『よぅ、”悪ガキ”』
額を触る。触られる。身動き一つできない彼を、血まみれの男は愛おしそうに、憎しみを込めて、愉悦そうな表情で触れ続ける。
ご自慢の化粧は見る影もなく血に塗り替えられ……いいや違う。
白く塗られた顔を赤く染め直し。涙の代わりに血涙を流し。裂けた口で笑う男は、正しくピエロ。
地獄の中で彼を嘲笑う、ピエロだった。
『景気はどうだい?』
『あんたの懐が暖かければ、よくなるよ』
『そいつはいい。金は便利だからな。だが必ずしも必要なものじゃない』
『そうかい』
だから、つい。その姿を面白いと感じてしまったのだろう。
言葉尻にピエロの腕から抜け出し、力のままに彼の髪を掴み地面に叩きつける。死にかけのピエロはその見た目以上に力が弱く、簡単にねじ伏せることが出来た。
右手で頭を抑え、左手でナイフを握る。何度も繰り返した動作。ついピエロの話を聞き入ってしまったがもうそれも終わり。
『”悪ガキ”、本当に必要なのは言葉と』
仕事を――
『一欠片の悪意だ』
『……想いだけでこの状況が変わるって?』
押さえつけた頭から漏れ出る言葉。地べたに無様に這いつくばる男の言葉を耳にして、彼は何故か左手ではなく唇を動かした。
ほぼ無意識に問いかけられたその言葉に、くつくつと男は笑い声をあげる。その笑い声に苛つきを覚えて、彼はうつ伏せになっている男の脇腹を蹴る。
ゲホッと腹を抑えてむせ返りながら、それでも男は嘲笑う。
『クグック、仕事人としちゃ落第だな』
『気分じゃなくなった。どっちみち、おっさんは金持ってなさそうだしな』
『よく見える目を持ってるじゃないか。追い剥ぎとしての才能はないがな』
揶揄するような男の声につまらなそうに彼は鼻を鳴らす。
強い鉄の香りが彼の鼻孔をくすぐる。仰向けに横たわる男から香るそれに、そろそろ手を打たなければこの男がくたばるだろう事を感じ――どうでもいいと切り捨てる。
『なぁ、おっさん』
だから、男がくたばる前に彼は尋ねた。彼に興味をもち、未だにナイフを振り下ろせないその訳を。
『なんであんた、俺を撫でてくれたんだ?』
彼の言葉に、男は死にかけのまま。血反吐を吐き、むせ返りながら口角を大きく釣り上げる。ピエロは天を仰いだまま一頻り笑って、そして。
『お前の……いや』
彼に視線を向けて、男はため息をつくように息を吐いた。
『お前には、きっとわからんよ』
そこまで読んで、一呼吸置いた後。そっと製本されたそれを閉じて、ダンボールの中にしまう。
「だってさ」
「だってじゃないが。なんだこれ。こんな話あったっけ? なんでこの男の子のデザイン俺っぽいの?」
「描き下ろしだって」
「なんで!?」
大量にコミックが詰め込まれた他のダンボールとは違い、一つだけ少し小さめのダンボールに入っていたファイルから出てきた資料に描かれたどっかの誰かをモチーフにしたコミック。しかもわざわざ製本されたそれになんとも言い難い恐怖を感じてそっとダンボールを閉じる。
「ちなスタンさんからは『ちょっと情緒的すぎる。あとMSのブランド的にこれは受けないで』だって」
「これ以上の余分なお仕事はノーセンキューなんですが。オレ冒険者、OK? せっかく気持ちも新たにダンジョンに向き合おうと思ってるんだから変なのは勘弁だな」
「天下の蝙蝠男出演を変なのとはたまげたね! まぁこの感じだとコウモリさんの方じゃないかもしれないけど」
資料を戻した段ボール箱を元の位置に直し、さて、と一花は俺に向き直るように座る。
「で、こっからはこの荷物がここにある理由だけどさ」
「はい」
「お兄ちゃん、今の映画が終わったら、今度はDCコミックスの方に肩入れしてくれない?」
「なんで???」
「割となんでとか言える話題でもないんだよなぁ」
またいつもの悪ノリかと思えば、どうにも様子が違う。口をへの字に曲げる一花の姿に首を傾げていると、一花はふぅ、とため息を一つついて口を開く。
「まぁ、あれだよ……影響力が強すぎるんだってさ。お兄ちゃん」
「マーブルファンとしてはDCCの提案に反対です」
「はーいシャーロットさんは黙ってましょうねー」
「ふがふがふが」
普段の怜悧さをふっ飛ばしたシャーロットさんを一花が抑える。相変わらず特定の条件だといきなり限界オタクになる人だ。
『僕としてはシャーリーの言葉に賛成したいんだけどねぇ』
『スタンさんでも断れないんですか』
『君を独り占めしている、という理論で来られるとウチも強く言い返せないんだ。これがDCCからだけ声が上がってるならやりようもあったんだけどね』
『言い返しましょうよ。俺、個人。OK?』
『それはさすがにもう通らないでしょ』
そこは通してほしいんですが。
画面越しに見えるスタンさんの表情はいつもの飄々とした笑顔だが、若干硬い表情を浮かべている。その表情から、この話が彼にとっても苦渋の決断なのだと理解できた。
『実態がどうあれ、君はこの世界に唯一人存在する”リアルヒーロー”だ。そう認識されていて、民衆がそう望んでいる。君を
心底悔しいのだろう。普段の笑顔を消して、眉を顰めてスタンさんはそう口にする。
誰の話だか分からないが、世の中には大変な人もいるらしい。可哀想に。
「お兄ちゃんのことだからね?」
「信じ続ければワンチャン(震え声)」
「ないんだなぁこれが!」
『ああ、勿論”MS”というキャラクターに関してはそのまま
『あ、そういうのならヤマギシの方でも噛まないとね。お兄ちゃんのプロデュースはウチを通してもらわないと』
『あの、断るって事は』
小さく手を上げて発言するも、スタンさんと一花はちらりとだけこちらを見た後、何事も無かったかのように会話を続けていく。
あ、うん。出来ない奴なんですね、これ。わかりたくないけどもう慣れたよ。クソァ