奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第二百二十九話 受付嬢

 その場所の内部イメージについて、デザインを担当した人物はこう言っていた。

 

『どうせならばロマンを追求したかった』と。

 

 いくつかの建物を繋ぎ合わせて作られたその建物は近隣でも有数の規模を誇る混合建築物だ。奥多摩駅前から続く大型ショッピングモールをまっすぐに抜け、冒険者協会が入ったヤマギシ第二ビルに入る。冒険者用の店舗が並ぶ第二ビルの中を更に進み、俺達はその場所に辿り着いた。

 

 木目模様をした茶色い床や壁。あえて木製の物を選択したテーブルや椅子。飲食物を提供するカウンター。ガヤガヤとした人々は、その殆どがヤマギシチームと同じデザインのダンジョン探索用ユニフォームとプロテクターを装着している。

 

 人々の姿形こそ現代的だが、見る人が見ればこの場所をこう呼ぶだろう。

 

 冒険者の酒場、と。

 

「かっけぇ……青いユニフォーム。あれ、全員ヤマギシの人なんすか間島せんせー」

「ええ。一部はヤマギシモデルを購入した民間人という事もありますが、この奥多摩なら殆どはヤマギシ社員でしょうね」

「やっぱり! すっげぇ!」

「良夫、あんまり騒がないでよ! もう、恥ずかしい」

 

 受付の入り口でその風景にはしゃぐ武藤君に小野島さんが顔を赤らめながらそう諫めるが、テンションが上がり切った武藤君には届かない。彼はスマホを取り出すとパシャリパシャリと周囲や自分を撮影し始めた。

 

「あ、他の探索者さんは写らないようにしてくださいね。後で撮った画像はチェックしますよ」

「うぇ!?」

「当たり前じゃない……」

 

 ハシャギまわる武藤君に間島さんが一言釘を刺し、それに引きつった声を上げる武藤君と当然だと頷く小野島さん。あそこだけ毎回コントみたいになってるな。

 

「でも、武藤君がハシャぐのも、分かる気がします」

「うん、そだね……」

「なんだか、自分が今から冒険者になるんだって……今、本当に今実感がわきました」

 

 手越さんの言葉に円城さんが相槌を打つ。二人は受付前で屯する、思い思いの武装をした冒険者たちに視線を向けている。

 

 プロテクターはほぼ全ての冒険者に共通する装備だが、得物に関してはそれこそ千差万別だ。刀を腰にはく者もいれば、槍を担ぐ者もいる。まぁ、最も多いのは――

 

「鈍器持ってる人、本当に多いんですね」

「ね。バットに釘とか刺してたりするし……」

 

 それは逆に壊れやすくなるだけなんじゃないだろうか、と思わないでもないが確かに痛そうではある。どんな冒険者なのかと興味を持って二人の視線の先に目を向けると、そこには他の冒険者達と違い、ユニフォームではなくゴシック調の黒いドレスを身に着けた冒険者(どっかのダンジョンプリンセス)の姿が。

 

 見なかった事にしよう。

 

「さ、まずは受付で登録からです。皆さん、冒険者カードは持っていますね?」

「おす! 師匠、もちろんっすよ!」

「冒険者界隈で師匠(マスター)なんて呼び名は一人にしか許されてないので間違ってもそれ言わないでくださいね?」

「え、あ。はい……」

「順当に教官か、先生でお願いします。私も死にたくないんです」

  

 間島さんの声は普段のそれよりも低く小さい声だったが、何故かはっきりと耳に届いた。勢いに呑まれるように頷いた武藤君にうんうんと頷きを返し、間島さんは受付に向かって足を進める。

 

 彼に従って歩いていくと、周辺の視線がこちらに向けられるのが分かる。値踏みされているような視線や、微笑ましいものを見るような視線。中には意地の悪い事に圧力まで込めた視線を向けてくる奴もいる。

 

 俺達が着ている水色のユニフォームは全国の訓練校で採用されたもので、一目で冒険者未満だと分かる様に作られている。それを見た彼等先輩冒険者からの可愛い後輩たちに対する彼らなりの歓迎なんだろうが、仮にも現代日本なんだからもう少し手加減して欲しい物である。

 

「……あ、あれ?」

  

 間島さんのすぐ後ろを歩いていた武藤君の足が鈍る。意地の悪い先輩方からの気当たりに体が反応してしまったのだろう。

 

 険しい表情を浮かべて、武藤君を庇うように前に立つ。試すにしても趣味が悪い。下手人だろう人物に視線を向ける。

 

「立花さん、もうちょっと加減を覚えてくださいね」

「わり、あの坊主の反応が面白くてつい……すまねぇな坊主。先輩冒険者っぽい事がしたくてよ」

「は? あ、いや。ええと、俺なにかやっちゃいました?」

「やられてた、の間違いね。新人さん」

 

 俺の視線を受けて、バツの悪そうな顔を浮かべた人物に奥の方から声がかかる。

 

 声の主は女性だった。椅子から立ち上がった彼女はピンク色にコーディネートされた制服らしきものを身に着け、頭には同じ色合いの帽子を被っている。

 

 恐らく変身魔法を使っているのだろう、青みがかった色合いの肩まで届く長い髪をした彼女はいたずらっぽく笑いながら口を開いた。

 

「奥多摩ダンジョンへようこそ、未来の冒険者達。長い付き合いになることを祈ってるわ」

 

 笑顔を浮かべながら彼女はそう口にする。左肩に着けられたレベル票は25。胸に光るBランク冒険者バッジに、各種魔法講習履修済を示す勲章の数々。

 

 数年前に起きたダンジョン内部でのある事件を切っ掛けに、ダンジョンに直接かかわりのある職員はある程度の実力をもつべきという声が上がり、その結果『ほぼほぼ国家公務員! しかも受付業務だけで手取りがドン! 時間外手当もバン!』と喜んでいた所に課せられた冒険者訓練。

 

 普段通りの仕事の後に組まれた冒険者としてのスキルアップ実習の数々を乗り越え、彼女たちは生まれた。

 

「私は奥多摩ダンジョンの受付嬢、如月芽衣子よ。如月さんでも芽衣子ちゃんでも気軽に呼びなさい」

 

 ダンジョン最先進国日本でしか出来ない究極の贅沢、冒険者受付嬢。

 

 諸外国が発狂するような存在(ロマン)は、不敵な笑顔を浮かべてガイナ立ちでこちらを見ていた。

 

 なんでガイナ立ちなのかはわからない。




なんでガイナ立ちなのかはわからない。

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