「イチカの事をどう思いますか?」
『言葉で表す事自体が畏れ多く』
「あ、良かった本物だ」
俺の質問に対して、彼は顔を青くして首を横に振る。間違いない、この反応はアンダーソンさんだ。
まぁ、流石に二度も同じ手段はしてこないとは思ってたんだが、一度合った事は二度あってもおかしくはないし用心はしておくべきだろう。ヤマギシにも一度相談はしているが、まだ変身に対する対策が完成していないしな。
『大変ご迷惑をおかけしてしまい……』
『いや、アンダーソンさんが悪いわけじゃありませんし』
何のために先の質問が行われたのか悟ったのだろう。申し訳なさそうに頭を下げるアンダーソンさんに手を横に振って気にしていない事をアピールしてみる。
実際、アンダーソンさんはあの後5分ほどして俺達が居たホテルに到着したらしいし、あそこでもう少し俺達が時間を稼いでいれば企みも露見していたのだ。
よく考えてみると連中本当に綱渡りな事してたんだな。いや、露見しても良いとか思ってそうだけどさ、あの爺さんなら。
「結局、あの爺さんあの後どうなったんですかね」
『こちらに入っている話では太平洋側に高速で飛行する物体を見たという報告が数件。その後の報告は上がっていませんが……』
「あれでもし太平洋渡ったんなら尋常じゃない燃費の良さだな」
多少引っかかる所はあるが、垣間見たあの速度ならありえるかもしれない。途中の島かなんかで休めばあの爺さんなら本当にやっちまいそうだな。
『信じられません……まさか海を越えて』
「うん、まぁ。何が起きるか分からない世の中だってのが再認識できましたね」
ダンジョンや魔法が出てきたんだ。なんちゃって仙人が出て来たっておかしくはないだろう。
いや、その可能性自体は考えていたがついに出てきてしまったって所だろうか。だから恭二はイギリスでお宝鑑定団(幻想)なんて一人でやってるんだしな。
「しっかし、頭が痛いぜほんと」
面倒事ってのは連続で起きるって相場が決まってるんだがなぁ。流石に今回は少し、ヘビーに過ぎるぜ。
一つ溜息をついて、携帯電話を開く。
「……来ない、か」
ここ数日連絡が取れない友人。ウィルからの返信は、今日も来なかった。
『誰だってそうさ。友人と顔を合わせたくないタイミングなんて幾らでもあるよ』
『そんなものですかねぇ……』
『例えば。あくまで例えで実際にあった事じゃないけどさ。自分が気になってる女の子を一生懸命口説き落とそうとしてたんだけど、実はその子が友人の妹だったりしたら物凄く気まずいでしょ?』
『相手の顔、まともに見れないですね。所でそれは誰の妹だったのかちょっと詳しく』
『あくまでも例えさ例え! おっと次の撮影か』
『待てや本家』
脱兎の如く逃げだした本家に声をかけるも時すでに遅し。瞬く間に視界から彼の姿が消えていく。というかはえーよ本家。ダンジョンに潜って鍛えてるってのは伊達じゃないみたいだな。
まぁ、本家さんが他の俳優数人を誘って一花や花ちゃんを連れて何度か遊びに行ってるのは知ってるんだ。特に花ちゃんは初めての海外での仕事って事で誰とも話せない状況だったから、孤立しないよう気にかけてくれてたらしい。
おかげで花ちゃんもある種のマスコットというか、撮影陣最年少というのもあり今では皆の娘か妹かって位に可愛がってもらっている。一花も彼女の事を気にしてたし、俺にとっても可愛い妹分だし本当にありがたいことだ。
「だが一花を狙う、というのは別の話。お兄ちゃんは認めません!」
『君、唐突にシスコン発症する癖があるよね』
「どやかましい」
聞きなれた声の突っ込みに口をへの字に曲げて返事を返す。自分自身もちょっと過干渉かなーとか思ってるんだが、少し生意気な所もあるが可愛い妹なのだ。
『僕の所は僕があれだからちょっとこじれちゃったけど、でも。まあ少し羨ましいよ』
「まぁアメリカのスクールカースト制度はね。ちょっと異常かなって思える」
『とはいえ、お陰でダンジョンに巡り合えて、マスターや君とも出会えた。それだけで十分報われたと思ってるよ』
そう言いながらテーブルの向かい側に座って――ウィルは右手を軽く上げた。
「よっ」
『や。ご無沙汰……じゃないか。まだ一週間だったかな』
「一週間も音沙汰なしならご無沙汰で良いんじゃないか?」
『ま、そうだね。うん……一応、監督さん達には声掛けてあったんだけどね』
それ俺聞いてないんですがね。
『連絡返せなくてごめん、ちょっと考えたいことがあって、ずっとダンジョンに居てさ』
「いや、かまわ……一週間ダンジョンに居たのか?」
『ああ。うん、そうだね。PTメンバーに無理を言って、1週間30層に詰めてたんだ。多分人類初の試みじゃないかな』
多分じゃなくて間違いなく人類初だろう。今のところ、冒険者協会が確認している最長の記録は米軍の特殊部隊が遭難した際の記録で、あの時が確か3~4日ほどだった筈だ。
あの時は1層から連絡用のケーブルを繋ぎながら潜っていき、7層で限界を迎えたんだったか。それに対してこちらは30層。モンスターの強さを考えても危険は段違いだ。
「お前っ」
『すまない、自分でも危険な事をしたのは分かっているんだ……でも、やらないといけなかった。少なくとも僕にとっては』
「…………あの爺さんの事か?」
そう言って頭を下げるウィルに、浮かしかけた腰を落として尋ねる。まぁ、十中八九そうだろうとは思うが。あの爺さんの存在は、俺にとっても衝撃的だった。
俺達冒険者とは異なる進化を遂げてきたと思われる魔法使いの存在は、非常に大きい物だからな。
『まぁ、その通りではあるんだけどね……君には、想像が難しい感情かもしれないけど』
「うん?」
『いや……少し、見て欲しい物があるんだ』
少しだけ表情を歪めながらウィルはそう言って、俺に背を向ける。
その背中に妙な圧力のような物を感じながら、俺は胸ポケットから携帯電話を取り出した。
いや、行方不明になってたやつが帰ってきたら取り敢えず関係者に連絡するでしょ。うん。