奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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福岡に引っ越しました。寒い。

誤字修正、kuzuchi様ありがとうございました!


第二百十六話 ホテル脱出

『こちらです。お早く』

『最上階から階段で降りる事になるとは読めなかった。この鈴木一郎の目をもってしても』

『リハク乙。貴重な経験だったね』

 

 30階はあったホテルを階段で降りるのは中々に面倒だったが、そこは強化された身体能力を誇る冒険者3名。息を乱すこともなく半ば駆け足で階段を降り切ると、そのまま職員用通路を通りホテルの搬入口から外に出る。

 

 大型車両が通行する事を想定されて作られた搬入口には2台のトラックが止められており、片方はアンダーソンさんがホテル内部に入るために使用したものらしい。

 アンダーソンさんがその内の一つのリヤドアを開くと、荷台の中にはホテルの一室と見まがうような部屋が用意されていた。

 

『出入口は中華側の人間に完全に見張られています。少し面倒な手段でしたが、背に腹は代えられません』

『次の映画は007だったかな』

『ブラックウィドゥさんなら出てそうだね』

『ハハハ、確かに』

 

 茶化すように右手の指を振りながらそう言うと、片眉をあげてウィルが答える。

 アンダーソンさんは俺達の言葉に苦笑いを浮かべながら相槌を打つと、促すように俺とウィルを見る。

 

『一応協会には連絡しときたいんだけど』

『こちらからも連絡しておりますので、合流した旨伝えて貰えれば』

「早いなぁ」

『……?』

 

 ポツリと日本語で呟くと、アンダーソンさんは怪訝そうな顔を浮かべた。

 翻訳の魔法を発動させて『ああ、いや。全然連絡なかったからね』と言葉を濁し、どうするか悩んでいると連絡が終わったのだろうウィルがスマホをしまい込んで右指を立ててくる。

 

『オッケー。ケイティからの指示はアンダーソンさんと合流出来たらそのまま次の現場近くのホテルに行って欲しいだって』

『了解です。運転は』

『トラックの運転手はもう準備しています』

『僕らが居ない事がバレたら不味いんじゃないかな』

『代わりにFBIの捜査官が二名、これからチェックインする予定です。お二人には大変申し訳ないのですが、この機にFBIは中華のスパイ網を一網打尽にするつもりのようで……』

 

 申し訳なさそうに眉を寄せるアンダーソンさんの姿に苦笑を浮かべて、俺とウィルは荷台に乗り込んだ。

 うん、成程。何となく状況が読めてきた。

 取り敢えずはこの場は移動した方が良さそうだな。

 

 

 

 トラックの荷台の中って、なんかこう変にテンションが上がる気がする。普段乗れない場所だからってのもあるかもしれない。閉じた空間だし、何となく秘密基地みたいな感覚がするのかもしれない。

 

 さて、1、2時間ほどのドライブになるとの事だったので大変かなと思ったが、結構改造されてるのか大きな車の割には揺れも少なく快適なドライブだ。冷蔵庫もついてるし、大きい分下手なリムジンとかよりも快適かもしれない。

 

『急に来るからびっくりしたよ』

『申し訳ありません。情報を掴んだのも本日で』

 

 アンダーソンさんがぺこぺことウィルに頭を下げる。ホテルを出た後、俺の方のスマホにもアンダーソンさんと行動を共にしてほしいと連絡が入ってきた。

 

 FBIの仕事に何故ニューヨーク市警のアンダーソンさんが? と思っていたら、どうもFBI側の冒険者資格持ちはその殆どがある件にかかりきりで応援として俺達と面識があるアンダーソンさんが派遣されたらしい。

 

『お二人には話しておきますが、FBIはテロとスパイへの対策にほぼ全ての処理能力を使い切っている状況です』

『……変身かな?』

『はい。中東からの流入が止まりません。一般の検査機器では対応できない為、ヤマギシ・ブラスコの魔力探知機が各国際空港に急ぎ配備されていますが……』

 

 ふるふると力なく首を横に振るアンダーソンさんに、俺達は小さくため息をつく。

 ダンジョンが出現してから3年。魔法が世に広まり始めてから2年。

 いつかはそうなるかもと思っていたが、やっぱり、という感情とどうして、という感情が胸の中を駆け回っている。

 ……恭二の奴、嫌がってるだろうな。

 

『この話題は止めとこうか』

『そうですね……そういえば今回の渡米では一花教官はいらっしゃらなかったのですか?』

『ん。あいつ受験なんですよ』

『ああ……どこの大学でもあの方なら引く手数多だと思うんですが』

 

 ちらりとウィルを見ると、うんうんと頷いて『一花ちゃん、うちの大学に来ないかなぁ』等と嘯いている。

 一つ頷きを返して、アンダーソンさんを見る。

 

『そういえばアンダーソンさんは会った当初から一花に結構色々教えてもらってましたからね』

『ええ。あの方は素晴らしい教育者ですからね。少しでも教えを乞えるのは幸運なことです』

「はいダウト。もういいか?」

『そだね』

 

 トラックに乗ってから約1時間。良い頃合いだろうと思い確認してみたがウィルも同意見だったらしい。

 

『は、はて。すみません、翻訳を切っていまして』

『うん。まぁ、貴方にはいくつか言いたいことも聞きたいこともあるけど、取り敢えず舌をかまないようにしといてくださいね』

『え、ええ?』

 

形態変化(フォームチェンジ)― ハルク

 

『とりあえず、車止めるぞ』

『オッケー』

 

 全身を駆け巡る全能感を理性で制御しながら、俺はウィルにそう声をかけて。

 

『フンッ!』

 

 力任せに右腕を打ち下ろし、トラックと地面を縫い付けるのだった。

 


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