入校してから二日目。個人的な懸念事項こそ多々あるものの昨日のような大きなトラブルもなく、間島さんを班長とする間島班は本日から本格的に訓練を開始する事になった。
個人的な懸念事項は兎も角。
「えー、ここにある訓練用の武器はどれを使って頂いても結構です。好きな物を手に取ってください」
「よっしゃあ!」
笑顔を浮かべてそう告げる間島さんに高校生ペアの男子、武藤君が気合の入った声で叫んだ。男の子ならしょうがない。俺も初めて刀を握った時はそうだったからな。
「えーと、木の棒、ハンマー、ナイフ、バット……ラインナップが微妙じゃないですか?」
「ははは。そうでしょうねぇ」
喜び勇んで武器が立てかけられている棚を目にした武藤君だったが、実際に間近でそれらを見ると出鼻をくじかれたような表情で間島さんにそう尋ねる。
見る限り、これらの武器は……成程?
「うっし、じゃぁこんなかじゃ一番まともなこれにすっか」
「良夫。大丈夫なの?」
「任せとけって。ちゃんと軍手もしてるしこれ位へーきだよ」
並んでいる武器類の共通項に思い至り良く考えられているなぁと一人頷いていると、どうやら武藤君の武器選びが終わったらしい。彼は案山子の前に立ち小野島さんと軽口を交わしながら、その手に持った片手で持つには大きめの刃物を構えている。
その姿を見た瞬間。思わず、俺は彼に声をかけていた。
「悪い事は言わないから鈍器にしなさい」
「えっ」
目の前で鉈のような刃物を構える武藤君が、びっくりしたような表情で振り返る。手元を見てやっぱりなぁと頬をかき、一言声をかけて彼が持つ鉈を借りる。
「まず一つ。軍手をして持つのは良くない。すっぽ抜ければ武器を失う上に、場合によっては味方を傷つけてしまうからね」
利き腕の右手を見せながらそう言い、ゆっくりと武藤君にも見える様に柄を握る。
「次に距離。このくらいの刃物は確かに扱いやすいがその分リーチが短い。当然、その分だけ相手に近づかなければいけない」
刃物を持ったまま手をまっすぐに伸ばし、訓練用に用意された案山子の首元に刃物を当てる。個人差があるとはいえ大体1m前後という所だろうか。
「そして最後に。これが一番の問題なんだが……刃こぼれが起きたり、脂で切れなくなったりと刃物はすぐに駄目になる」
そう言いながら鉈をくるっと回転させ、柄の方を武藤君に向けて差し出す。
少し差し出がましい行動をしてしまっただろうか。間島さんに視線を向けて様子を見ると、いつも通りのにこにことした表情を浮かべたままうんうんと頷いている。どうやら間島さん的には問題なかったらしい。
対して武藤君は……うん。理解はしてくれたみたいだが、少し難しい顔をしている。ちょっと頭ごなしすぎただろうか。
「山田さん、質問いいですか?」
「どうぞ手越さん」
「ヤマギシチームが刀や槍を使ってるの見た事あるけど、他の冒険者の動画とかだとあんまり刀とか見ないんです。それって、やっぱり理由は」
「それについては私が答えましょう。彼らは魔鉄を組み合わせた魔剣や魔槍を毎回2,3本は使いつぶして冒険しています」
手越さんの質問に答えようとすると、それまで黙って俺達の会話を聞いていた間島さんが片手を上げてそう答えを口にする。
「私も現役冒険者ですから魔剣や魔槍を使ったことはあります。あれらは確かに強力ですが、山田さんの言う通り何度も使える物ではありません。そもそも魔剣は品薄でそうそう手に入るものでもない。あれは生産元を抱えるヤマギシチームだから出来る事ですよ」
「……成程。では、彼ら以外の普通の冒険者はどういった装備をしているんですか?」
「それこそ千差万別と言えますね。例えば皆さんに今使って貰っている刃物や鈍器などは、どれも実際に使っている冒険者が居る物になります。もっとも、刃物に関しては先の山田さんの言葉通り、使い慣れていない人物はすぐに壊してしまって別の武器を使うようになるそうですが」
そう言いながら間島さんは武器の棚に近寄り、一本のナイフを手に取る。
そのまま彼は案山子に歩み寄り――ダンッと音を立ててナイフを突き立て、引き抜いた。
彼は引き抜いたナイフの刃を眺めて、一つ頷くとそのナイフを見やすいように掲げる。
「この通り。ただの案山子相手でも先端が欠けてしまっています。素人がどれだけ上手く使っても、このナイフでは数回使用するだけで切れ味が維持できなくなるでしょうね」
「えっ、じゃあなんで置いてあるんですか?」
「剣道や剣術を学んでいる人物が来る可能性もあるから、ですね。冒険者は戦闘を避けられません。そのため、自然と武道経験者が多くなります。例えばそちらの山田さんのように」
間島さんの言葉に頷きを返す。俺の場合は剣術を学び始めたのは冒険者になってからだが……山田太郎としては前職の自衛官であった頃に学んだ事になっている。
「勿論、未経験の方も沢山居ます。ですがそういった方々が経験者と同じように扱いが難しい武具を持っても良い結果にはなりませんからね。鈍器、特にバットなどは殆どの日本人が見た事のある道具ですから、自然と扱い方も振るい方も皆さん理解している。実際に出来るかどうかは要練習かもしれませんが――」
そう言いながら間島さんは右手を背中に回す様に動かし――何故か出てきたバットを手に持った。思わず目が点になる周囲の視線を受けながら、間島さんは感触を確かめる様にぶんぶんとそれを振り回した後、備え付けらえた案山子に向けてバットを振るった。
ドグォン!
大きな破砕音が鳴り響く。殴られた案山子に目をやると、頭部が吹き飛んで見るも無残な姿になっていた。後衛指示が多いと聞いていたが、流石は教官免許保持者。大した膂力である。
「とまぁ、鍛えた冒険者ならただのバットでもこのような事が可能になります。バットは立派な武器です」
「あの。それよりそのバットどこから」
「山岸恭二を除く冒険者にとって武器のリソースは有限。一線級の冒険者には限られたスペースにどれだけ武装を持ち込めるかが求められます。皆さんも頑張ればこれくらいはできるようになりますよ」
それ、俺出来ないんだけどなぁ。
どうやら自分はまだまだ未熟だったらしいとショックを受ける内なる鈴木一郎を尻目に、山田太郎としての自分は感嘆のため息を漏らした。まだまだ勉強できる事は多くあるという事だろう。
折角だからこの研修期間に、基礎を叩き直していくのも良いかもしれない。生徒側で教育を受けたのは初めてだが、間島さんはかなり当たりの部類の教官だろう。
後は――
「…………」
その何かある度に意味ありげにこちらを見る視線さえなければ素晴らしい教官なんですがねぇ。
頬が引きつるのを感じながら視線に気づかないふりをし、俺は武器の棚に歩み寄る。
武藤君に偉そうなことを言った手前、そこそこ扱えるところは見せておかなければいけない。勿論扱え過ぎるのはNG。全く良い演技の練習になりそうだぜ…………本当にな(震え声)