奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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遅くなって申し訳ありません。

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございました!


第二百三十話 ダンジョンに入る前

「あんたたちちゃんと10フィート棒は持った? ダンジョン探索の基本ヨ?」

「真面目にやりなさい」

「はいはい――では受付業務を始めます。皆様一列に並んで、カードを提出して下さい」

 

 間島さんと微笑ましいやり取りを交わした後。如月さんは先ほどまでの人を食ったような笑みから優しい微笑みのような表情に切り替えて受付の椅子に座りなおした。

 

「はぁ。最初からそうすれば……山田さん、それでは登録の際受け取った免許証を出してください。入場受付になりますので」

「あ、はい。これでお願いします」

 

 いきなりの豹変に戸惑っていると、先頭に居た俺に間島さんが声をかけてくる。いかんいかんと慌てて冒険者資格の免許証を取り出し、受付に座る如月さんに手渡す。

  

 この場で行われる受付というものは『誰がダンジョンに入るのか』、『いつ入ったのか』というものを残すための作業で、ダンジョン協会が存在する国の全ダンジョンでそれぞれの冒険者が自分用に作られた冒険者資格の免許証、公称『ギルドカード』を提出する事で行われる。

 

 作業自体はカードを専用の機器の上に乗せるだけという単純な物だが、受付された情報は各ダンジョンの受付にあるPCからそれぞれの国の本部にあるサーバーに蓄積され、これらによって各冒険者が現在どこのダンジョンに入っているのか、何時間ダンジョンに入っているのかという危機管理も行われている。

 

 決してミスがあってはいけない部分の為、ギルドカードを受け取る如月さんの表情も真剣なものだ。

 

 後は身体チェックのような物だが、義務付けられているカメラ付きヘルメットの検査がある。撮影機能に問題はないかのチェックとSDカードなどに不備がないか、GPSは動いているかを確認し、検査担当から手渡しで渡されたヘルメットをその場で装着する。

 

 ここまでの作業の事をダンジョン関連の人は受付業務と読んでいる。全部通しで行うと意外と時間がかかるんだが、命が掛かっている以上その点に文句をいう奴は居ない。

 

「ポン、ポン、ポンっと。はい、これで終わり」

「ありがとうございます」

 

 最後に受付をした手越さんに如月さんがヘルメットを渡し、班員全員の受付が終了した。いよいよダンジョンに入る事になる。

 

「間島の兄貴ぃ、今日はどこまで潜るノ?」

「私はヤクザでも眼帯でもないんですがね? 予定では3層で魔法を体験してもらうつもりです」

「なら、ちょっとタイミング悪いわね。今、2、3層は地獄ヨ?」

 

 受付が終わり真面目モードが終了したのか。如月さんはまた人を食ったような笑顔を浮かべて受付カウンターにもたれ掛かるように身を乗り出し、間島さんに話しかける。

 

 先ほどからのやり取りを見ているとどうも知り合いらしいが、今いち関係性が分かりにくい人たちだ。

 

「……時間ズレたのか?」

「例によって例の如く婦人団体がー人権がーってまぁ小一時間。随分気がたってたわよー♪」

  

 若干胸が強調されるような姿勢になったからだろう。ごく一部に視線を集中させる武藤くんとその頬をつねり上げる小野島さんによるコントを背景に、如月さんと間島さんは不穏な会話を繰り広げる。

 

 如月さんの情報に口元を引きつらせながら間島さんは「情報、ありがとう」と口にすると少し考えるそぶりを見せ、うんっと一つ頷くと。

 

「少し予定変更をして1時間ほど1層で戦闘訓練といきましょう」

「えっ、先生、今日は1、2戦したらそのまま次の階層に」

「いえ……まぁ、ええと。かなり刺激的な映像を見る事になりそうなので。これ教官命令です」

 

 口をもごもごと動かしながらそう話す間島さんに「お優しい事ね」とくすりと微笑みを浮かべる。

 

「ほらほら。教官の指示には従う。他の冒険者の受付もあるから、早く場所を空けてネ?」

「あ、すみません」

「それじゃあ、私の後についてきてください」

 

 如月さんに急かされるように班員達は間島さんの後を続いていく。先ほどの『可愛がり』もあったため最後まで様子を見ていたが、他の冒険者達もあれ以降はこちらに注意を向けるそぶりは見せなかった。

 

 いや、唯一姫子ちゃんだけはこっちを見て訝し気にしてたんだが。まさかバレてないだろうな。それっぽい要素は全部消してる筈なんだが。

 

「オジ様。みんな行っちゃうわヨ?」

「っと、ああ。これは失礼」

「ふふっ。気をつけてね!」

 

 頭をかきながら苦笑する俺に、如月さんはくすりと微笑を浮かべ。

 

「だって・・・あなたってちっとも強そうに見えないんですもの! ウフフ」

 

 人好きのする笑顔に悪戯っ気を浮かべながら、彼女はそう言ってパチリ、とウィンクをした。

 

 

 

「メタルマックスかー」

「あんのレトロゲーマー……」

 

 思わずつぶやいた一言に事情を察したのか。小さな声で間島さんがそうぼやくように呟いた。

 

「間島教官! あの人と仲良いっぽく見えたんですが、もしかして恋人とか!?」

「勘弁してください。あいつとは教官合宿の同期なだけです。本当に」

 

 武藤君の質問に疲れたような声で先頭を歩く間島さんが返答を返す。表情までは見えないが、随分と背中が煤けているように感じる。大分苦労しているんだろう。

 

 しかし間島さんの同期という事は水無瀬・上杉世代というわけなんだがこの世代色物が多すぎやしないだろうか。一つ前の御神苗さんや昭夫君世代が随分おとなしく感じるぞ?

 

「私達の同期はトップ二人からして趣味人でしたからねぇ。暇があれば果し合いしてましたし」

「――あの、冒険者ってそんなに血生臭」

「あの二人がおかしいだけです」

 

 俺のモノローグを読んだのかと言わんばかりのタイミングでため息交じりにそう話す間島さん。その内容に思わず頬を引きつらせながら尋ねる円城さんに、被せるように間島さんが否定の言葉を放つ。

 

「……間島さんの同期はおかしい、と」

 

 そんな二人のやり取りに手越さんは丈夫そうな皮のカバーを付けた手帳に熱心に書き込みを行っている。いや、そこ一緒くたにしたら間島さんも……いや、しかし。

 

「はい。では皆さん、この黒い穴がダンジョンゲート。ダンジョンの入り口になります」

「うわ、すっげぇ……マジで空間に穴が開いてる!?」

「ね、ねぇ良夫。私達、本当にこれに入るの?」

「黒い穴、ここが初めてのダンジョン災害の場所。空間に浮かぶように穴が開いていて……」

「…………………駄目だわ。書き込む言葉が思い浮かばない」

 

 初めてここに立つとやはり感じる物があるんだろう。振り返った間島さんの言葉に、班員達がそれぞれ多様な反応を返す。勿論山田太郎としては初めてゲート前に立つわけだから、俺も驚いている様子を浮かべている。

 

 間島さんは俺達の反応にうんうんと満足げに頷きながら、ゲートを指さしながらしゃべり始めた。

 

「驚いたりするのはまだ早いですよ。我々冒険者にとって本番はこのゲートをくぐった先にあるんですから。さ、皆さん付いて来てください。記念すべき初の冒険ですよ!」

「あ、はい……」

 

 そう言いながら間島さんは見本を示す様にゲートに右手だけを出し入れし、問題ない事を示した後にゲートをくぐり中に入っていく。

 

「……よ、よし!」

 

 彼の後に続く様に手越さんがゲートの前に立つが、今一歩足を踏み出すことが出来ないのか。背後を振り返り、助けを求めるような視線を俺達に送ってくる。

 

 まぁ明らかに怪しい物体だからな、ゲート。普通の人が尻込みするのは仕方ない。

 

「では、私と手越さんが一緒に。その後に円城さん。武藤君は小野島さんを頼めるかい?」

「あ、はい!」

「お……オッケーとっつぁん、任せてくれ!」

「うん。では、行きましょうか手越さん」

「はい! た、助かりました」

 

 あまり俺が矢面に立ちすぎるのも後々の彼らの成長の妨げになりかねないんだが、これ位なら班員内の助け合いの範疇だろう。

 

 手をゲートの中に入れ、問題がないかを確認。これを先ほどの間島さんと同じように皆に見えるように行う。おっかなびっくり、初めてゲートに触る山田太郎をイメージしながら慎重に。

 

 手越さんも俺に合わせる様にゲートに触れ、ゲート内に手を入れ、出してを数回行い。互いに息を合わせて俺達はゲートの中に入りこむ。

 

 ついつい目を閉じ、息を止めながらゲートをくぐる。空調の効いた空間から湿った密室の中へと入り込んだ感触。そして目を開けて一気に開けた視界。

 

 隣に立つ手越さんの息を呑む音が聞こえる中、俺は――いや。『山田太郎』は、小さく息を吸って吐く。

 

 世界が切り替わる感覚。ドアを開けて別の部屋に入ったとかそういった物ではない。文字通り別世界へと入り込んでしまったこの感覚。

 

 これがダンジョン。

 

「ダンジョンへようこそ」

 

 壁に寄りかかるように立ちながら、俺達を眺めて……間島さんは、微笑を浮かべながらそう言った。


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