奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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遅くなって申し訳ありません。

誤字修正。名無しの通りすがり様、アンヘル☆様ありがとうございます!


第二百三十九話 ファンタジー路線

 どこまでも広がるかのような深い森の中を、一人の小柄な影が走り抜ける。

 

『はぁ……はぁ……』

 

 緑色に染め抜かれた光沢のある生地で出来た服に茶色いブーツ、動きを阻害しないよう右肩にかけられた弓はその小さな体躯に比例して小さな物だが、使い込まれた様子からそれが殺傷力の有る”武器”である事を示している。

 

 彼は木々の合間を飛び抜けるように駆け、後方を気にしながら草花で彩られた大地を走り続ける。追われているのだろうか。その表情はひどく悪い。

 

『ほぅい!』

 

 そんな彼の足元に風を切って一本の矢が突き刺さる。当てるつもりのない牽制の一矢。驚き停止する彼の頭上から降ってくる呼びかけの声。

 

『! ほぅい! 待ってくれ! 俺はアデラヴィ氏族のセヴランス! 族長からの使いで来た!』

『アデラヴィ? おお、東森の小人集か!』

 

 頭上から降ってくる聞き慣れた呼びかけの声に、セヴランスと名乗った小人が一つ安堵のため息をつく。森番の戦士が居るということはこの付近は人類圏。命懸けの行程が終わった事に安堵しながら、セヴランスは息を整えつつ弓を肩にかけ直した。

 

 頭上の戦士が甲高い音のなる石笛を吹き鳴らすと、やがて頭上から森の一部がかき分けられるかのように蠢き、一本の道が出来上がる。里を覆う迷いの森に資格無き者が入れば、通常は二度と出ることが出来ない。故に森番と呼ばれる戦士たちはその境界上を見張り、外敵と友人とを見極める重要な役目を担っているのだ。

 

『ありがとう! ええと』

『耳長族のメルミネじゃ。ようこそ戦士の里、蜘蛛の巣へ。君の来訪に大蜘蛛様の加護があらん事を』

 

 礼の声を上げるセヴランスに頭上の戦士……まだ若い姿の、しかし老練な言葉遣いを放つ耳長族の青年は、歌いかけるかのようにそう告げた。

 

 

『森の外? 想像したこともないな』

 

 ピクン、と美しく長い耳を跳ね上げ彼女は質問にそう応える。

 

 美しい少女だった。白磁のような肌を緑色の生地で編んだドレスに身を包み、こちらを見る瞳は緑色で透き通るかのような色合いをしている。彼が思いつく限りで比較できる容貌の持ち主となると、かつて共に戦場を駆けたブラック・ウィドーぐらいだろうか。

 

 はじめて遭遇した時、思わず赤面してしまったそのあどけなさの残る美貌に少しだけ視線をずらす。その時の事を思い出すと自動的にその後ノサれた記憶も思い起こしてしまう為、羞恥心が湧いてくるのだ。

 

『でもこの世界の事は知ってるよ。この世界はね、世界樹から伸びた枝の端、一枚の葉の上に存在するんだ』

『へぇ』

『葉の上に土が積もって大地が生まれ、葉をすべる朝露は川になった。そして、やがて、幾つもの果実が生まれ、その中から人族が生まれたんだ』

『ふぅん……ええと、オークやゴブリンもか?』

『もちろん。知恵ある種族は皆世界樹から生まれたんだよ。それが善きにしろ悪しきにしろ』

 

 彼女の薀蓄になるほど、とハジメが頷くと、彼女はまたピクン、と耳を跳ね上げる。喜ぶ時、彼女は決まってこの動作をする。

 

 魔法に優れ長寿な耳長族、その中でも頭に【大】の文字がつく優秀な魔導師である彼女は、見た目とは反する年月を生きている……のだが、その割に妙に子供らしい所がある。その部分に元の世界に残してきた妹の面影を感じ、ハジメは彼女に対して偉大な魔導師に向ける尊敬とは別の、親愛のような感情をいだき始めていた。

 

『君が来たという世界もきっと、そんな世界樹の枝のどこかに存在するんだろうね』

『まぁ、次元の裂け目から直飛び込める位置にあるのは間違いないだろうな』

『……そんなものに最初に飛び込んだオーク族の戦士には敬意を評するよ。蛮勇とは彼らの為にある言葉だ』

『お前、意外とオーク嫌いだな?』

 

 ふっとハジメが笑み零すのと、彼女がにやり、と笑い返すのはほぼ同じタイミングだった。

 

 彼女はハジメの言葉に答えずに、彼を誘うように窓辺へと歩む。それに付き従うように動くハジメに彼女は眼下へ視線を向けながら話しかける。

 

『嫌いじゃないさ』

 

 彼女の視線の先には、人々の営みがあった。

 

 偉大なる森の長、大蜘蛛を象徴するようにクモの巣状に伸びた街路を歩く人々は、鎧兜に身をつけた戦士から買い物かごを持ったご婦人、友人たちと笑いはしる少年少女、商品を手に持ち声を張り上げる商人の男。

 

『たとえ相争う事があろうと、彼らも我らも大蜘蛛の森の民だ。憎しむなんてありえない』

『そっか』

 

 呟くような彼女の声に相槌を打ち、ハジメは眼下の町並みを見下ろした。

 

 雑多な街、というのが連れてこられて最初に感じた印象だった。日本やアメリカのように整備されていない街路に建物。そして何よりも、そこを歩く人々の姿。

 

 彼女のような長耳、日本で言う所のエルフやけむくじゃらの豆戦車のようなドワーフに始まり、小人や獣人、妖精、果ては、彼にとって因縁の有るオークまで。

 

 多種多様な種族が生活を営むここは戦士の里、蜘蛛の巣。

 

 異邦人であるハジメがここに受け入れられたのは、力を示したからだ。彼らは勇と武を何よりも尊ぶ。それは、この森が決して人にとって住みやすい場所ではない事も関係しているだろう。

 

 しかし、身一つであったハジメにとってはありがたい話だ。

 

『君には感謝しているんだ、ハジメ』

『……』

『君が倒したオークの王、大戦士ザムートは為政者としては失格だったかもしれない。彼の治めた国は彼の行いによって大火に消えた。それは純然たる事実で、結末だ』

『それは』

『ああ! 君を非難しているわけではないよ。国を失ったのはオーク族の選択によるものだ。雄々しく戦った君に非があるなんてこの里に住むものは誰も思っていないだろう』

 

 でもね、と一言呟いて。少女の姿をした大魔導師は振り返ってハジメを見る。

 

『最後の最後。全てを失ったザムートがただ一つ。戦士としての魂だけは失わずに戦場で果てた事。君が討ち果たしてくれたことに本当に感謝しているんだ。彼の息子の、元婚約者としてはね』

『……良く分かんねぇよアルディス』

『価値観の相違って奴だね』

 

 なんとも言えない、と表情で語るハジメにアルディスと呼ばれた彼女は笑いかける。

 

 さて、ではそろそろ食事でも、と彼女が告げようとしたその時。

 

『大魔導師様! 急報、急報でございます!』

 

 二人が居る客間に転がり込むような勢いで駆け込み、息を切らしながら急報を告げる戦士の姿にアルディスは表情を切り替える。

 

 つかの間の平穏が、終わりを告げたようだ。

 

 

 

 パタリ、と本を閉じる音がする。無言で一花は手に持った本をテーブルに置き、手近に置いてあったカップを手に取り温かい紅茶で喉を潤した。

 

 そしてふぅ、と一言息を吐き。

 

「おっかしいなぁ。私MSの台本読んでたと思うんだけどいつの間に指輪物語の新章を……?」

「MSは割とガチ目にファンタジー路線と現代路線の併用で行くらしいゾ」

「いやまぁ異世界物って聞いてたけどというかここで引くの!?続きは!?」

「ここから先は日本の撮影が始まるまで機密なんだわ」

 

 どこまでの開示が可能か聞いた際にも、ここから先は完成まで秘密にしてねって直接言われてるしな。むしろここまで読ませてるだけ一花の要望を真摯に受け止めてくれていると思ってほしい。

 

 ――多分、町並み再現に一花の力を借りたいのかなーとは思うんだが。ジャンさん一人じゃ大変だしね。

 

「あと、このアルディスって子がヒロインなのかな? ついに妹以外の女っ気がMSにも!?」

「コミックの方もハナちゃんしか出てこないしなぁ」

 

 なんか最近、あんまりにもヒロイン(女ヴィランすら)が出てこないからマーブルは一体何に忖度してるんだとどっかの掲示板でもネタにされてるらしいからな。彼女の存在はそこそこ話題になるだろう。あの女優さんも本当に美人だし。同じ年齢でモデルからの転身でまだ無名な人って話だったが、あんな美人さんがぽっと出てくる辺りアメリカってのは凄い国だと思う。

 

 この台本くらいまではもう撮影も進んでいて、後は森の中での戦いの描写を撮れれば、と言っていたが。

 

「うーむ」

 

 先日電話した際のスタンさんの一言から端を発する悩みに、何度目かも分からない唸り声を上げる。

 

 ダンジョン内で俺の戦闘シーンを撮影したいって、あれマジでやるつもりなんだろうか。流石に30層以上上だと安全性の保証が出来ないんだがな。




びっくりするくらいファンタジーっぽくなってこれで良いのかと何度か書き直してこうなりました(白目)

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