奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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誤字修正、244様、日向@様ありがとうございました!


第二百十八話 老人との邂逅

『お初にお目にかかる、日本の英雄殿』

『英雄って柄じゃありませんがね』

 

 右手の拳を左手で包み、老人は鋭い視線を向けたままこちらに声をかけてくる。先ほどまで叱責されていた男を背後に控えさせ、緩やかな歩みでこちらに近寄ってくる姿にムクムクと警戒心が跳ね上がる。

 

 純粋な武術の技量ではまだまだ未熟な俺では図り切れないが、この老人から漂う気配や佇まいからは初代様や上杉さんの様に武術をベースに戦う人たちに通じる物がある。

 

 いや、恐らく武術家としてなら彼らですら届いていない領域に居る御仁かもしれない。

 

『それで、今を時めく反乱軍の統領さんが自国を離れてどうされたんですか? 密入国も誘拐もそちらの国でも犯罪だと思いますが』

 

 険しく眉を寄せたままウィルはそう詰問する。その言葉に表情を動かすことなく統領と呼ばれた老人は答えた。

 

『まず謝罪と訂正を』

 

 老人は一言そう言い、ウィルに視線を向ける。

 

『アンダーソンという捜査官に関して姿を偽った件は我らの罪である。誠に申し訳ない事をした。そして訂正だが、我らの向かう先は貴殿達が元々向かう予定だった宿泊先であり、誘拐というよりは護送担当を騙った、というのが正しかろう』

 

 老人はそう言って言葉を切り、ウィルから俺に視線を向ける。

 

『……その辺りはまた別途聞きたいけどそれよりも。アンダーソンさんはどうした?』

『先のホテルで政府側の諜報員の相手をしている筈だ』

『そっちも来てるのは間違いないと。うちの国の防諜どうなってんだよ』

『全くだな』

 

 嘆く様に空を仰ぐウィルに大きく頷きを返して、さて。と気合を入れなおす。

 

 敵意こそ感じないが、目の前に立つ人物からは深く関わると面倒くさい事になるオーラがプンプン出ているし手段も気に食わない。正直このまま帰ってくれるのが一番なんだが、それも難しそうだ。

 

 いっそ先ほどの男のように武力で全部決着がついたら楽なんだが……いや、正直勝てるかどうかまでは分からないがな。

 

 老人の後ろに控えている方なら、恐らく未完成なスーパー1でも対処できた。だが、この老人が相手では少し厳しいかもしれない。

 

 対個人向けのフォームに姿を変えるかどうか。スパイダーマン、ミギー。いくつか選択肢はあるが、さて。

 

『それで、そこまでして入れ替わって、単にタクシー運転手への転職って訳でもないんだろう? 僕らに接触をしてきたのはどういう理由だい』

『英雄殿を見に参った』

『成程。イチローを見に……は?』

 

 至極真面目な顔をしてそう言い放つ老人に、ウィルがうんうんと頷き、そして信じられない物を見る目で彼に視線を向ける。

 

 そんなウィルの反応も気にしていないのか。老人は変わらず俺に視線を向け……いや、違う。これはただ視線を向けてるんじゃない。

 

 観察されている。全身隈なく、値踏みするかのように。

 

『仙術――魔法、とこちらで呼ばれているものがこの世に再び現れて以降の君達の活躍は我々も耳にしていた。そして、それらを身に着けた恐らくこの世で有数の猛者たち。冒険者と名乗る者たちの事も。その上澄みであるヤマギシの事も……そして貴殿と、山岸 恭二の事も』

 

 その言葉と共に、ビリビリと空気が揺れる。いや、空気どころではない。地面が、揺れている。

 

 目の前の老人を中心にざわめく様に広がる振動。肌を撫でる様に流れていくそれらに、自然と俺の両手が華を包み込むように形作られる。

 

 気を抜けば瞬時にやられる。スパイダーセンスを働かせるまでもない、確信に近い予感に俺の体は素直に従った。

 

『我らが英雄と貴殿。どちらが上なのかを我自らが見極める。我らの目的はただ、それだけよ』

『……先ほど。そちらの人を止められていたと思うんですが』

『競うだけが見極めに非ず』

 

 ふっと笑うように老人が言葉にすると、周囲を包んでいたビリビリとした空気が霧散するように消えていく。こちらも構えを解くと老人はそれまでの厳しく顰めた顔を少しだけ綻ばせて小さく頷いた。

 

 ドサッ、と隣で大きな音がする。そちらに目をやると青い顔で地面に膝をついたウィルが、大きく胸を弾ませて呼吸を繰り返している。

 

『良き者を見れた。誠、世は広く面白い』

 

 そんなウィルの様子が目に入らないのか。そう呟いて何度も頷きながら老人はくるり、と背を向ける。

 

『礼となるかは分からぬが面白き物をお見せしよう』

『老師!?』

『構わぬ。本国の情勢は最早決したも同然』

 

 飛参と呼ばれた男の言葉にゆっくりと首を横に振って老人は答え、右手を握ったまま口元に寄せ――そして

 

ヒュルルルルルルルッ

 

 口笛のような音が周囲を走ると、空気を吹き込まれる形になった拳の反対側から白い靄のようなものがどんどん出てくる。

 

 靄……いや、雲だろうか。それらは霧散することなくその場にとどまり、ある程度の大きさまで広がった辺りで老人は口元から拳を離した。

 

『我らが秘儀、筋斗雲の術。その目でしかと見たか、英雄殿』

『……マジっすか』

『マジ、という奴だな』

 

 呆気に取られるように呟いた俺に、老人はまるで悪戯に成功したかのように口元を緩ませて微笑んだ。

 

 まるでそこに床があるかのように雲に飛び乗る老人と飛参、そして慌てる様に駆け寄ってきたトラックの運転手。

 

『我が国も暫くすれば落ち着く筈。その折には是非我らが英雄と貴殿が(まみ)える事を願う。あれも貴殿に劣らぬ男よ』

 

 そう言い残して、老人達を乗せた雲がふわりと浮き上がる。

 

 本物だ。

 

 本物の、筋斗雲だ。

 

再見(ツァイツェン)

 

 翻訳が切れたのだろう。老人はそう言葉を残し、そして文字通り空を駆けて去っていく。

 

 どこか現実離れしたその光景に少し呆然としていた俺たちの耳に、猛スピードで走る車のタイヤの音が届く。

 

 未だに荒い呼吸を繰り返すウィルを助け起こして、さてと走りよるヘッドライトを視界に納めながら考える。

 

 ……筋斗雲にのって消えていったって話して信じてもらえるんだろうか?

 

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