奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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誤字修正、kifuji様ありがとうございます


第二百二十四話 ハジメ、拳を握るの巻(宣伝)

 強いとは、何だろうか。

 

『良いかハジメ』

 

 師と仰ぐ魔法使いの言葉を何度も頭の中で反芻(はんすう)しながら、ハジメは右の拳をゆっくりと握りしめる。

 

 小指から順番に指を折り畳み、親指を人差し指に添え。

 

 メキリ、と音がするほどにそれらを締め上げながら、ハジメはゆっくりと歩き始める。

 

『こと戦うという事に関して、私がお前に伝える事はもう何もない』

 

 基礎の基礎と言われた魔力の循環を体に叩き込まれた後。数回の手合わせの後に師はそう言い放った。

 

 余りにも特異なその魔法。師――ソーサラー・スプリーム(最も優れた魔術師)ですらも「自身では扱いきれない」としたハジメの《魔法蜘蛛の右腕》は、それ自体がすでに一つの魔法として完成した――他の魔法を必要とすらしないものだからだ。

 

『だから、ハジメ。戦う前によく考えろ。その力を振るう時はいつなのか。どうして力を振るうのか』

 

 ハジメの視界には燃え盛る家々の姿がある。血塗れの老若男女達の姿が。怪物から逃げ惑う人々の姿が。

 

 助けを求めて叫ぶ、妹をどこか彷彿とさせる少女の姿が見えるのだ。

 

『そして考えに考えて結論が出た、その時』

 

 ならば、己はどうするのか。どうすればいいのか。

 

 そんなことはもう、決まっている。

 

『その右腕を』

 

 この右腕を

 

 ――ぶちかます(せ)!

 

 

 

 ドズン、と暗くなった画面。やがてスクリーン一杯に広がる【To be continued】の文字においおい、と苦笑をこらえながら司会者へと視線を向ける。

 

 確かこの後は紹介が入って、そこから数十分ほどひな壇に座ってお喋りに興じればいい筈、なんだが。

 

 司会の方が反応を返してくれないんだがどうすればいいんだろうか。あ、なんかスタッフさんが必死でボード振ってる。本当にカンペってあるんだなぁ。

 

「っ……いやぁ、凄まじい迫力の映像でしたねぇ。さて、今の映像をご覧になった方は今日のゲストはお判りになったでしょう。ライダー映画でデビューを飾り、今やヒーロー物と言えばまず名前が出てくるハリウッドスター、鈴木一郎さんです」

「あの、スターじゃなくて冒険者です」

「あ、失礼。そういえばそう名乗られてましたね」

 

 自称とかじゃないんですがね?(震え声)

 

 

 

「最近、自分が冒険者である事を忘れられているように思うんだ」

「……え、今更?」

 

 収録が終わった帰り道。車の中でぽつりとそう呟くと、少し間が空いた後に一花からやたらと呆れたような声音でそうお返事が返ってくる。

 

 うん? お兄さんちょっと意外なんだがなんでお前がそういう返答になるんだろうかね。常日頃口酸っぱく「僕、冒険者です」って口に出してた筈なんだけど。

 

「いやぁ。一番直近でダンジョン潜ったのいつ?」

「……イギリス」

「何か月も前じゃん?」

 

 グサリ、と致命的な一言を放ち、一花は苦笑も浮かべずにこちらを見る。

 

 いや、うん。分かってるんだよ。冒険者ってのに全然冒険できてないのはさ。自覚してるんだ。

 

 でも例え現状がどうであれ、気持ちとしては俺はいつだってダンジョンに潜りたいし、様々なしがらみがなければずっと恭二と一緒に深層目指してアタックかけたいんだ。

 

「まぁ、お兄ちゃんの希望は分かってるんだけどね。広告塔としてお兄ちゃん以上にふさわしい人が居ないから、今の状況は中々変えられないよね」

「……きょ、恭二」

「出来る訳ないじゃん。きょー兄のあれはもうダンジョン狂いってレベルだよ?」

 

 一縷の望みをかけて恭二を生贄に差し出そうとするも、論外の判定を受けて黙り込む。いや、そりゃああいつがカメラ向けられても愛想笑い以上の物が出てくるとは俺も思ってないけどさ。

 

 一応世界1位様なんだからもう少し俺の分の負担をあいつに投げても良いと思うんだよね。うん。

 

「あ、それだ」

「どれだ?」

「ランク制だよランク制。日本でも試験的に今進めてるみたいなんだけど」

「ああ……実感わかないよな。基本変わらないし」

「まぁ、私たちはね。でも姫子とかは結構影響あるみたいだよ。特に優遇措置とかが」

「ほーん?」

 

 確かEから始まってD>C>B>Aの順番だったか。Eは最下級の第一種冒険者で、二種以降はDからC。教官免許に受かった人物はB以上への昇格が可能になる、と。

 

 その昇格の基準ってのがあんまりピンと来てないんだが、少なくとも身近な冒険者でその辺りに引っかかる奴が居ないからな。実感がわかないのかもしれない。

 

「で、優遇措置ってのはなんだ?」

「C以上はさ、登録してるダンジョン以外のダンジョンへ移動するのが楽になるんだよ。魔力ヘリってあったじゃん、燃料に魔力が使える奴を定期便に使うって言ってたじゃん」

「ああ、そういやそんなのもあったな」

「あれの搭乗資格がCランク以上なんだよね。代わりにCランク以上なら普通に飛行機や新幹線で移動するよりもお安く移動できるの。姫子、あれ使って結構他のダンジョンに潜ったりしてるらしいよ。撮れ高稼ぐために」

「撮れ高?」

「撮れ高」

 

 そういえばあの子も結構な古参の冒険者兼動画配信者だし、マンネリ防止とかも気を付けてるんだろうなぁ。同じ映像ばかりってのも味気ないからね。

 

「流石はトップ配信者。意識が違うね!」

「どやかましい。で、結局ランク制がどうしたんだ」

「うふふ、それはね?」

 

 こういう話の振り方をする時は大概なにか企んでいるときだ。勿体ぶる一花をため息交じりに促すと、一花はにかっと笑って口を開く。

 

「一度Eランクから冒険者、やってみない?」

 

 その口から放たれた言葉に呆気に取られる俺に、一花は悪戯が成功したような笑顔を浮かべた。


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