奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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誤字修正、kuzuchi様ありがとうございました!


第二百五十四話 涙

「お兄ちゃん……」

 

 妹が、泣いている。

 

 その光景を見た瞬間、背筋をブワリと何かが駆け上っていくのを感じた。右腕から伝わってくる脈動感。全身を覆っていく魔力の波のようなものを表に出さないよう抑えながら、深く息を吸って、そしてゆっくりと吐き出していく。

 

 頭がよく、器用で。何より人を思いやる心を持った優しい娘。俺には出来すぎな、自慢の妹。涙なんて見たのはそれこそ十数年ぶりの、妹が。

 

「……どうした?」

 

 そんな妹が、泣いている。

 

 努めて言葉を抑える。違和感を覚えさせないよう、言葉を選び、声音を抑えて一花の頭に手を置いた。安心させるように、ゆっくりと頭を撫ですさる。

 

 一花に触れた右腕から感じる脈動感。強まるそれを抑えて、妹に安心感を与えるように優しく、ゆっくりと。

 

「ハナちゃんが……ハナちゃんが」

「……花ちゃんに、なにかあったのか?」

 

 優しく尋ねた結果、一花の口から出てきた名前に胸の内を焦がす感情が薄れていくのを感じ。そして、感情が薄れたその事実に罪悪感が湧き上がってくる。花ちゃんは一花の後輩で、自分にとっても身近な存在の少女だ。その娘に何かが起きているかもしれないというのに、安堵するなど。

 

 自身の薄情さに嫌気が差しながら、再度優しく尋ねるように口を開く。今は自己嫌悪に陥っている場合じゃない。何があったのか。自分は何をすべきなのかを知るべきだ。

 

 握りしめた左手からつぅっと液体が垂れる。一花に見えないように左手を隠しながら膝を折り、目線を一花に合わせる。

 

 そんな俺の行動が功を奏したのか。一花のしゃくりあげる声は少しずつ小さくなり、やがて止まった。

 

「ハナちゃんがね」

「ああ」

 

 一頻り涙を流して落ち着いたのだろう。鼻をすすりながら、一花は涙を拭いながら口を開き。

 

「指パッチンで、消えちゃったの」

「はい」

 

 本日のシリアスタイムはどうやら終了のようです。

 

 

 

「すっっっっごく面白かったけどあれ監督バカなの!? バカだよね!!?」

「ノリノリだったゾ。というかお前、まだ見てなかったんだな。言えば試写会とかも参加させてもらえただろうに」

「今回は制作に関わってないしね!! それに映画館で友達や一杯の観客と見るから面白いんだよ!!」

「ご尤もで」

 

 友人達と例の復讐者達を見に行ったらしい一花さんの、落ち着いた後の最初の言動である。色々言いたいことはあるがそれ以上に安堵感が凄いので大人しく聞き役に徹すること30分。自室に置き去りにしていた友達たちを思い出して部屋から出るまでの間、一花は愚痴とも称賛とも取れる言葉を延々吐き出し続けた。

 

 言いたいことは正直分かる。復讐者達の次の本編は1年後。この1年の間に複数の関連映画が出るとは言え、あのラストから一年引っ張られる事になるマーブルファンは阿鼻叫喚ものだろう。実際掲示板なんかも毎日がホットスポットって状況だ。

 

「流行語大賞に『ハジメー! はやくきてくれー!』がノミネートされるかもしれないって言ってたよ! テレビで!」

「出演すらしてないんですが(震え声)」

「今度の映画ほんとうにたのしみだね!」

 

 たのしみだね、の部分が若干棒になってる辺り一花も戦々恐々とはしているらしい。俺の現況は一花にとっても想定外だって言ってたからな。たまにニュースを見て「やっべ」とか呟いてるし。

 

 ――想定外と言えば一花の涙も久しぶりに見たな。俺の記憶にある限りじゃランキング騒動の時と進路についての話を聞いた時だったか。あ、後は小学生の時に山で遭難しかけてた時くらいか。

 

「その黒歴史だけは思い出してほしくないかなって。しかも今は」

「忘れたくても忘れられんぞ。あの後からお前、俺をお兄ちゃんって……うん?」

「あ、あのー。先輩、そろそろ良いですか」

 

 あれから10年たったのかぁ、とかつての妹の姿を思い浮かべていると、ドアを開けた一花の背後からひょっこりと見知った顔が現れた。

 

 ダンジョンプリンセスこと壇 姫子。一花が本音で付き合えるかなり希少な友人であり、俺にとってもかわいい後輩である。

 

「こないだぶりだね。姫ちゃん。大学生活どう?」

「その節はどうも。お陰でチャンネル登録数うはうはってげふんげふん。大学は、まぁ可もなく不可もなく、ですかね」

「……あれ影響大きかったみたいだね」

 

 前回のオフコラボの際、連絡先を交換したタカバットからも、折に触れて「博多に来たらおすすめのラーメン奢らせてくれ」って言われてたりする。倍増どころの話じゃないらしい。

 

「海外勢がびっくりするくらい増えたんで……スタン・リードに全部持ってかれたのは腑に落ちませんが」

「あの人相手じゃしょうがないって」

 

 嬉しさ半分、悔しさ半分といった様子の姫ちゃんの言葉に苦笑を浮かべてそう応える。あの人、1世紀近く生きてて未だに現役の化け物だからな。

 

「立ち話もなんだし、お茶でも飲んでいってよ。今日は一花に付き合って映画見に行ってくれたのかい?」

「頼れる後輩が捕まらなかったからね……その頼れる後輩は指パッチンされちゃったし」

「花ちゃん隣に座らせて一緒に見に行くとか最高に贅沢な見方だな?」

「次の映画の時はお兄ちゃんを連れていけば良いんだね!」

「あ、あの。その時は一緒に……」

 

 談笑しながらあーだこーだと語り合う妹と後輩を眺めながら、時折茶々を入れ、そして茶々を入れられる。穏やかな日々ってのはこういう事を言うのだろう。

 

 ここ数年、本当に激動って言えるほどの日々だったからな……たまにはこうしたのんびりとした生活も悪くはない。

 

 まぁ、とはいえ。

 

「んじゃぁお茶を飲んで一服したし、むしゃくしゃするから気分転換してこようよ! ちょっとバジリスクしばきたいし!」

「ダンジョンは命がけの場所だからな???」

「ノリで30層までタイムアタックする人が言ってもなぁ……私まだ25までなんですが」

 

 生活の一部に完全にダンジョンが根付いているこの現状が、他の人にとってものんびりとした生活かどうかはわからんがな。

 

 取り敢えず姫子ちゃんの最高到達階層の更新はやっとこう。最高のサポートを期待してくれ!

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