奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第二百三十三話 スーパーハカー

「個人としては、色々な窓口があるのは妥当だと思うんだけどネ」

「ははは……」

 

 今日も今日とてダンジョンでの実習を終えた俺達を待っていたのは美人受付嬢の物憂げなため息だった。

 

 いや、まぁ。買取窓口を華麗にスルーしていくカーゴの群れについ言いたくなるのは分かるんだが買取窓口が固定されてる俺達に言われても困るとしか言えないんだが。

 

「やだ、ジョーダンよ冗談。おじ様、意外とお堅いのネ?」

「貴方の中で私はどういう位置づけなんでしょうか」

 

 思わずそう問いかけた俺に、彼女はふっと小さく笑って意味ありげな笑みを浮かべる。あ、うん。これは聞かない方が良いパターンだ。

 

「ま、私の個人的見解はどうでも良いとしまして」

 

 すっと胸元から一枚のメモ用紙を取り出し、如月さんはカウンターに身を乗り出して囁く様に呟いた。

 

「『同じ公務員同士』。仲良くできると思うのよネ。私達って」

「私はもう、公務員ではありませんがね」

 

 俺の答えをどう感じたのか。曖昧な笑顔を浮かべたまま、如月さんは小さく一つ頷いた。

 

 

 

「失礼しま~、ってとっつぁん今日はもう寝るの?」

 

 ノックを数回。返事を返した俺に断って部屋の中に入ってきた武藤君は、布団に包まった俺の姿にそうこぼした。どこかに出かけるつもりだったのか外行き用の格好をしている。

 

「ああ……ちょっと気疲れしてな」

「ああ……受付のねーちゃんにまたイジられてたもんなぁ」

 

 俺の言葉に合点がいったのか、苦笑いを浮かべて武藤君がそう口にする。いや、まぁ確かに如月さんやたらと絡んでくるけど、何だかんだ気遣いの出来る人だと思うぞ。

 

 俺達新人に対するケアは勿論、他の冒険者達に対してもその日のダンジョン情報や、狩場がバッティングしないように配慮。それに例の地獄に巻き込まれないように注意喚起もしてくれ、そして現在メインで潜ってる人間の事を、多分パーティーメンバー以外で一番知っているのは如月さんではないかってくらいに奥多摩の冒険者達個人個人を『知って』くれている。

 

 私生活で問題があり不調だった冒険者を顔色だけで「あ、なんかあったな」と判断し、躁鬱になりかけていた一人の冒険者を救った事がある、という一例でどれだけ彼女が周囲に気を配っているかが良く分かるだろう。

 

 こっちの事を見透かしてるのか何なのか。意味ありげな微笑を浮かべながら冒険者協会が把握してる『あるデータ』について教えてくれた時は「え、もしかしてバレてる?」と気が気ではなかったがな。

 

 どうも彼女、俺が今もどこかの公務員に所属していると思っているらしく、カマをかけるように「霞が関のエリートさんと合コンとかできない?」だとか「マジックレンジャーズってニチアサみたいな名前よね。担当の趣味?」だとか曖昧な返事しか返せない事を尋ねてくるのだ。

 

 あ、マジックレンジャーズってのは自衛隊のレンジャー部隊の中で、魔法訓練を受けた人たちの総称みたいなもんだ。今はヤマギシに所属してる岩田さん夫妻が冒険者としてのいろはを教えた方々で、命名に関しては特撮好きの浩二さんの影響が出ているんじゃないかと睨んでいる。

 

「どこかに出るのかい」

「あ、うん。いや、おう! 明日は休みだし今日も会議だなんだで訓練が早く終わったからな。美咲といっぺん家に帰ろうかって」

「ああ、そうか。そうだね、親御さんに無事な顔を見せてやりなさい。きっと、心配しているだろうからね」

「心配なんてしなくて良いのに。俺たちマッシー班は無敵っしょ!」

 

 俺の言葉にけらけらと笑って武藤君が力こぶをつくるように右腕をあげる。

 

 まぁ、確かにその姿を見せれば親御さんも安心するかもしれない。なにせ1週間前より明らかに体つきが大きくなっているからな。

 

 元々運動もしていたそうだが、魔力による身体補強の効率は段違いだ。1週間そこらで彼の身体は明らかに強く、大きくなっている。ここまで顕著に差が出るのは珍しいから、元々筋肉の付きやすい体質だったのかもしれんな。

 

 因みに俺が知る限りで最も体つきが変わったのはウィルだったりする。ヒョロガリの金髪ナードが半年でムキムキマッチョメンである! という姿になるのは何度思い返しても感嘆のため息しか出てこない。

 

 北米の上流階級が冒険者に好意的なのも、その辺が大きいんだろうな。下手なジムなんかよりも数倍効果的な筋トレになるから。

 

「ま、気をつけて帰りなさい。小野島さんをちゃんとエスコートするんだぞ?」

「分かってるって! とっつぁんもゆっくり休んでくれよ。トシなんだからさ!」

「おい。まぁ、ゆっくり休んでるさ。行ってらっしゃい」

「行ってきます!」

 

 布団で『顔』を隠しながら、武藤君と挨拶を交わし。彼の気配が完全に消えたのを確認してから、俺はむくりと体を起こす。左手で撫でる様に顔を触る。どうにもこの肌付きが未だに慣れない。

 

 さて、とバチリと電気を放つ右手をほぐす様に握り、開きを繰り返す。男女の性別の違いもあるのか、少しばかり勝手がつかめなかったが――もう慣れた。

 

 ベッド脇にあるコンセントに手を近づける。幸いなことに建物内のPCは全てローカルネットワークでつながっているらしい。目的のPCに関してもそれは同様だ。残念なことにネット回線は流石に繋いでいなかったらしいが他のPCを経由してしまえばそれも問題ない。

 

 コンセントに付属されたLANケーブルを手繰り、ローカルネットワークの内部へと入り込む。

 

 さてさて。ドロップ品を『どこに持って行った』のか。教えてもらうぜ、校長先生。


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