奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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222話という事でちょくちょく出てきたあのキャラのお話を入れてみました。

そして過去最長(白目)

誤字修正、kuzuchi様ありがとうございました!


第二百二十二話 とある少女のお話

 カタカタとキーボードを叩く音がする。

 

 断続的に続くそれは時に早く、時にゆっくりと。使用者の心情を現す様に音を響かせて、狭い室内に木霊していく。

 

「あぁ~」

 

 やがて目途が立ったのか諦めたのか。ギシリ、と椅子を軋ませて伸びをするように腕を上げて、この部屋の主は口元を抑えて欠伸しながら、ふと目に入ったカレンダーの日付に気付く。

 

「一花の奴、あれで落ちてたら指さして笑ってやる」

 

 その日付――センター試験の合否の日時――頭に思い浮かんだ悪友の姿に口元を歪ませて。

 

 ダンジョンプリンセスを自称する少女、檀 姫子は中断していた動画編集に取り掛かった。

 

 

 

 鈴木 一花という存在を知ったのはいつ頃だったか。恐らく小学生くらいの頃だったと思う。

 

 自慢になってしまうが、私は子供の頃から優れていた。同年代の誰よりも。それどころか上級生と比べたとしても。

 

 男の子にも負けない身体能力。上級生にだって劣らない頭脳。筆を持てば先生も感心するほどの絵がかけたし、音楽だって大概の楽器は少し練習すれば苦も無く演奏できるようになる器用さも持っていた。

 

 そして何よりも優れた容姿。母親が戯れに送った写真が元でファッション雑誌のモデルを務めていた事もあるし、飽きてしまうまでには何度かTVにだって出演したこともある。

 

 実家は代々地主の家系で、奥多摩や青梅辺りの土地を多く持っており近隣の名士としても知られている。

 

 完璧だった。全てを持って私は生まれた。そう、思っていた。

 

 あの日。

 

『最優秀賞、鈴木 一花さん』

 

 初めて誰かに敗れたと感じた、あの時まで。

 

――負けた。

 

 彼女が描いた一枚の絵を見た時、そう自覚したのを覚えている。

 

 それは奥多摩の山の中。猟銃を構える老人の横顔と、その先に見える獲物の姿。

 

 息遣いまで感じるようなリアルさに、思わず見比べた自分の絵の稚拙さに恥ずかしさすら覚え、そしてこの絵を描いた人物の顔を見てやろうと舞台に上がる少女に目をやって。

 

「……」

 

 息を、呑んだ。

 

『おめでとうございます』

「ありがとうございます」

 

 人形のような顔立ちとは良く言ったものだ。小学生の頃の鈴木 一花はまるで日本人形をそのまま人間にしたかのような妖しい美しさを持っていた。

 

 その瞳は無機質で、何も写していないかのように思えるほど感情を感じさせず。ただ声をかけられたから返答した、と言わんばかりにお立ち台の上に立つ教育委員会のお偉方からの賛辞の言葉を受けていた。

 

 その姿を見た時、私は悟った。

 

 あの女にとって、この式典はどうでもいいものなのだ、と。

 

 私が数か月をかけて描いた絵よりも数倍優れた作品を描きながら、私が欲した称賛を受けながら。その全てを平等に価値が無いと断じているのだと。

 

 思い込みが激しいと言われればそれまでかもしれない。だが、間違っているとはどうしても思えない。

 

 表彰式を終えた後、居てもたってもいられなかった私は家族に断りを入れて彼女の姿を探した。嫉妬もあったのだろうが、それ以上に彼女の事が気になってしまったのだ。

 

 自分にとって最も価値あるもの……他者からの称賛をあれほどに受けながら、何故貴方は詰まらなそうな表情を浮かべているのか。その答えを、知りたかった。

 

 ほどなく見つけた日本人形のような少女の姿。家族だろう、少し年上らしき男の子と共に歩くその姿を追って私は駆け寄る。

 

 何事かとこちらに目線を向ける二人。私は息を整えながら胸を張って名を名乗り、彼女に話しかけた。

 

「私の名は檀 姫子。今回の最優秀賞は貴女に取られてしまいましたが、次回は」

「あ、私もうこのコンテストには出ないから。じゃね」

 

 胸を張った姿勢のまま固まる私に手を振って、二人は歩き去っていく。私が正気を取り戻したのは彼女達が歩き去って行った後。心配した母親が探しに来てくれた時だった。

 

 そう、あれが最初の出来事。

 

 長い長いあの女との戦いの、始まりの日の事だった。

 

 

 

「あら鈴木さん。こんな所で会うなんて奇遇ですわね。今回は私が勝たせていただきますわ」

「えっと、誰?」

 

 次の遭遇は書道のコンテストの時だった。再び会った彼女に声をかけた時、相手方は一切こちらの事を覚えておらず地団太を踏んだ。結果は大賞を鈴木 一花が。私の結果は優秀賞にとどまった。

 

「あら鈴木さん……今度こそ、私の名前を貴方に覚えさせてみせますわ」

「あ、いや覚えてるよ。伴さんだよね。伴姫子」

「檀! 檀 姫子ですわ!」

 

 そしてその次はピアノコンクール。彼女の小さな手から紡ぎだされた旋律に思わずうっとりとしてしまい、自身の演奏順番を忘れてしまいこの時は不戦敗だった。くそが。

 

「あら鈴木さん。同じ学校になりましたわね……学力テストで、次こそ上に立ってみせますわ」

「ああ、檀ちゃんか。私の事は一花でいいよ?」

「……なら、私も姫子でいいですわ」

 

 中学への入学。両親に我がままを言って奥多摩で保有している家に住居を移し、彼女と同じ学校に通えるようにする。学力テストでは3年間一花を抜くことは出来なかった。ちくしょう。

 

「なら、次は体力で勝負……絶対に負けね……負けませんわ!」

「おー、まだ取り繕うね。もう素直に普通の口調で行ったら?」

「……お母さんに怒られるんだよ」

 

 この頃から、すでに彼女の事を気に入らないだとかそういった感情は無くなっていた。ただ、負けたくない相手。友人、そしてライバル。そんな感情が自分には芽生えていたのかもしれない。

 

 結果としては初期、一年生位の頃は私の方が優勢だった。彼女は体格が小さいし、私は発育が良かったから当然のことだ。勝負は2年以降と考えていた時。

 

 あの事件が起きてしまった。

 

 『浸食の口(ゲート)発生事件』

 

 近隣に住む人々すべてに大きな影響を与えたそれは、当然の様に私と彼女の間柄に強く爪痕を刻む事となる。

 

 私たちの感情など、知った事かと言わんばかりに。

 

 

 

『姫子ちゃんは鈴木さんとこのお嬢さんと友達だから』

『まぁ。ヤマギシの』

『あそこはダンジョンの権利で』

『じゃあ檀さんの所も』

『上手い事取り入って』

 

 耳に入ってくる大人達の声。相槌を打つように話を合わせる両親。何かを期待するような粘っこい視線。

 

 例の事件から半年が経ち、一年が経ち。ダンジョンという物がどうも金を生み出すようだと世間が認識し始めたころ。

 

「姫子」

「……ごめんなさい」

 

 町議である祖父がやらかしを行い、ヤマギシと決裂。そしてその結果奥多摩での地盤を失い――

 

 高校進学を機に、私は数年を過ごした奥多摩から離れる事になった。

 

『姫子ちゃん自体に思う所はない。だが、自分の子供を出汁にするような檀さんの所とは仕事は出来ない』

 

 決裂時。謝罪の為に訪れたヤマギシ本社で、山岸のおじさんに言われた言葉が頭を過る。

 

 まだ浸食の口(ゲート)が出来る前。家族経営のコンビニだった頃、一花と一緒にお菓子を買いに行った時に朗らかに笑っておまけをしてくれたおじさんは、今や押しも押されぬ巨大企業の主となっていた。

 

 そのヤマギシから疎まれた。奥多摩は最早ヤマギシと共にある。居場所を無くした檀家は奥多摩周辺の資産を売り、奥多摩から手を引くことを決定した。

 

「おじさん達が勝手にやってた事で、姫子が責任感じる事はないでしょ」

「そうだけどさ……迷惑かけたじゃん」

 

 言葉を取り繕う余裕もなく。泣きたくなるほどの情けなさを必死で押し殺しながら、隣に立つ友に涙だけは見せまいと歯を食いしばる。

 

 ここで涙を見せる事だけは出来ない。もし見せてしまえば、一花に負い目を追わせてしまうかもしれない。

 

 それだけは、ライバルとして。孤独になりがちな彼女の友人として、する訳にはいかなかった。

 

 だが、そんな自分の内心も。自分の数歩先をいつも平然と歩く友人には、見透かされていたのだろう。

 

「荷物はそれで全部? 青梅の方の家に届けるんだよね」

「え。ええ、そうよ」

「なら、こっちで特急の配達員を手配したから」

 

 大きなリュックサック一つ。それが今の私の全てだった。他の荷物はすでに引っ越し業者に送ってもらっている。これに入っているのは完全な自分の私物――奥多摩で手に入れたものだけを残していた。

 

 ぎゅっと旅行鞄の持ち手を握りしめる。感傷に過ぎないかもしれない。だが、これは自分で運ぶべきものだ。折角の彼女の好意だが、甘えるわけにはいかない。

 

 断ろうと私が口を開いた。

 

 正にその時。

 

「やぁ、スパイダースズキ便です。お運びするのはこちらのレディでよろしいですか?」

 

 上空から舞い降りる黒い影。思わず後ずさった私の前に、赤を基調とした網目模様のタイツスーツを着込んだ人物が現れた。

 

「お、時間通りの到着だね。これは良い引っ越しサービス」

「……え、ええと。一郎、先輩?」

「うん。姫子ちゃんお久しぶり、元気だった?」

 

 マスクの部分が消えて顔があらわになる。黒い髪に若干細い三白眼。一花の家にお邪魔したとき、いつも陽気そうな笑顔を浮かべて迎えてくれた一花の兄。

 

 そして今では世界有数の有名人となった青年、鈴木一郎。

 

 何度も会っている人物の筈なのに、滲み出る圧力のような物を感じて二の句が継げなくなっている私に、彼は片膝をついて右手の平を上に向けながら私に差し出してくる。

 

「できうる限り快適な旅と素晴らしい景色を貴女にお届けに参りました。エスコートのご許可を、レディ」

「うぇ、あ。は、はい」

「姫子ちゃん、テンパりすぎっしょ」

 

 展開についていけずにただ頷くだけのマシーンとなった私に鈴木兄妹は苦笑を浮かべ、一郎さんはすっと背中を私に向けてしゃがみ込む。

 

「ほんとうはお姫様だっこが理想なんだけど、両手が塞がると移動が難しいからね」

「え。あ、はい! ふ、ふつつかものですが」

「嫁入りかい」

 

 思わず口を入れた一花の突っ込みに答える余裕もなく、私は一郎さんの背に体を重ねる。大きな背中だ。まるで大木のようにがっしりとした頼もしさを感じ、子供の頃に負ぶって貰った父の背中を思い出す。

 

 一郎さんは右手を後ろに向けてウェブシューターを発射。私の体をウェブで固定すると、視線を一花に向けて一つ頷く。

 

「うん。じゃあ、まぁ……姫子。また、会おう」

「……うん。また」

 

 気恥ずかしそうにそう言う一花の声。我慢していた涙が一滴漏れるのを感じ、私は一郎さんの背中に顔を埋めた。

 

「じゃ、行ってくる」

「うん……奥多摩の景色、楽しんでって」

 

 一郎さんと一花の声。その声に返事を返す間もなく、急速な風の圧力と、そして浮遊感を感じ私は顔を上げる。

 

「エアコントロール。さ、良く見て。奥多摩の上空の景色、最高だよ?」

「――はい!」

 

 自慢気な一郎さんの声を耳にしながら、私は声を張り上げる。

 

 上空数十メートル。普段は見る事のない、奥多摩の姿。その全てを目に焼き付けようと、少女は目を見開いた。

 

 

 

「で、初めて吐いたのがあの空中浮遊の後なんだよなぁ」

「ゲロインダンプちゃんの雛形があっこなんだねぇ」

「ゲロイン言うなし」

 

 どうやら問題なく受験に成功したらしい友人から遊びのお誘いを受け、青梅線に乗る事しばし。

 

 奥多摩駅前で合流した友人と、最近出来たという駅前のカフェに入り駄弁る。

 

 この辺りもたった数年ですっかり様変わりしてしまった。自分がここを出た頃とは比べ物にならない発展した第二の地元に、頬が緩むのを感じる。

 

『お、おい。あれ』

『ああ、マスターとダンプちゃんだ』

『ダンプちゃんがまた吐かされるのか』

「吐かねーよくそが」

「うーん、すっかりお嬢様口調が崩れたねぇ」

「……おほほほ」

 

 外野からの声に思わず素で反応してしまい、慌てて取り繕うも時すでに遅し。周囲からの「今日の分の罵り頂きましたー!」という声と一花の冷めた視線に目をそらし、私は口元を隠して微笑みながら必死に現状の打開策を考える。

 

「つーかいつまでもここに居たら人に囲まれて出られなくなるぞ。私ら一応有名人なんだから」

「そうなんだけどねぇ。そろそろお兄ちゃんが帰ってくる筈なんだよ」

「……ぱーどぅん?」

 

 それ今以上の大混乱が約束されてる事じゃね? という私の視線に対し一花はオフコース、と視線で答えてにやりと笑う。

 

 あ、相変わらずこいつ話題作りの天才や。自身のライバルに対し戦慄を覚えながら、私はカバンを持って席を立つ。

 

「おっけーわかった。済まんがちょっと席立つぞ」

「ん。どしたの?」

「いや、一郎さん来るんだろ」

 

 言って、少しだけ顔が赤くなるのを感じながら頬をかく。

 

 思い出すのは、あの時の空中浮遊。そして、大きな背中。

 

「ちょっと化粧と着替えをな。こんなイベント、配信しなきゃ損だろ」

「お、チャンスは逃さないその姿勢。嫌いじゃないぜ!」

「はっはっは。100万再生、あっという間に行きそうだな(震え声)」

 

 動画配信なんて道に入った。その始まりは、確かにあの日のあの背中だったのかもしれない。

 

 照れで赤くなる頬が見られないように顔を背け、私はお手洗いへと向かう。

 

 次の動画も、気合入れるとするか。




檀 姫子:
ダンジョン専門の動画配信者、HNはダンジョン・プリンセス。現在は忍野ダンジョンをメインに活動中。
ダンジョン探索者となる際に実家を出ており、現在は一人暮らし中。別に仲が悪くなっているわけではないが、ある種のケジメらしい。
配信する動画のジャンルは主に「ソロで〇〇層に潜ってみた」「~~さんについていってみた」といったダンジョン内での探索動画や他のダンジョン探索者の紹介といった内容の物が多く、非常に顔が広いのがある意味特徴。よく動画中に吐く(音声のみ)
小中とずっと猫被ってた一花の本性を知る数少ない友人の一人。

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