『2、3層は地獄ヨ?』
頭の中を如月さんの声が過る。
1層でオオコウモリを相手に初モンスター戦を行い、凡そ一時間。ほとんど野生の獣と変わらないとはいえ、いきなり生き物と殺し合うというのは中々ハードルが高いのか割と手間取った人も居たが、無事に班員5名全員がオオコウモリとの戦いを征する事に成功。そのままボス部屋のゴブリンも危なげなく倒すことが出来た。
ここで最早ムードメーカーになったと言っても良い武藤君が「下層に行きたい」と主張し、渋る間島さんを押し切り――勿論予定時間になっていたというのもあるが――階層エレベーターを通り過ぎて2階へ降りる事になった。
そして、今。
俺達の前に、地獄が姿を現した。
キィエエエエエェェェェエッ!!
あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!
グギャアアアァァァ……
幾多に渡る雄たけびのような声。悲鳴。階段を降りる度に聞こえてくるそれらに身構えていた俺達を歓迎するかのように流れる音の奔流。階段から降りた先の広場で、繰り広げられるサバトに、女性陣が小さく息を呑む。
「こいつはぁぁぁぁああ! わたしのぉおおおおおお!!」
叫びながら、鬼のごとき形相でそれはゴブリンを追いかける。運動がしやすいようにだろう茶色いジャージに身を包み、パーマされた頭を振り乱しながら、彼女は手に持ったバットを走りながら振りかぶり、振り下ろす。
グゴシャァ! と大きな音を立ててゴブリンの頭がザクロの様に砕け、それを為した女性は大きく口を開けて勝利の凱歌を――
「あああああ魔石落ちてるぅ! もーらい!」
「――あ”?」
あげようとする前に、横合いから消えたゴブリンから落ちる戦利品、魔石をかすめ取る手が一つ。見れば同じようにジャージ姿の……こちらは紫色だが……女性が『拾い上げた』魔石を嬉しそうに頬ずりしている。
「ちょっとあんた! 横取りしてんじゃないわよ!」
「えぇ!? 横取りなんかじゃありません。落ちてたのを拾っただけですよぉ? あんたはゴブリン倒しただけで満足したんでしょ? 嬉しそうに涎垂らして」
「ふざけんじゃないわよ!」
「なによ!?」
一触即発といわんばかりの二人の女性。これは止めに入らねばいかんか、と身構えていると、二人の横合いを何も言わず、別のジャージ姿の女性が走り去っていく。
「あ、ちょ!」
「ゴブリンは私のものよ!」
「私の物よ!」
先ほどまでの争いもどこ吹く風と言った様子で走り去っていく二人の女性。
俺達以外の誰も居なくなった部屋の中。静かになった空間に、ぽつり、と武藤君の声が響き渡った。
「成程。地獄だ」
その場に居た全員が無言で首を縦に振った。
「えー。無事に初の冒険を終了しましたね。皆さんお疲れ様でした」
「無事、ですか」
「山田さん。言いたいことはわかります。分かってますから……」
冒険を終えて学校に戻った後。教壇の前に立つ間島さんの言葉に思わず口をはさむも、消え入るような間島さんの声にその後の言葉が言えず口をつぐむ。最近参加してなかったけど、臨時冒険者のお姉さん達はあんな感じだったな。そういえば。
臨時冒険者の人数を大幅に増やせない最大の理由があれだ。彼女達が必死なのはわかるんだが、必死すぎて随伴の冒険者達だけじゃ面倒を見切れないのだ。
一つのダンジョンで毎日数百名の臨時冒険者が低層に潜っているが、この数百名の面倒を見るために毎日午前・午後で十数名の二種免許持ちの冒険者が動いている。普通なら10層より下を探索できるレベルの冒険者が十数名も拘束されているわけだ。
勿論持ち回り制だが、二種免許持ちが少ないダンジョンでは当然お鉢が回る事も多い。勿論国から手当が出るし危険も少ないとはいえ、どれだけ大変なのかはまぁ見た通りだ。各ダンジョンから冒険者が奥多摩に来たがっていた理由の一つでもある。
これが昭夫君みたいなアイドル扱いされてる子とかならまた話は別なんだがな。昭夫君の場合、彼が一言声をかけただけで借りてきた猫みたいに皆さん大人しくなるらしい。御神苗さんが随分羨ましがってたのを覚えている。
「ごほん。えー、今回初めてモンスターと対峙したわけですが、皆さんもうおわかりでしょう。連中は弱いです」
「はい……えっと、はい。大分拍子抜けしちゃいました」
「でしょうね。連中、ゴブリンは弱い。私が皆さんにかけた『バリア』の魔法が無くてもまず負ける事はないでしょう」
小野島さんの言葉に間島さんはうんうんと頷きを返す。実際、よっぽど運動が苦手という人でもなければ普通のゴブリンに負ける事はないといえる。下手すれば連中、人間の子供より弱いからな。思い切り叩く事さえできればまず大丈夫だろう。
その叩くって行為自体に抵抗があり、負けてしまう人も居るらしいんだがこれは周りがカバーすればいいだけだ。その点を考えても、やっぱりダンジョンに入る際にPTを組むのは理にかなってるわけだ。生存率が段違いで上がるしね。
「まぁ、ゴブリンやその次のオーガまではこのままの調子で大丈夫でしょうね。そこから先に行くのは、しっかり魔法を覚えてからです」
「「はい!」」
全員の返事に間島さんはうんうんと頷きを返し、「では今日は」と終わりの挨拶に移ろうとした所で、教室のドアをコンコンとノックする音が部屋の中を響き渡る。
怪訝そうな表情を浮かべてドア前に移動し、間島さんはドアを開ける。
「あれ、須藤さんどうされました?」
「どうされました、じゃありませんよ間島先生。ドロップ品の提出にいつまでたってもこないから」
「……あっ」
少しの間の後、間島さんが間の抜けた声をあげる。
須藤と呼ばれた初老の男性は、その様子に呆れたようにため息を吐いた。