奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第二百二十七話 報・連・相

「要請を出したのは私なんだ」

 

 カラン、と音を立ててグラスの氷が揺れる。

 

 そこは落ち着いた雰囲気のバーだった。自己主張しすぎない音量の静かなジャズと初老のマスターがグラスを磨く音をBGMに、数名の人間が静かにグラスを傾けている。

 

 普段の俺では場の空気に呑まれてしまったかもしれない。

 

「一講師としてあそこに入るようになって数か月。私の目に入る範囲でおかしな点はない。まぁあくまでも一介の体術の講師だから、内務までは良く分からないんだがね」

 

 マスターに同じものを、と声をかけスーパー1さんはこちらに視線を向ける。

 

「だからこの違和感も根拠はないのかもしれないし間違っているのかもしれない」

「……」

「だがね、何か……何かが引っかかるんだ(・・・・・・・・・・)。誤魔化されている感覚というか、綺麗に歯が噛み合わないような違和感を感じている」

 

 無言でジントニックを呷る俺に、スーパー1さんはそう語り掛ける様に言いながら、マスターから手渡されたグラスに口をつける。

 

「君が来た時には驚いたが、同時に助かったとも思っている。直感に関して私は君以上の人材を知らないし、人間性は言わずもがな、だからね」

「買ってくれているのはありがたいですが、Eランク講習は短期間です。何も見つけられないかもしれませんよ?」

「それでも良いさ。いや、むしろその方が良いのかな。君が見て、そう判断したなら私はそれを信じられるからね」

 

 俺の言葉に苦笑を交えて、スーパー1さんはグラスをテーブルに置いた。

 

「講習に携わっている人間はみんな真剣だ。真剣に未来の冒険者を育てていて、誇りをもって職務に励んでいる。そんな彼等が何かしらの片棒を担がされているなんて、悔しいじゃないか」

「……そうですね」

「私が……私が言えるような事ではないかもしれんが……悔しいじゃないか」

 

 ポツリ、と最後に呟く様に口にして。スーパー1さんはグラスを一息にグラスを呷った。

 

 

 

「とはいえいきなりサプライズぶち込んできた妹にはきっちり罰を与えねばなるまい」

『だいじょびだいじょび』

「大丈夫じゃないから(おこ)」

『大丈夫だって。一応カバーストーリーは出来てるしお兄ちゃんの演技力(笑)でもなんとかなるっしょ。それに講師側にも頼れる人が居るのは何かと助かるでしょ?』

「それは、まぁ。そうだがサプライズにする理由はないだろ」

『お兄ちゃん絶対態度に出るじゃん』

「はい」

 

 ぐうの音も出ず妹に完敗を喫した駄目な兄貴が居るらしい。

 

『スーパー1さんは元々自衛隊の人だからね! 後輩の後輩だから面倒を見るって理由も付けられるし、お兄ちゃんが何かポカしても誤魔化せる話術も持ってる。お兄ちゃんのポカが誤魔化せる範囲ならね?』

「お、おう」

 

 彼の登場時に思わず呆然としてしまった事を思い出し、そっと目を泳がせる。あれ事前に知ってたら少し不味かったかもしれん。自然に驚くって、結構大変だよね。

 

「ま、まぁそんな事はどうでも良いんだ。重要じゃない」

『お、そうだね! 誤魔化されてあげるよ!』

「誤魔化してないから(震え声)」

『んふふ』

 

 電話越しにからかうように一花は笑い、その声音にため息を漏らす。昔はお兄ちゃんお兄ちゃんと後ろについてくる可愛い妹だったのに、今では兄を玩具にするような子になってしまった。

 

 頼りになる妹に成長してくれて嬉しい限りである。嬉しい限りである……多分。

 

『何もないならそれで良いんだけどね!』

「それフラグじゃ」

『お兄ちゃんは受けた講習の内容とか備品なんかのもらった物については逐一報告してね! こっちで精査しとくから!』

「了解」

『うん、よろしく! まぁ色々頼んじゃったけどさ。今頼んだこと以外は気にしないで良いから、新人生活を楽しんでくれると嬉しいね!』

「無茶を言うな」

『だよね!』

 

 そんな物調べてなんかあるのか、とも思ったが一花がわざわざ頼んでくるんだから何かしらの意味があるんだろう。

 

 あと、この状況で心底楽しく実習とか出来るかと声を大にして言いたい。間島さんもなんか感づいてるっぽい……ああ、そういえばまだ聞くべきことがあったな。

 

「なぁ一花。間島さんって今の教官の人なんだけど、覚えあるか?」

『間島……あー、ああうん覚えてる覚えてる。ネズ吉さん門下の静かな方ね』

「何それ初耳。静かじゃない方も居るん?」

『みちのくダンジョンの千葉さんが暑苦しい方担当!』

「もうちょっと手心加えて表現してあげてくれ」

 

 確かに千葉さん、レスラーみたいな体格で結構言動も暑苦しいタイプだけどさ。その体格から予想されるパワフルな戦い方もネズ吉さん門下ってだけあってアサシンスタイルも出来る器用万能なタイプの優秀な冒険者なんだぞ。

 

 他の代表冒険者と比べてキャラが薄いからって最近は黒脛巾組の設定持ってきて、衣装とか忍者っぽくしたり涙ぐましい努力を行ってる苦労人でもあるんだぞ!

 

 体格が良すぎて全然似合ってなかったけど。

 

『忍者レスラーって最近評判だよね』

「彼冒険者」

『あ、そうだね。うん。冒険者だね! 所で間島さんがどったの?』

「お前も話題の逸らし方は人の事言えないよな」

『お兄ちゃんに合わせてるだけだから(震え声)』

 

 この辺り兄妹だなってたまに思う。まぁ一花の場合は身内にしか隙を見せないからちょっと比べるのは厳しいかもしれないが。俺の尊厳的な意味合いで(震え声)

 

「この話題は止めよう」

『せやね!』

 

 互いに致命傷を受ける前に一旦話を仕切り直し、元の話題に切り替える。

 

「間島さんなんだけど、あの人もこっちの事情知ってたりする?」

『ううん。こっちの事情知ってるのは内部だとスーパー1さんだけだけど。何かあったの?』

「なんか授業中常にこっちの様子伺ってくるからヤマギシと関係があるのかなって」

『…………』

「一花?」

 

 間島さんの件を告げると、急に一花は無言になり、反応がなくなった。電波が悪いのかと思ったが向こうの息遣いは感じる為回線が切れた訳ではないだろう。

 

 不審に思い再度声掛けをするもやはり反応は返ってこない。ぶつぶつと何かを呟くような声だけはするんだが……間違えてミュートでも押したのだろうか。

 

「おい、一花!」

『――あ、ごめん。ちょっと考え事してた』

「おお。びっくりしたぞ」

『うん、ごめんね。私の知ってる間島さんの情報とちょっと照らし合わせてたからさ。うーん、常に見てくるんだよね?』

「ああ。やっぱりなにかおかしいのか?」

『おかしいというか……』

 

 そこで一旦口ごもり、一花はふぅ、と電話越しに一息いれた。

 

 一花が態々一呼吸入れるような案件、という事なのだろう。国家ぐるみ、もしくはまさか例の老師案件?

 自分の中で緊張感が増してくるのを感じながら、次の言葉を待つ。

 

『間島さんが情報を持ってないと仮定したら2パターン思いついたよ。良い方と悪い方』

「……良い方から頼む」

『ネズ吉さん門下だからね。同じ能力か似通った能力の感知スキルを持ってるのかもしれない』

「ああ」

  

 一花の言葉に納得して頷く。成程、確かにそれなら俺の正体を看破してきてもおかしくはないだろう。それに数少ない特性持ちが増えたとなればそれは冒険者全体にとってもプラスになる。確かに良い情報だ。その通りなら。

 

「なら……悪い方は、なんだ?」

 

 特性持ちが良い方、とすればそれに匹敵する何かしらで、しかも悪い結果。どんな事柄なのかも想像することが出来ない。

 

 ただ、ここ最近更に確度を増してきた直感が言っている。この情報は俺にとって、ろくなものじゃないという事を。

 

 ごくりと唾を飲み込んで、俺は一花にそう尋ねた。

 

『シャーロットさんの同類』

「なるほど、うん。よし、じゃあおやすみ」

『こっちの方が確率は高いかなって。やったねお兄ちゃん! 同性のサイドキック候補だゾ!』

「どやかましいわい」

 

 嬉しくない予測ありがとうマイシスター。

 

 クソァ。


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