奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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遅くなって申し訳ありません。

誤字修正。見習い様、244様、名無しの通りすがり様、kuzuchi様ありがとうございます!


第二百三十四話 圧迫会談

 正面のスライドドアが開き、誰かが建物に入ってくる。時刻は朝の10時過ぎ。出社してきた教官や職員達ももう仕事を始めている時間帯。

 

 今日は来客予定はなかった筈だが。教材の売り込みやセールスなら事前に連絡を受ける筈だし、連絡のない飛び込み営業の類は全て警備が弾いてくれる。珍しい事が起きたな、と感じながらほぼルーティンワークと化した挨拶を行おうと入り口に業務用の笑顔を向け――

 

「――えっ」

 

 ビル内に入ってきた3名の訪問者の姿に、彼女は笑顔のまま体を強張らせる事になる。

 

「失礼、学校長はいらっしゃいますか?」

「あ、ひゃ、ひゃい」

 

 訪問者のうち、最も若い男がカウンター越しに彼女に声をかける。思ったよりも低い声、彼女のイメージの中の彼は大人であったり子供の姿であったりと千差万別だったが、実際の素であろう彼は思った以上に大人びた雰囲気を持つ青年であった。

 

 いや、当然だろう。彼が世に出てすでに幾数年。初めてその姿を世間が認知してからそれだけの月日が経ち、彼は少年から青年へと姿を変えた。

 

 かつては同情を向ける対象であった少年は、世に知られていく程に憧れの対象へと変わっていき、そして――

 

「お待ちしていました、鈴木さん。そして、ようこそいらっしゃってくださいました、山岸社長、それにそちらは――公安の方、ですかね?」

「間島教官」

「ははっ、その姿でそう言われるとこそばゆく感じますね。さ、こちらへどうぞ」

 

 彼女が思考を飛ばしている間に間島教官が姿を現し、彼らを誘うように手振りで示す。彼らの来訪を予測していたのかスーツを着込んだ彼は、受付の女性に目配せするように視線を向けてくる。

 

 その仕草で大事なことを思い出した彼女は、慌てたようにカウンターに備え付けられた引き出しを開け、中からストラップのついたカードを3枚取り出した。

 

「あ、あの! こ、こちらのカードキーを! お持ちく、ください!」

「ありがとうございます。社長、後藤さん。これを」

「ん、ああ」

「鈴木さん手ずからとは、恐れ入ります」

 

 彼女からカードを受け取った若い男……鈴木一郎は笑顔を浮かべて彼女に一言礼を言い、一緒に来訪した他の2名にカードを配る。

 

 そのまま受付嬢に会釈し、建物の中へと入っていく一行を見送った後。

 

 受付嬢は30秒ほど軽く頭を下げた姿勢のまま固まり、やがてぷしゅぅ、と空気が抜けたかのようによろよろと自身の椅子に座り込んだ。

 

「……あ、サイン」

 

 ぼそり、となにかを思い出したかのように呟いた後、彼女は携帯を取り出し非番の同僚へと連絡を入れる。サイン色紙を急いで用意させるために。

 

 

 

 酷い光景である。

 

 目の前で繰り広げられる2時間ドラマの犯人を追い詰めるシーンばりの風景をゲンドウポーズで眺めながら、ぼんやりとここに来るまでの過程を思い返す。

 

 俺が行った事自体は単純だ。教育を受けている間おかしいと思った部分の精査を行っていき、『ごまかし』が利きそうな部分を調べ上げ、アイテムの回収に目星をつけたのだ。

 

 ポイント制自体は外でもやってる所は多いんだが、出納簿をわざわざオフラインのPCでつけていたから、なにか直感めいたもので怪しいと感じ、裏技を駆使してデータの抜き出しを行い。

 

 そして、その結果。事態は国内を飛び越える結果となるのだった。

 

 ……飛び越え、ちゃったんだよなぁ。

 

「ダンジョン由来の物品はその取扱を厳重に。取り分け国外への許可なき輸出はダンジョン法により厳しく罰せられます。冒険者を育成する専門学校の長である貴方が、それを知らないとは言いませんね?」

「は、はぃ、それは、はぃ…………」

「うちのリサイクルプラントに持ち込まれるドロップ品の数と、貴校で取り扱われている『ハズ』のドロップ品の数が合わないのはすでに確認してあります」

「ドロップ品の所有権を持つ在校生が、自前で他所に持ち込んでいるかとも思えばそれも違うようですし……」

 

 そこで言葉を切って、先程から校長に延々と言葉を浴びせている後藤さんがちらり、とこちらを見る。どうも後藤さんは俺に気を使ってくれているらしく、俺の持ち出した証拠を使う際に確認するように視線を向けてくる。

 

 提出した証拠品については、あんまり真っ当な手段で手に入れたものでもないので好きに使ってもらって構わないんだが。

 

「運搬、集荷、そして出港まで。『かの軍事国家』らしい手回しの良さと強引さですねぇ」

 

 後藤さんはそう言いながらすっと幾つかの固有名詞が書かれたメモ帳を校長の前に差し出す。すると、校長の青かった顔色は青を飛び越し、真っ白な灰のように白く変化した。

 

 がっくりと項垂れる校長に後藤さんはにこりともせずに任意同行を求め、校長はそれに力なく頷きを返した。 

 

 

 

 建物の外に出た後。社長は息苦しいかのように大きく息をすって、はいた。一先ず肩の荷が降りたのと、これから起きる騒動にため息を吐きそうになったのだろう。

 

 この冒険者学校にはヤマギシからも少なくない融資や支援が行われている。特に教育に対するノウハウなんかはヤマギシと冒険者協会の教育部門にしか存在しないから、立ち上げの際にはかなり援助もしていたらしい。まぁ、これはどこの冒険者教育機関に対しても同じだがな。

 

 で、そんな状況だと冒険者教育=ヤマギシと見られるわけで、そこで大事が起きると間違いなくヤマギシに飛び火してくるわけだ。というかもう飛び火するのは確定してる。すでに数回国外にドロップ品が持ち出されているしね。

 

「だが、少なくとも最悪の、うちが全く関わらないうちに事が露見するというケースは回避できた」

「多少のちょろまかしだと、思ってたんですがね」

「ほんとだよ……なんでお前、軽い休暇予定で国際問題暴いてんだ。悪運(ハードラック)と踊(ダンス)っちまってるのか?」

「悪運の一言で片付けて欲しくないかなって(震え声)」

 

 二人並んでスーツを着た野郎が、二人並んでその場にしゃがみ込み深いため息をつく。タバコでもあったらそのまま咥えてしまいたい気分だ。吸えないけど。

 

「あの……」

「はい?」

 

 チョンチョン、と肩を軽く触られ、声が背後からかけられる。疲れた表情を取り繕って曖昧な笑みを浮かべて背後を振り返ると――

 

「ほ、本物……」

「やっべ、マジだ。マジのイッチだ」

「(パシャパシャパシャ)」

 

 開いたビルのドアから、ざわざわとざわめくロビーの音が耳に入る。ロビー内部にはいつの間にか在校生や職員、教官といった面々が集ってきており、その人数はどんどん増えていっているようだ。

 

 右頬を引き攣らせながら周囲を見渡す。すると、開いている窓から、隣のビルから、あるいは道行く人々からの視線、視線、視線の数々。

 

「……ひっさしぶりだなぁ」

「お前が素顔で歩くとこうなるんだな。頑張れよ」

「いやー、キツイっす」

「骨は拾っちゃる」

「はっはっは……たのんます」

 

 追手の相当数が冒険者ってとんでもない無理ゲーな気がするが俺たちの戦いはこれからだ。これからだから(大事なことなのでry)


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