奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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誤字修正。ハクオロ様ありがとうございます!


第二百十一話 近況報告 37層

『37層めっちゃ楽しい』

「いきなりだなおい」

 

 アメリカについてから数時間。そろそろ定時連絡するべきかと悩んだ矢先にかかってきた恭二からの電話は、そんな一言から始まった。

 

「メンバーはお前と沙織ちゃんと、後はオリバーさん達か?」

『兄貴と一花もだよ。久しぶりに兄貴がビーストモードになってた』

「真一さん、ちゃんと労わってやれよ?」

『おう。サソリじゃなくてちゃんとした物一緒に食いに行ってくるわ』

「あれ美味しかったんだがなぁ」

 

 巨大企業ヤマギシの後継者としてすっかり有名人になってしまった真一さんは、朝から晩まで仕事仕事の毎日だ。これは国外に出ている現在でも変わらず、最近では数名の社員を引き連れて書類の処理なども移動中に、また睡眠をリザレクションで補うといった事も行って時間を捻出しているのだとか。

 

 まぁリザレクションでも精神的な疲労感までは回復できないみたいだから、ちゃんと隙を見て仮眠はしてるみたいだが。

 

『数分で数時間眠った位に回復できる魔法はないかって言われてるんだよな』

「それ絶対に開発しちゃいけない魔法だぞ」

『わかってる。俺だって過重労働の片棒かつぐ気はない』

 

 日本人にだけは渡してはいけない魔法だ。過労死こそ無くなるかもしれないが、間違いなく1か月戦えますか! とかいう標語が流行ってヤマギシが悪者にされる予感がする。

 

「と、話が逸れたが。37層潜ったのか?」

『ああ、前回の調査で特にヤバい病原菌なんかは見つからなかったみたいだからな。一花が居るうちに潜っとこうって、兄貴の気分転換がてらに』

「気分転換で新層チャレンジするなし。で、36層の木人はどうしたんだ?」

 

 36層に出てくる樹木に擬態するモンスター、木人はかなり危険度の高い相手だ。何せ魔力感知でも割り出すのが困難で、恭二の目が無ければモンスターだと判別する事が出来ず無防備に攻撃を受ける可能性がある。

 

 感知に特化したネズ吉さん辺りならもしかしたら結果は変わるかもしれないが、現状恭二抜きで36層に突入するのは危険、というのがヤマギシチームが下した新層への判断だ。

 

『木人の対抗策はまだ立ってない。ただ、魔力反応はかなりぼやけるけど出てはいるから、火炎放射器で怪しい場所は燃やして進むってのが検討されてる』

「なんか近くに居るってのは確かに感じたけど……何事も試していかないといけないか」

 

 あの階層のモンスターはボスも含めて動き自体は鈍いから、どこにいるかさえわかれば危険度も大分下がるだろう。

 

『暫くは試行錯誤って所だな。まぁ36層は確かに大変だけど、そこを突破したら凄いからな』

「ん? 軽く見た感じは37層も森が広がってるだけっぽかったが」

『妖精居たぞ』

「マジで!?」

『マジ。ティンカーベルっぽいの。攻撃してこないし沙織がなんか懐かれて調査中も付き纏われてた』

 

 一応感知ではモンスターの反応があったらしいんだが、その反応の主である妖精たちは花畑でキャッキャと遊んでるだけで別段こちらに攻撃してくる様子もなく、それどころか遊んでほしいとじゃれついて来たりしたそうだ。

 

「モンスターが攻撃してこないんなら、37層は安全な階層って事か?」

『いや。そのかわいらしい妖精とは別に、なんか小悪魔というか昔の映画のグレムリンって居たろ。あんな感じの奴が結構居て、しかも魔力感知での反応が妖精と同じなんだ』

「あ。ああ、それはめんどくさい」

『一気に焼き払おうにも妖精とかも巻き込むから沙織が絶対に嫌だって聞かなくてな……相手は魔法をガンガン撃ってくるのにこっちは肉弾戦って普段の逆みたいな状況になった』

 

 しかもこの推定グレムリン、なんとサンダーボルトを使ってくるらしい。妖精が居ようとお構いなしに撃ってくるので妖精側も反撃でグレムリンに魔法を撃つのだが、彼ら彼女らも勿論人間側をお構いなしに魔法を使いまくる為、戦闘が起こった現場はアンチマジックが無ければまず即死は免れない危険地帯と化すのだとか。

 

「それどうやって突破したん?」

『アンチマジックをしっかり張ってれば連中そんなに強くないから、魔法の嵐の中近寄って魔剣で叩く』

「脳筋プレイな。お疲れさん」

『お前が居たら上空からウェブ連打で楽勝なんだが……ヤマギシで作ってるウェブシューターだと網の目がなぁ』

 

 ヤマギシが開発した人気商品の一つ、魔力もちなら誰でも使えるウェブシューターは基本的に調節ができない。そもそもオークや大鬼のような体格の大きなモンスターに普通の冒険者が優位に立ち回るための装備だからってのもあるが、あんまり利便性を上げると犯罪に使われそうで制限をかけていたりもするのだ。

 

『ミスター』

 

 恭二から近況についてを聞いていると、どうやら目的地に到着したらしい。黒服を着た運転手さんが後ろを振り返ってこちらに声かけをしてきたので頷きを返して、電話口に別れを告げる。

 

「こっちの目処が立ったら行ってみたいな。あ、すまんそろそろ到着みたいだから切るわ」

『おう、待ってるわ。スタンさんとこだっけ?』

「いや……」

 

 恭二の言葉に少し言葉を濁して、若干声を震わせながら俺は向き合いたくない現実を口にする。

 

「ホワイトハウス」

『……は?』

 

 空港で降りた瞬間にエスコートされたんですよね。は、はは。

 日本に帰りたい。


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