奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

197 / 358
第二百十七話 腕力の正しい使い方(脳筋)

 

ズガガガガガガガガガガッ!!!!

 

 およそ人体と地面が接触したとは思えない音を立ててトラックは急速にその速度を落とす。

 

 車内は直下型大地震でも起きたかのように右に左に上下にと激しく揺れ動き、アンダーソンさんを名乗る男とウィルは荷台の中を跳ね回っている。

 

 こんな感じのアトラクションがどこかにあったような、と場違いな感想を抱きながら右腕に更に力を籠め。

 

『ふんっ!』

 

 右手で掴んでいた地面を”腕力で”持ち上げ、放り投げる。盛り上がった地面に巻き込まれるようにトラックは宙を飛び、落下。

 

 1、2回大きな衝撃が車内を走った後、恐らく横向きに倒れたのだろう。壁に向かってウィル達やソファなどが落ちていく。

 

『げほっ……ちょ、どうなってんのこれ?』

 

 穴をあけたトラックの床を軸に体を固定していた俺と異なり、車内を跳ね回っていたウィル達はソファや冷蔵庫にもみくちゃにされ、状況が理解できていないようだ。

 

 自分を押しつぶす家具をどけながら、ふらふらと頭を揺らしてウィルが起き上がる。バリアを使用しているのは見えていたからダメージはないだろうが、平衡感覚を失っているらしい。

 

 ズボリ、と床から腕を引き抜き、ウィルの傍に立つ。どうやら外傷もない、か。バリアでも三半規管のマヒはどうにもならないんだなぁと心のメモに書き込みながらウィルを担いでのしのしとトラックの中を歩く。

 

『もいっちょ、ふんっ!』

 

 軽く撫でる位の力でトラックのリヤドアを殴ると、垂直にドアが吹っ飛んでいった。相変わらずバカげたパワーだ。

 

『ひぇぇ。流っ石ハルク』

『加減が難しい』

『そりゃあハルクだからね。あれ、そういえば封印は解いたんだ?』

『ああ。解決策が見つかったからな』

 

 全身を緑色に変色させながら、理性を失わずに過ごす。今後の映画でバナー博士とハルクの関係がどうなるのかを聞いた時、俺は自分が思い違いをしていた事を悟った。

 

 ハルクとは対話が出来る。彼は理性のないモンスターなどではなく、ただ感情の起伏が激しいだけの人間だ。俺が彼の事を知ろうとしなかっただけで、少しずつ歩み寄っていけばハルクもまた答えてくれる。

 

『”ライトボール” やれやれ。また手強くなったか』

『接近戦の勝率、また下げてやるよ』

『面白いね。僕のソースタイルと君のハルク、どちらが強いか試そうか』

 

 そう言い合ってケラケラと笑い合い、さて。と俺たちは魔法の明かりに照らされたトラックに目を向ける。

 

 横倒しになったトラックの荷台から現れたのは、アジア系の顔立ちをした青年だった。どうやらまだ足元が定まっていないのか、よろめく様にトラックにもたれ掛かりながら、俺とウィルに鋭い視線を向けてくる。

 

『何て、無茶な真似を』

『僕とイチローを同時に誘拐しようなんて真似よりは大分大人しいと思うけどね?』

 

 皮肉気に口角を上げるウィルの言葉に、青年の顔が歪む。

 

『何時から、気づいていた』

『割と最初から? 少なくとも僕らや同期の生徒ならすぐに気づいたと思うよ』

 

 ウィルの言葉に怪訝そうな顔を浮かべる青年。まぁ、あの合図というか指をふりふりしてる奴に反応しろってのも難しいと思うんだが。

 

 だが、少なくともアンダーソンさんならあれだけジェスチャーを流して翻訳魔法を発動させないなんて事はなかっただろう。そこまで馬鹿正直に教える気はないが、あの段階でこいつが別人だというのは分かり切った事だった。

 

 後、念のためにアンダーソンさんだけに通じるカマもかけたら見事に引っかかったしな。アンダーソンさん、はじめは一花の事を『教官? 小娘だろ』って態度だったのに最終的には誰よりもイチカに心服したビフォーアフターな人だからさ。

 

 初期から教えを受けてとかってのは本人からしたらすんごい皮肉になっちゃうんだわ。別人以外にありえん。

 

『あ、一応言っとくけど現在地はもう協会側に伝わってるよ。連絡もすでに済ませてあるし逃げるのも難しいと思うけど?』

『今なら優しく捕まえるから』

『……戯言を』

 

 念のためにウィルと二人で自首を勧めるも心に響かなかったのか。

 

 どうやら体の感覚が戻ってきたらしい青年は、こちらを向きながら何かしらの拳法らしき構えを取る。太極拳? いや、少し毛色が違うように感じる。

 

 日本で軽く中国武術は齧ったんだが、知っている構えとは異なるものだった。

 

 まぁ、敵対するならしょうがない。アンダーソンさんをどうしたのかも含めて、この男には聞きたいことが山ほどあるのだ。

 

 ―形態変化―(フォームチェンジ) スーパー1

 

 拳法には拳法で。まだまだ完成とは遠いが、俺の赤心少林拳が本家中国拳法にどこまで通用するか確かめるとしよう。

 

『手伝おうか?』

『いや、一人で良い。十分だ』

『舐めた真似を……二人同時でも私は一向にかまわんっ!』

 

 別に舐めている訳ではなく、人間相手の連携に慣れていないから念のために別々に戦うだけなんだが……まぁ相手がどう受け取るかは相手次第。それで冷静さを欠いてくれるならこちらとしては御の字だ。

 

 激昂する青年と対峙し、その怒りを受け流すように俺は梅花の型を取る。相手の初撃に合わせて、一撃で決め撃つ。

 

 と、思っていたのだが。

 

『飛参!』

 

 対峙する青年の背後、トラック側から鋭い声が走る。

 

 びくりと肩を揺らし、先ほどまでの怒気を霧散させる青年。声のする方に目を向けると、そこには大穴を開けたトラックの運転席と運転手らしく中年の男性。

 

 そして、恐らく声の主だろう、中華風の衣装に身を包んだ大柄な老人の姿。

 

 まるで長年風雨に晒された岩肌のような厳しい顔立ちをした老人は、青年に目を向けると叱責するように声を上げる。

 

『貴様の此度の責務を忘れたかっ!』

『! い、いいえ老師! 決してっ』

『ならばその拳を何故握りしめている』

『……は、はい』

 

 慌てたように俺に背を向けて老人に対して頭を下げる青年。どうやらあれが、今回の黒幕、大本って所だろうか。

 

『おいおい、嘘だろ』

『ウィル?』

 

 呆然としたような声でウィルが呟く。怪訝に思い視線を向けると、ウィルは呆然とした様子で老人を眺めながらガリガリと頭を掻きむしっていた。

 

 どうやら、あれは有名人らしい。そしてここに居るのがおかしい相手、と。

 

 急激に嫌な予感センサーがビンビンに反応し始めたんだが、これはあれか。もしかするのだろうか。

 

『あれ、中華の反乱軍の統領』

「マジかよ」

 

 視線の先ではぺこぺこと平謝りする青年に何事かを語り掛けていた老人が、一つ溜息をついた後にこちらにくわっと視線を向ける。

 

 ええと、あれか。挨拶はニーハオで良いんだっけ……?


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。