えば有能な変人枠って事だ。こういうタイプの人と話してると世の中の広さを思い知らされる。

 

『実務ができない協会長ってそれはそれでヤバいんじゃないの?』

『副会長と幹部陣はその分実務畑の人材が揃ってるからね。私がこの椅子に座ってるのは、まあ。日本で言うと客寄せパンダだよ』

『せめて広報役とか、そういう言葉にした方がいいんじゃない?』

『……ああ!』

『ああ! じゃないが』

 

 顔を引きつらせた一花の言葉にアガーテさんは今思いついた、と言わんばかりにポン、と手を叩く。その様子にオリーヴィアさんが痛そうに頭を抑えている。俺? 歯を食いしばって必死に笑わないようにしてるよ。

 

 まぁ、これだけ聞くとドイツ協会ヤバいとしか感じないんだが、流石にそこはれっきとした世界規模の組織。ただのお飾りを一国のトップに据えるなんて事はない。つまり実務面を差っ引いても彼女をトップに座らせるだけの理由が彼女にはあるということだ。

 

 その理由が――錬金術。

 

『「水銀」ねぇ』

『なるほど。これも魔法、なんですよね?』

『ああ。エアコントロールとウォーターボールの融合……と言えば聞こえは良いが、用は二つの魔法を水銀に付与しただけなんだがね。君たちの二番煎じに過ぎない技術だよ』

 

 いや、それかなり凄い技術だと思うんだが。今、俺と一花の前で踊るように動く銀色の水を眺めながら俺はごくりと唾を飲み込む。どっからどう見ても月霊髄液にしか見えない。一花なんか目が怪しく光ってるぞ、自重しろ妹。

 

『これ、かなり自在に動いてますが』

『私が維持できるのは精々5、6リットルくらいかな。重さのせいもあってそれ以上となるとエアコントロールの出力では操りきれないんだ。索敵能力も運搬能力もないし「元ネタ」に比べればただ動く水銀に過ぎないね』

 

 それでもかなりの代物だろう。反発しない魔法を一つの素材に付与する、というのは俺たちも行っている。しかしそれが液体で、となると話は変わってくる。固形の物品と違って流動する液体の場合、魔法を付与するのがかなり難しくなるからだ。

 

 例えば水にエアコントロールを付与するとして、それで水を自在に動かせるのかというとそんな事は無い。仮に付与しても水の内部にある空気が漏れ出すだけになる筈だし、そもそもどの位の範囲が魔法にかかっているかがわからないので殆ど使い物にならないのだ。

 

 ウォーターボールの場合はそもそも水球を作り上げるだけの魔法なのでこんなに自在に変形したりできないし、あれで生み出すのは水であって水銀ではないからな。

 

 恐らくウォーターボールの魔法で扱う水銀の範囲を、エアコントロールで操作を、という形なんだろうが、俺にはまずどうやってるかも思いつかないし到底無理な芸当だろう。こういうのが得意な一花も難しそうな顔を浮かべている以上、たぶん現在はアガーテさんしか使い手のいない技術だ。

 

 恭二辺りならウォーターコントロールとかそういった魔法を作り出して同じことができそうだが、彼女はそういった新規の魔法を作り出すのではなく既存の、結構な割合の術者がいる魔法だけを用いてこの状態に仕上げたわけだ。ドイツ協会が旗印にしている理由がなんとなくわかった気がする。

 

『私にとっては目的の為の研究の成果の一つなんだが、ここまでに目立った功績の無いドイツ協会では数少ないアピールポイントらしくてね。この研究成果と技術部門の最古参だったせいでなれない椅子に座らされることになった。まぁ変わりに研究費に困ることはなくなったんだがね』

 

 ちびちびとビーカーを傾けながら、アガーテさんは話を続ける。 

 

『ドイツ冒険者協会は立ち上げの時にいくつかの団体が纏まって誕生した経緯があるんだ』

『さっき言ってたね。錬金術師組合だっけ?』

『そう。後は魔術研究会とか、幾つかの騎士団とかそういった。言ってみればおファンタジーな内容でも馬鹿にせずに真剣に取り組めるだろうって連中だね』

 

 そういえば門番さんが何故か騎士甲冑つけてたっけな。あれ、もしかしてマジモンの甲冑だったのか。しまったな、撮影を頼めばよかった。

 

『……もしかしてだけど、ドイツってあんまり』

『ファンタジー文学やらに関しては決して負けないとは思っているんだがね。ダンジョンや魔法の登場に対して国全体の初動が遅くて、日米の後塵を拝するようになってからようやく私たちのような民間の小規模団体が寄り集まってダンジョン攻略を始めたんだ。その辺りで世界冒険者協会からも声掛けがあって、じゃあ丁度良いから、とね』

 

 嘆くような声音をあげてアガーテさんはふるふると首を横に振る。

 

『あの段階でさっさとダンジョン攻略と研究にリソースを割り振っていれば今のように殆どの主要な技術を日米に抑えられるなんて事も無かったんだが。特に発電だね。魔力電池の開発は我々も行っていたが、アドバンテージが大き過ぎて勝負にもならないなんて羽目にならずにすんだんだああ思い返すと腹立たしい何が現場の努力が足りないだ政治家の無能を我々研究者に押し付けてなんとするだからあのハゲは』

『姉さん、落ち着いて姉さん』

『……おお! すまない。つい愚痴が出てしまった』

『……あ、いえ。お疲れ様です』

 

 険しい顔をしたと思ったら一転、アガーテさんはころっと表情を変えて謝罪を口にした。何というか、根っからの技術屋というか。ドイツ協会はヤマギシの誘致にもかなり積極的に動いているというし、彼女をトップに据えているという事はドイツは攻略そのものよりも技術開発に力を割り振っているんだろうな。

 

 先ほどの水銀操作を見るに魔法技術もかなりの腕前だし、冒険者としてもこの人強いんじゃないかなーと思うが、多分そんな事よりも研究に専念したいんだろうな、この人。

 

『ねぇ、さっきちらっと言ってたけどさ。水銀操作は成果の一つって事は目的はもっと別なんだよね。結局何をやろうとしてるの?』

 

 会話が少し途切れた所に一花はそう尋ねる。そういえば水銀は目的の為の研究の一つって言っていたな。見た限りだと現時点でもかなり高度な事をやってるように見えるが、これが通過点の一つとなるとその目的ってのはどれだけ難しい事なのか。確かに内容が気になる。

 

『あー。ええと、まだまるで進んでいないし一応機密もあるんだが』

『話せる範囲でも良いよ?』

『ふぅむ。……まぁ、現状だと君らの発見に頼り切りの状態であるしなぁ……構わんか』

 

 少し考え込むように宙に視線を泳がせて、アガーテさんは小さく頷くと自分の手に嵌めていた指輪を一つ、大事そうに抜き取ってから一花に『これを見て欲しい』と手渡した。

 

『出来れば鑑定眼を持っているキョージ・ヤマギシ殿に見てもらいたい代物でね』

『へぇ……綺麗だねこれ。銀で出来てるのかな』

『いいや。分からないんだ、それが』

『……分からない?』

 

 そっと指輪を手に取り眺める一花の言葉に、アガーテさんは小さく首を横に振って口を開いた。

 

『私の錬金術師としての目標は、これを生成する事なんだ。恐らく、これは魔法銀……ミスリルなんだと思う』

 

 固い決意を言葉の端に滲ませながら、アガーテさんはそう言葉にする。その名前に俺と一花は小さく息を呑んだ。

 ダンジョンが出てきてからこっち、ファンタジーな単語には慣れてると思ってたけどな。まさかこの旅の内にその名前を聞く事になるとは思わなかったぜ。




『水銀』の錬金術:見た目月霊髄液。流体の操作が可能になるという画期的な技術、としてドイツ協会が喧伝してるが日本の技術発表が多すぎて今一目立っていない。色々使い道があるのは間違いない。

なんだか良く分からない素材の指輪:付けてると疲れが緩和されるらしい。元々持っていたものだが魔石の吸収を行っていた際に光を放ち、成分を調べてみたら良く分からないと結論が出た。バッハシュタインの家に代々伝わる物らしい。

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