誤字修正。244様、アンヘル☆様ありがとうございます!
「0・0・0って言葉知ってます?」
トクトク、とお猪口に注がれる清酒。隣に腰掛ける現場犬の言葉に「いえ……」と首を横に振り、注いでもらったお猪口に口をつける。
火照った体の中に、外気で冷やされた地酒。喉を通る冷たさが心地よい。
「たしか、工事現場の標語だったかな?」
「麻呂さん」
いつの間にか俺たちの会話を聞いていたのか。メイクを落とした一条麻呂は、頭にタオルを乗せて俺たちの入る浴槽へ腰を下ろしながらそう言って現場犬を見る。
一条麻呂の視線を受けながら、一つ頷きを返して現場犬は続きを話し始めた。
「標語というよりは、実績ですかね。この3つの数字は魔法施工管理技師という免許を持った管理者が居た建設現場で、一年を通して起きた労災事故・感染症クラスター・工期遅延の件数になります。あ、件数は昨年のものですね。この免許、一昨年作られたばかりなんで」
「0が3つ。つまり、1件もなかったと?」
ザブン、と音を立てて発明王ヤマザキが。更に彼の後ろからは先程サウナに向かっていた筈のみちのくニンジャと昭夫君の姿が見える。
どうやら、とある事情でこの場に居ない者を除いた男性参加者全員が、露天風呂に集まってしまったようだ。
「まぁ、広い風呂場だし貸し切りだし。これもまたヨシ!」
「それは猫の持ち芸じゃろうに……と、このメンツだとつい麻呂口調になってしまうね」
「骨身に染みてるわけですか。まま、麻呂さんも一献!」
「余り飲みすぎないようにしましょうね」
「その時はキュアがあるからへーきへーき」
「いかんでしょ。して、それは凄いこと、なのですかな?」
駄目な大人の見本のようなセリフを吐きながらお猪口を傾けるみちのくニンジャに冷徹な一言をかけ、発明王ヤマザキは先を促すように現場犬に視線を向ける。
「凄いことですね。その前の年は1,000人弱の死亡者と11万人の休業事故がありましたので。魔法施工管理技師が居た現場は全国でも20件程度でしたが、その中には1箇所1000人規模で工員が動く現場もありましたね」
「それだけの規模で、0か」
「めっちゃ大変でした」
「お前さんの会社かい」
虚ろな視線で空を仰ぐ現場犬に思わず、といった具合にみちのくニンジャが口をはさむ。
「いえ、施工主はうちじゃなくて大手ゼネコンの○☓で。建設現場とかって少し特殊で、施工主の会社が色んな会社に声かけて必要な人員を集めるというか……まぁ、そういう感じで。うちの会社は社員全員が魔法施工管理技師なんで、そういう現場に出向みたいな感じで回されるんです」
「ああ、IT系と同じ形かな」
現場犬の言葉に思い当たるものがあったのだろう。一条麻呂が納得がいった、とばかりに頷きながらお猪口を傾ける。
「IT土方も大変らしいっすねぇ……うちは、その。元々親父の会社が傾きかけた時に、例の穴の事件があったんすよね。で、ニュースとかネットとかでイッチやヤマギシの次男坊の件が流れたじゃないですか。あれで地元の他業者が軒並みダンジョン近くの工事を断っちゃって、自衛隊さんからなんとかできんかって発注が来たのが現状の始まりというか」
「あったあった。おかげで私が土佐ダンジョン周りを購入する時はすんなり行ったが、最初の1,2ヶ月は商売仲間や親戚から気が狂ったような扱いを受けたね」
「最初の頃はそんな感じだったな! 俺もイッチのライダーマンショーを見るまでは、ダンジョンや冒険者って存在に色眼鏡かかってた気がする」
「少なくとも世間からの認知が変わったのは、あの動画シリーズの成果だろうね。そして私はコスプレの良さに目覚めた」
「そりゃ麻呂さんだけ……とも言えんか。少なくとも、現行で配信冒険者やってる奴でイッチの影響受けてない奴はいねぇっすからね」
「良い月だなぁ」
褒め殺しにでもあったかのような気恥ずかしさに天を仰ぎ、月を眺める。おかしい、現場犬さんと魔法の活用について話していただけなのにどうしてこうなった。
「皆、色々な理由で冒険者になってるけど。一郎さんに憧れたのは、同じやけん」
「やめろ昭夫くん。それは俺に効く」
「お、照れてんのかイッチ!」
「あ、ちょ、千葉さんやめ、ヤメロー!」
「へへへよいではないかよいではないか!」
バシャバシャとこちらに近寄り、ヘッドロックをかけてくるみちのくニンジャ。その様子にニヤニヤと笑いながらにじりよる現場犬、我関せずの発明王ヤマザキと、下手くそな口笛を吹きそっぽを向く昭夫くん。おい昭夫くん、君が発端だぞ昭夫くん?
抵抗する俺に二人がかりで襲いかかるニンジャと犬。本気を出すと周囲に被害が出てしまう為どうにも出来ず、からかわれ倒すことになるのか、と覚悟を決めたその瞬間。
「あ」
メキメキ、と音を立てて女子風呂側の壁……木板が倒れ込んでくる。
「「「あ」」」
顕になる女風呂。桃源郷がそこに現れ……ることはなく。水着に身を包んだ我が妹、ロッカー劇女、くの一の姿と。はるか向こうでタオルに身を包み、あちゃー、と顔に手をやる後輩の姿。
「「あ……」」
カッパのような服を身に着け、カメラを持ったエセライダーとタカバットの姿に全てを察して男湯の面々がざぶん、と湯の中に体を沈め。
「普通、逆じゃない?」
今まで一言も発さず、影のように湯に浸かっていた痩せぎす太郎の一言に、全員が深く頷きを帰した。
千葉さん:みちのくニンジャの本名。みちのくダンジョンのHPではソウルネーム:みちのくニンジャとされている