奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第二百四十五話 今回、サーバー死す。デュエルスタンバイ!

 拝啓、今はヨーロッパを飛び回っている父さん。育児休暇中の母さん、お元気でしょうか。母さんは今朝あったから分かるけど。

 

 俺は今――

 

「あ”あ”あ”あ”っっっ!!! なんで!!! なんでカメラがない所でそんな!!! そんなファン憤死のサービス映像を!!! バラまいちゃうの!!?」

「ちょ、乙女姉さん車内! ここ車内だから!」

「うーん。やっぱり暫くはサーバー復旧できそうにないね!」

「幻の名シーンん”ん””!!! 全世界のイッチメンのみ”ん”な”ごめ”ん”っっ!!!」

 

 とっても困った場面に遭遇しています。

 

 

 

「落ち着きました?」

「申し訳ありまずびー」

「はい、チーンして。チーン」

 

 後部座席からティッシュを差し出す一花に、ロッカー劇女さんは大人しく従って鼻をかむ。先程の狂乱からすでに30分。サーバーの方はすでに復旧されているそうだが、諸事情により今はバイク組と2号車の映像を中心にしているそうだ。

 

 スマホでそちらの映像を見ると、右下に【サーバー増設作業が終わるまでイッチは勘弁してください】と書かれてあった。俺は何を勘弁すれば良いんだろうか。

 

「出番でしょ」

「まぁ、うん。今回はお客様だし主役の出番はこれ以上取らないよう気をつけるよ」

「――そうだね!!!」

「何か色々飲み込んだ笑顔だな???」

「気の所為じゃないかなっ! 所で今更だけど、エセライダーって免許持ってるんだ」

「イエスイエスイエス! 持っていないのは二輪免許のみでして。なんなら大型免許も持っておりますよ!」

「なんでバイク免許だけ持ってないんだエセライダー!」

 

 親指を立ててウィンクする妹に疑問符を突きつけるも答えは返ってこない。釈然としない思いを抱えながらも耳に入ってきた単語に思わずツッコミの言葉を入れる。大型免許は俺も持ってるが、バイク免許のほうが難易度は低いと思うんだが。しかもエセとはいえライダーを名乗る人物だ。

 

「おお、まさかイッチにまでそのツッコミを入れてもらえるとは!」

「ふふん。うちのお兄ちゃんは様式美にも理解があるお兄ちゃんだからね!」

「様式美に理解がある兄とは一体」

 

 妹の口から出てきた謎言語を翻訳する事が出来ないでいると、いつの間にか復活したのか。助手席に座るロッカー劇女さんがおずおずと言った様子でこちらを振り返ってきた。

 

「あの、ですね。その。今運営本部に連絡したら、このカメラの映像も一応保存できてるらしくて、ぐふっふっ。そ、その……後ほど。んふっ。先程の映像を、公開するかもしれませんが、よろしいでしょうか」

「え、あ。はい、まぁ俺は構わないんですが」

「シャッ! 言質った!!! 記念が増えるよ! やったねイッチメンの皆!」

「イッチメンis何?」

 

 虚空に向けてガッツポーズを浮かべるロッカー劇女さんの姿に目を丸くしていると、エセライダーがふっと小さく笑って口を開いた。

 

「驚いたでしょう? 乙女姐さん、配信時やステージの上だとさっきみたいにガンガン行こうぜって感じですが、素だとこうなんですわ。俺も初コラボの時にお会いして、びっくりしたんです。それ以来そのギャップにやられて一舎弟ですわ」

 

 どういう過程を辿れば初対面の女性の舎弟になろうと思うんだろうか。ますます謎めいてきたエセライダーの精神性は一先ず置いておくとして、今は映像の事である。

 

「これ、後日映像を使うって場合はどうなるんだろ。そこら辺、シャーロットさんに確認した方が良いのか?」

「大丈夫じゃないかな。企画自体は協会が主体のものだし、権利関係はもう話し合ってると思うよ!」

「ふ、ふふひひ、ふ。そちらは問題ない、かと。わ、私達としては呼ばれただけで、利益があったので……まぁまさか鈴木兄妹が参加するとは少しも思ってませんでしたが。心臓止まるかと思いました。多分一度止まった。憤死した後にライダーマンマシン2号の雄姿で蘇生したまであります」

「お、おう? 申し訳ありませんでした」

 

 大事なことのようなので同じような意味合いの言葉を数回繰り返したロッカー劇女さんからそっと目をそらして謝罪を行う。一花に誘われて、とはいえ飛び入り参加だ。そら色んな人に迷惑をかけただろう。シャーロットさんとか広報の人なんかにも。

 

 ――あの人らならなんか予想外の方向に利益を出してきそうだな!

 

「名高きヤマギシ広報部か……イッチの目が死んでるし一体どんな魔境なんだろうか」

「魔境ってのは否定しないけど悪名高いの?」

「報道関係者からはっすねぇ。イッチもそうですが、魔法関係の情報元といえばやっぱあそこですからね。ダンジョン関連の初動で舐め腐った真似してた連中は容赦なく締め出されてますし、シャーロット・オガワ率いるヤマギシ広報部は一部じゃ魔王扱いですわ」

「そ、その分。ダンジョン関係者にとっては、たの、頼もしい取引相手で、す。わ、私も、お陰で認知度。が。た、助かってます」

 

 自業自得だと思いますがね、とヘラヘラ笑うエセライダーと彼の言葉に頷きながらたどたどしい言葉で続けるロッカー劇女さん。他人から聞く身内の評判になるほど、と頷いていると、スマホから短く通知音が鳴り響く。

 

 ウィルからの連絡か。ええと。

 

「どったの?」

「ウィルからだ。『今から行っていい?』だとよ」

「うぃ”り”あ”む”っ!! むほーっ! 現代版金髪コナン・ザ・グレートッッ!! 元々冒険者で演劇未経験なのにねっ! 彼の演技しゅごいのっ! 抜身の刃みたいな迫力とねっ! ハジメと接する時の男友達感がねっ!! 聞いてるエセライダーっ!!?」

「ちょ、姐さん運転!? 俺運転してるから!!?」

「劇女さん落ち着いてくださいね?」

 

 俺の言葉を聞き、ロッカー劇女さんがバンバンとエセライダーの肩を叩く。流石に運転中の人の邪魔はイケないと思うので一言注意を伝え、ウィルへ返信を返しておく

 

「あ。うっふぅ……私は落ち着いた。いや、落ち着くな。今からウィル来るの? そんな事態が許されるのなら、私は一体あと何度尊死することになるんだ。怖い、この企画怖いよエセライダー!?」

「俺は今、隣が怖いっすよ姐さん! ここ高速ですよ!?」

「皆さんに悪いし、『駄目』って返しといたわ」

「げふっ(吐血)」

 

 漫才のような二人のやり取りを尻目にウィルへ返信を返すと、助手席に座ったロッカー劇女さんが小さなうめき声を上げた後急に静かになった。テンションが振り切れちゃったんだろう。俺も初代様と会ったときは似たような経験があるから、なんとなく分かる。

 

「いやぁ、違うと思うなぁ」

「そうか?」

 

 にこにこと笑顔のままそう呟いた一花の言葉に首を傾げ、まぁ良いかと自分を納得させて座席に深く座り直す。次の休憩までは時間も有るし、エセライダーと好きなライダーについて語るとしよう。後日この映像が放送される際の撮れ高も稼がないとな。


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