奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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新年最初の奥多摩+投稿。
少し間が開いて申し訳ない。ちょっとアイマス熱が(言い訳)
今年もよろしくお願いします!

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


第二百十四話 CM

 泣きじゃくる少年が居た。年のころは10代半ばだろうか。黒人の、小柄な少年だ。

 彼は雨の中傘も差さずに雨に打たれながら、雨に涙が流されていくのも気にも留めずに泣き続けていた。

 道行く大人たちはそんな少年を見ないように顔を背けて通り過ぎていく。眉をひそめ、気の毒そうにしながら。

 けれど、誰もそんな少年に歩み寄る大人は居ない。

 

”坊や。なんで泣いてるんだい”

 

 いや、

 

 ただ一人だけ。泣き続ける少年に声をかける青年が現れた。恐らく20代くらいの、黒いコートを着た青年だった。

 自身が差していた傘を差しだし、少年が濡れないようにして。自らを濡らす雨粒など気にも留めないように彼は少年にそう声をかける。

 

『ヒーローに助けてってお願いしたんだ。ずっとずっとお願いしてたんだ。でも、誰も助けに来てくれない』

 

 少年は声を枯らしてそう叫んだ。彼の叫びを聞いてバツが悪かったのだろう。青年以外の周囲の大人たちが顔を顰める中、青年はうん、と一つだけ頷くと自身の持つ傘を彼に手渡して、反対の手を自身の右手で握りながら少年を誘うように歩き始める。

 

『ヒーローなんて嘘っぱちだ。本当は居ないんだって皆知ってる。でも、信じたかったんだ』

”君は、もうヒーローを信じていないのかい?”

『信じて……信じたいけど……』

”そうか……なら坊や。実は、君の悩みを解決するとっても素敵な方法があるんだけど”

『素敵な方法?』

 

 男の言葉に怪訝そうな表情を浮かべて、少年は男をみようと顔を上げ――

 赤く、黒い線の入ったコスチュームに包まれた青年の姿に言葉を失った。

 

”ヒーローがこの世界に居ないなら、「君がヒーロー」になればいい”

 

 青年の陽気な言葉に合わせるように、道行く先からあふれんばかりの光が少年と青年を照らす。

 

”ダンジョンで皆を待ってるよ”

 

 その言葉と共に青年の姿は光の中に消えていき、あとに残された少年の手には彼が持っていた傘と――冒険者のレベルバッジが握りしめられていた。

 

 

 

 

『なんすかこれ』

『世界冒険者協会のCM。全世界28か国放映中!』

『協会ない国でも流れてるんすか』

『次の拡大予定の国々だね。アジアも台湾やタイなんかが候補に挙がってるみたいだよ。良い出来でしょ?』

『まぁ、確かに。結局は自分で解決しろって投げ遣り感も感じますが』

『……それが普通でしょ? 待ってるだけで結果が来るわけないじゃん』

 

 あ、はい。

 

 『やっぱ俳優が良いよねぇ』と若干鼻を高くしながら語る本家スパイディに「そっすね」と返して、再度リピート再生をしてその数十秒のCMを眺める。

 これ結構な部分で魔法使ってるな。変身もそうだけど雨に打たれてる少年や本家さんにもひそかにエアコントロールがかけられてるし。

 

 流石の世界冒険者協会。多分これ、現存するありとあらゆるテレビCMで一番魔法技術使ってる……いや、下手したら世界初の魔法技術を用いたテレビCMじゃないか?

 

 多分この構成的にジャンさんが関わってるだろうなぁ、とニューヨークにほぼ定住する仲間の顔を思い浮かべながらスマホを本家さんに返す。仲間の成果を見るってのも結構楽しいもんだな。

 

 というかもしかしてスパイディがダンジョン公式ヒーローなんだろうか。なんかアメコミの歴史を紐解けば一人くらいダンジョン特化のヒーロー居そうな気がするんだが。

 

『……君じゃん?』

『自己紹介ですか?』

『ちげーし。あ、ウィルと花ちゃんお疲れ。そっちはもう撮影だっけ?』

『はい! ドクターとハナの修行シーンは序盤なんで』

『ドクターの演武の相手に選ばれたのは光栄だけど、ちょっと場違い感ヤバいね。交代しない?』

『お断りします』

 

 汗を拭きながら道着姿のウィルと花ちゃんが控室に入ってきて、俺と本家さんが居るテーブルに座る。大分動いたのだろう、冬だというのに二人は顔を上気させて暑そうにジュースを飲んでいる。

 

 二人の演じるウィラードとハナ、それにハジメは前回の映画の際、独学で魔法を身に着けてしまったという設定だった。そのため、そのままでは危険であるという理由で、前回の映画の後はドクターの元に身を置き、魔法の知識と技術を叩き込まれている。

 

 実は前回の撮影の際に軽くだがほかの映画に使う為の映像も撮られていて、そこではドクターの元で修行する俺たちの姿がちらっと映ってたりするんだよね。同じ世界観を共有してそれぞれの映画を撮影するからこその楽しみって奴だろう。

 

 優秀な魔法使いとしての適性、取り分け転移に関してはドクターすらも上回る魔法の素質を持つハナと、なんでもそつなくこなせるウィラード。純粋な魔法使いとしての適性は二人に劣るが、右腕を媒介にする特殊な魔法と、鍛えれば鍛えるほどに磨きあがる戦士としての才能を持つハジメ。

 

 物語の序盤はこの3名がドクターの元で正しい魔法の使い方を学ぶところからスタートし、そして中盤に差し掛かったところで……うん。まぁ。冒険の始まりってわけだ。

 

『前回の方でも結構な活躍だったのにここから更に強化するんだ、MS』

『前の映画は、純粋に魔法って技術に対して鉄男さんや本家さんが不慣れだからかなり押せただけらしいよ』

『ドクター相手だと10回やって9回負けるんだって。あのままだと』

 

 オークの王様と戦う時も周りからの援護があってようやく互角。最後のタイマンの時も相手は切り札を切った後だから勝てたって感じだからね。

 だが、今回の映画からは違う。磨き上げた武術に魔法の技術を上乗せすることでハジメ達は真のヒーローとなるのだ……とスタンさんはいつもの笑顔で力説してくれた。

 

 うん。ストーリー的にめっちゃ後押しされてるのが分かるけどマジで勘弁してほしい。

 

『いやーそれはキツいでしょ。もうマーブル側も君と本家さんのダブルスパイダーは時代の柱って形で見てると思うし。売上的にも君が抜けるのは厳しいと思うよ』

『いや、俺、冒険者なんだけど』

『そうだね』

「そうだね、じゃないが」

「あはははは……」

 

 思わず漏れた日本語に花ちゃんが苦笑を漏らす。いや、本家さんも『また始まった』じゃないんですよ。結構何度も色んな所で言ってますが、俺は冒険者として冒険したいんです。映画はあくまで会社の仕事なんですよ?

 

『うん、君がストイックな冒険者であるのは分かってるし、それを踏まえてマーブルもスケジュール組んでくれてるから。所でストイックな冒険者のイッチは世界冒険者協会の新CM撮影に勿論協力してくれるよね?』

『アイタタタタ耳が痛い。何か頭痛もするな』

『リザレクション。さぁこれで痛みもなくなったね』

 

 この野郎、と睨みつけるもどこ吹く風という表情でウィルはそう言った。こいつ、こっちが嫌がるけど頷くラインが分かっているから、的確にそこをガンガンついてきやがる。

 

『次のCMは更に拡大して世界38カ国で放映されるよ! アジア圏でもK国やシンガポールが対象に入るね!』

『余計に出たくなくなったんだが。というかさっきのもそうだけど中華が入ってないの?』

『あそこは内戦中だしね。魔法使いの渡航が禁止されてるんだよ』

『ほーん……内戦ってなんだ?』

 

 聞き流すに流せない単語が耳から飛び込んできたせいで一瞬間抜けのような表情を浮かべてウィルの顔を見る。俺の質問に逆に驚いたのか、ウィルが片眉を上げて怪訝そうに首を傾げながら口を開く。

 

『中華は今、北京政府と地方軍閥と少数民族が三つ巴の内戦状態に入っているから、魔法使いの渡航や魔法技術の販売は止められているんだよ。あれ、日本政府や協会からヤマギシに連絡が行ってる筈……あれ?』

 

 言葉を進めるごとに顔を青くして「俺、何かやっちゃいました?」とウィルは表情で物語っている。こっちが聞きてーよ。


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