新しい仕事の拘束時間がキツいので、更新頻度は落ちると思います
誤字修正、kuzuchi様ありがとうございました!
『カーットッ!』
万感の思いを込めた一言だった。
一つの作品の終わり。それを撮り終えた一声の後、一瞬の静寂の後、撮影現場は歓喜の声に包まれる。カメラの前に立つ役者たち、そのカメラを操る者たち、それらを支えるスタッフたち……そして、自ら一つの作品に幕を下ろした監督自身
彼らは周囲に居る戦友達と互いを称え合い、固い握手を、或いは抱擁を交わす。
そして、彼らの視線は、一つに向けられる。
「はー、終わった」
そう呟いて、青年はペタリと地面に腰を下ろす。
撮影用に誂えられた蜘蛛を象った衣装は所々が破け、血糊や付けられた泥で酷く汚れている。正に激戦の後、という風体の彼はそのまま大の字になって地面に寝転がった。
そんな主演俳優の一つ一つの行動に、撮影スタッフ達は言いようのない感情を覚えていた。この作品は彼が居なければ始まらなかった。この映画は、彼が存在したから。彼が居たから作り出された。
『そうだ。終わったんだ。そして、始まりでも有る』
全身で終わりを告げる、この映画の全てと言っても過言ではない彼の姿。それは否応なしにその場にいる全員に一つの終わりを実感させ――そして、これから起きる新たなる戦いを連想させる物であった。
その全てを。撮影スタッフたちから少し離れて見ていたスタン・リードは、愛称の元となった笑顔を浮かべながら一人ごちる。
彼は元々一つの予感を持っていた。恐らく一年後に発表されるだろう一つの集大成。それが世に出される時、既存の映画は全て過去のものになる、というものだ。
その予感は前回の復讐者達によって強まり、今回の復讐者達を撮り終えた時に確信へと変わり――今、目の前の光景を見て。
それはスタン・リードの中では確信を越えて事実。むしろ当然の結果だと結論づけるに至った。
『やぁ、皆。お疲れ様』
「あ、スタンさん」
周囲の視線が自身に向かうのを感じながら、片手を上げて彼は声を上げた。歴史が変わる、その瞬間の立役者とは到底思えない力の抜けた声音。どんなに周囲が変わろうと決して揺るがないその自我にヤキモキする事もあれば、これほど頼もしい者はないと思う事もある。
『今回は、頼もしいの方かな』
『へ? あ、すみません。英語に切り替えますね』
『ああ、ありがとう。日本語はまだ私には難しいからね!』
『その年齢で新言語取得を志すのは正直凄いですわ』
『心はいつでも十代さ。さて、皆! 一先ずの区切りという事で我がマーブル社としては打ち上げを――』
その光景を心待ちにしながら、スタン・リードは最近色が戻ってきた髭を撫で付けた。
「キャンパスライフはどうよ」
「遠い」
「自宅から通ってるからなぁ」
一年の間は駒場キャンパスらしいが、電車だろうがバイクだろうが普通に1,2時間はかかる距離だ。そうなると朝1の講義に出るには7時には家をでなければいけないわけで。
「まぁ、高校も結構時間かかったし慣れてるっちゃ慣れてるけどさぁ。はぁ……大学生になったら遅寝遅起きで夜中まで掲示板荒らして回るって幼い頃の夢は儚くも潰えてしまったよ!」
「捨てなさい、そんな夢」
「勿論今は思ってないよ! 最近は∨配信とか熱いし、そっちにチェックをね!」
「そういうこっちゃ無いんだがなぁ」
小首を傾げながら首を傾げていると、先に定食を食べ終わった一花がスマホを弄りながら「おー」と小さく感嘆の声を上げる。何かしら気になる事でもあったのだろうか。
「あ、いやね。何日か前に復讐者達の映画出たじゃん」
「ズルズル」
「ラーメン啜る音で返事してほしくないなぁって。マナー悪いよ」
すまん、しかしあれだ。久しぶりに食べたこの一階のラーメンが美味すぎて、口が勝手に動いてしまうのだ。ああ、なんて濃厚な豚骨スープ。替え玉3杯目で少し薄まった所に投入した替えスープの効果は抜群だ。ちょっと飽きが来た時にはニンニクを投入。そこからはむしろ別のラーメンになるので実質一杯目である。
「んなわきゃないよね!」
「…………」
「オッケー、それ食べ終わったら話に付き合って?」
「あ、いやすまん。すぐ終わる」
飲み物を飲み込む勢いでスープごと飲み干し、手を合わせて一礼。食には礼を尽くさなければいけない。とある週刊飛翔漫画も言ってた。
「あの世界、一度で良いから行ってみたいよね」
「行けなくてもいいからあの何でも調味料に出来る器具欲しい、ほしくない?」
「それね! と、漫画談義も楽しいけど今回はこっちこっち」
そう言って一花は手に持ったスマホ画面をこちらに向ける。ええと、なになに。嘘付新報? ものすごい名前のニュースサイト見てるなお前。で、見ているページの見出しは【復讐者達、興行収入10億ドル突破】か。ふむ。
「ええと、あれだ。確か日本では今日から劇場公開するんだっけか」
「うん、そうだね!」
「という事は、この記事は米国と他国の数字だけでって事なんだな。へぇ」
ふむふむ、と文字に相槌を打ちながら記事に目を通していき。最後までスクロールした後、小さくほぅ、と息をついてからスマホを一花に返す。いま読んだ文章を頭の中で吟味し、そして口を開く。
「……早くね?」
「多分歴代最速じゃないかな? やっぱあの宣伝が効いてるのかもね!」
同接が多すぎて何度も落ちてたらしいからねぇ、としみじみとした口調で告げる一花の言葉に「あぁ……」と生返事を返し。
「早くね?」
「
思わず再び口から出た言葉に満面の笑みで応えるマイシスターの声を聞きながら、コップに残った水を飲み干し、ラーメンの残り香を流し込む。ふぅ、とため息を吐いた後、思わず開いた口から言葉が漏れ出ていく。
「早すぎね?」
2ヶ月後。全く同じ言葉を吐くことになるなどとは露知らず。呆然と繰り返しながら、俺はラーメンを新たに注文するのだった。
次は塩である。