奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


第二百九話 推しとファン

『現代医学は未知の領域に到達した』

 

 ドイツにあるとある大学。今回の訪独には冒険者協会への顔出しとは別に要件があったのだが、その際にやたらと髭が長い白髪の教授さんが出てきて、俺の両手を取ったと思ったらこの一言である。

 

 俺なんかやっちゃいましたっけ? と最近流行りの言葉でその場を濁そうと曖昧な笑みを浮かべたのだが、残念な事にそちら関係のネタが通じないドイツでは皆くそ真面目な顔で俺がやらかしたらしい偉業を声高に褒め称えてくる。偉業というか、うん。凄いのは俺という訳じゃないのだが。

 

『では、次はスパイダーマンでお願いします』

『あ、はい』

 

 いそいそと新しい用紙を準備しながらそう要請してくる学者さんに答えてライダーマンからスパイダーマンへと変身を変える。この際マスクはつけない状態での姿に変わった為、金色に変わった髪に一瞬どよめきが起こるがそこは皆さん一流のマッげふんげふん科学者さん。

 

 すぐに初志を取り戻し俺の頭とかにごてごてと張り付けられた何かしらの測定器らしき代物から吸い上げられるデータへと視線を戻していた。

 

 何をやってるのかって? IQテストですよ。

 

 

 

『信じられん。何度見ても……うぅむ』

『そうだろうそうだろう』

 

 白髪の教授の言葉に何故か得意げな表情でアガーテさんが頷く。ちなみに今アガーテさんは俺の膝の上に座っており、うんうんとアガーテさんが頭を動かすたびに三角帽の先の部分がぺちぺちと頬を叩いてくる。

 

『あの、アガーテさん。帽子の先が』

『アガーテと呼んでくれと言っただろう、一路』

『あ、はい……あ、アガーテ』

 

 若干据わった目で上目遣いをされても迫力しかないんだな。ここに来て初めての経験ばかりだぜ(白目)

 精一杯のひきつった笑顔でそう返すと、アガーテ……は顔を綻ばせて無邪気そうな笑みを浮かべた。10近く年上の人とは思えないその邪気のない笑顔も、先ほどの視線を思い出すとそのまま受け取ることができないんですがね。

 

 何でこうなっているのかというと……一番近い言葉はこれだろうな。ファンサービス。

 アガーテさん、大人気すぎて上映が未だに続いているライダー映画の大ファンなんだそうだ。特に二代目ライダーマンたる結城一路のファンらしい。うん、結城一路のファンだ。鈴木一郎じゃない。

 

 初めてドイツ冒険者協会を訪れた時に有能な変人枠だな、と判断した俺の見立ては間違っていなかった。彼女はシャーロットさんとある種の同類で、そしてある一点で決定的に違う人種の人間なのだ。

 

 そう。現実を二次元に近づけようとその全てを博愛の精神で推していくシャーロットさんと違い、彼女は推しは俳優ではなくキャラ。そのキャラの姿とあり方と性格が好きだからひたすらそのキャラを推し捲る。ある種極まったファンと言える人種だ。

 

『あ、少し髭を伸ばしたらどうだろうか。あの映画の一路は若々しい姿だったから、出来ればどうねげふんげふん。30前後の落ち着いた雰囲気が出てくれば色々捗るんだが』

『しかも脳内発展まで行えるタイプかぁ……』

 

 初めてシャーロットさんに襲撃された時を思い出すね。コミック読破するまで終われま10の時は辛いとか嫌だとかではなく魂が抜けそうになったよ。

 

 一日だけで良いので、と割とお姉さん想いらしいオリーヴィアさんに頼まれて快諾した朝方の自分が恨めしい。まさかここまで急激に態度が変わるなんてこれまでに……シャーロットさんが居たか。いや、シャーロットさんの事例を前例として扱ってはいけないからやっぱり予測なんて無理だな。

 

 大学に入った後は彼女のリクエストに合わせて変身したのだが、要望が出るわ出るわ。お陰で現在の俺の姿は映画の際の結城一路よりも若干老けた感じになっている。服装は革ジャンにダメージジーンズとあまり変化はないが、くたびれた感じを演出してほしいと無茶ぶりされて若干ボロさを演出するという高度な変身を行う羽目になった。

 

 そして完成した変身の姿で今度は腕組みをしてくれと言われたので応えると『こ、恋人に見えるだろうか……』とか頬を赤らめながら言われるという、ね。

 

 140ちょっとの身長で童顔なアガーテさんと変身で一路になっている俺とじゃぁ歳の近い親子にしか見えないんじゃないかと思ったが口に出すことはせず『どうだろうかなぁ』と一路っぽい声音で曖昧に濁すことに留める。スパイディにならなくても直観が危険って叫んでたからな。

 

 もちろん、彼女はただついてきただけじゃない。この大学は元々アガーテさんが勤めていた場所らしいから案内人としてはこの上ない人物なんだ。この教授さんだって結構なその道の権威的な人なんだけど、アガーテさん経由で繋ぎを作ってもらったからスムーズに会うことができた。それに機材の利用やらもデータの提出が義務付けられているとはいえ無料で用意して貰っている。

 

 ドイツで用意できる最高の機材と人材を揃えた、と腕を組んで歩きながらアガーテさんは言っていたが、確かに東京で受けたテストとは仰々しさがまるで違った。脳波まで測定してもらっちゃったから仰々しくなるのは仕方ないんだが。

 

 普段はこういう人が一緒の時は一花が止め役に回ることが多いんだが、一花も一花で別の検査を受けている最中だからな。遮るもののないアガーテさんは生き生きと『推しと同じ空気を吸ってる。私は今世界で一番幸せだ……』と鼻頭を指で押さえている。教授さん目を丸くしてるけど、大丈夫なんだろうか。後々の人間関係とか。

 

『この娘が変なのは昔からですからそれほど不思議ではありませんな。むしろアガーテの要求水準に答えられる人物がこの世に居た方が驚きですなぁ』

『ふふふ。私は絶対に妥協しないからな』

『褒めとらんぞ馬鹿娘。立場が出来て多少は成長したかと思ったら根っこはまるで変っとらんなお主』

 

 これよりも昔はもっとパワーがあったっていうんですか。ヤバいなドイツ。今でも俺の知人の中ではトップレベルの変人なのに。

 戦慄に顔を青くする俺に膝の上のアガーテさんは何を勘違いしたのか上機嫌そうに頭を揺らす。あの、さっきから本当に帽子がビンタしてくるんで、ちょ。

 

『まぁ、学問の道で生きようとする者は多かれ少なかれどこかのネジがズレとるもんですな。かく言う儂も研究の場では似たようなもの。あまり気にしてもキリがありませんぞ』

『それ当事者がいう言葉じゃないんじゃ』

『ほっほっほ』

 

 俺の言葉を誤魔化すように笑いながら、教授は『こちらが結果ですぞ。しかし、やはり信じられん』と零しながら手に持っていた俺の検査結果を渡してくれる。

 一応口頭では結果を聞いていたが、確かに信じられんわな。俺もここに及んでいまだに半信半疑だし、専門の人なら尚更だろう。

 

 何せ、俺個人のIQは124であったのに対し。

 ライダーマンはIQ201、スパイダーマンに至ってはIQ250にまで跳ね上がり、詳しい計測が難しいとまで診断されてしまったのだから。


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