奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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誤字修正。ロート・シュピーネ様、T2ina様、kuzuchi様ありがとうございます!


第二百二十話 ウィリアム・トーマス・ジャクソン

 米国で放映されている冒険者協会のCMを思い浮かべる。

 

 ヒーローが居ないなら自分がなれば良い。その言葉を見て、多くの若者たちや時には年長の方までもが冒険者協会の門を叩いたらしい。誰も彼もがあのCMを見て、誰かを連想し、そして自分もそうありたいと願って。

 

 CMを作る時には懐疑的だったケイティや他の協会幹部も、加入者の数……臨時冒険者ではなく二種を取得する冒険者数の増加に表情を綻ばせ、CMの原案を出した僕を褒め称えていた。向上心のある人材の獲得に寄与した、と。

 

 だが、彼等は一つだけ勘違いをしていた。僕が何故あのCMを作ったのか。その理由を、彼等は理解していなかった。

 

 あのCMは、そんな大層な代物ではない。

 

 ……本当は。

 

『見ててくれ、イチロー。僕が、君に届くために作り上げた魔法……変身の派生形』

 

 そう語る僕の顔をイチローは一度だけ怪訝そうな表情で見て、そして真剣な表情に切り替えて腕を組む。

 

 おふざけを排したイチローの表情は、独特な物になる。普段は半ば閉じているような三白眼をくわっと見開き、真っすぐに対象を見つめてくる。

 

 これだ。ごくりと唾を飲み込んで圧力すら感じるその視線を受け止めながら、僕は自身の中のボルテージを引き上げていく。飲まれれば立ち上がれない。あの老人から受けた衝撃に近しい感覚に抗いながら、腹の下に力を籠める。

 

 ――感情の高まり。自身の中で渦巻く力を言葉に乗せて紡ぎあげ、僕はイチローの目を睨み返した。

 

『サンダー・ストラップ!』

 

 言葉と共に、雷鳴が体中を駆け回る。バリバリと激しい音が耳を打ち、一瞬だけ意識が遠のくのを感じた。

 

『ウィル!?』

『だ、だいじょう、ぶ! あはっ』

 

 初めて魔法を見た時。全身が光に包まれたキョージを見て、僕は自身の中に雷鳴のような衝撃を受けたことを覚えている。

 

 その姿に僕は自身が光に包まれる姿を夢想し、ダンジョンに興味を持ったのだ。

 

 だからこの魔法の着想自体は、実は結構前から頭の中にあった。

 

 それだけ前に思いついていた魔法を今になって開発しているのは、単純な話。

 

 ――僕が自分の限界を勝手に決めて、歩みを止めてしまっていたからだ。

 

【世界トップレベルの冒険者】

【アメリカの誇り】

【リアルヒーロー】

 

 興味本位で始めたダンジョン探索。魔法。そして……人生を変える人々との出会い。

 

 たったの数年でただ実家が金持ちなだけのナードだった僕は、全米を代表する冒険者となった。かつてTVやコミックで眺めていただけのヒーローたちと肩を並べるような扱いを受けるようになった。

 

 今の自分の力に。アメリカ最強の冒険者という名前に満足してしまっていた。

 

『は、ははっ……』

 

 ――自分は、ヒーロー等ではないと分かっていたのに。

 

『ははっ、は、はははは!』

 

 あのCMは、自分が言ってほしかった言葉だったんだ。本当は、誰かに……きっとイチロー・スズキに言って欲しかった言葉なんんだろう。

 

 誰かに背中を押してもらえなければ前に踏み出せない。

 

 そんな情けない男が、僕なんだ。

 

 あの老人との一瞥は、僕にその事をこれ以上無い程に思い出させてくれた。

 

『……だけど』

 

 雷鳴を全身に纏わせ、操る。初めて魔法を見た時にこの姿を思い浮かべ、そして出来る訳がないと諦めていた魔法。

 

 諦めて、少しだけの満足を得て。

 

 ――心を折られて。

 

 それでも諦めきれなくて。

 

 足掻いて、藻掻いて、そして。

 

 雷鳴を纏う自身の体を見て、僕は小さく息を吐く。

 

 これは、僕の挫折感が目覚めさせた僕だけの魔法。

 

 ヒーローの隣に立つために生み出した、僕のちっぽけな意地。

 

『イチロー』

『?』

『僕はね。子供のころから……ヒーローになりたかったんだ』

『ふーん。なりゃいいじゃん』

『……君なら、そう言っちゃうだろうね』

 

 事も無げに答えるイチローの姿に思わず苦笑を漏らす。それがどれだけ大変な事なのかを彼は案の定良く分かっていないらしい。この点に関しては、親愛なるマスターの取った方策とはいえ少しだけ文句を付けたくもなる。

 

 始まりがコスプレに扮するという切り口でなければ、ここまで自己評価を見誤ったままになることもなかっただろうに。

 

 ただのコスプレイヤーに全世界の人間が憧れるなんて、あるわけがないというのにこの男は未だに自分を一般人だと思い込んでいるのだ。

 

 心に浮かべた不満を笑顔で押し隠しながら魔法を解除する。その直後、大量の汗が全身から噴き出してきた。

 

 使える事と使いこなすことは全く別の話だ。僕のイメージではこのサンダー・ストラップは雷鳴と同化し、光の速度で攻守を実現させる攻防一体の魔法、なのだが現状ではただ雷を全身に纏わせているだけの物にすぎない。

 

 まだまだ完成にはほど遠い。だが、取っ掛かりは掴めた。

 

『この魔法が完成すれば、僕も君の隣に立てるかな……?』

『いや、お前と恭二が居ないと色々困るんだけどな。色々と』

『それは光栄だね』

 

 ポツリとそう呟いた言葉に慌てたように答えるイチローに再び笑いを浮かべて、彼の肩をぽん、と叩く。

 

 この肩にいつか並び立てる日まで止まる時間なんかない。あの老人との遭遇は、僕にそれを教えてくれた。

 

 右手を握りしめ、天を仰ぐ。次は、気圧されたりなんかしない。

 

 まぁ、今のところは。

 

『ウィィィルゥゥゥ』

「あ、ケイティ」

 

 久しぶりに会った同僚のご機嫌を伺わないとね。あの、イチロー助け……あ。無理。そう。

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