奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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誤字修正。名無しの通りすがり様、244様、kuzuchi様ありがとうございます!


第二百六十二話 打ち上げ(胃袋)

 一仕事終わると打ち上げに出るというのは、どんな業界・ジャンルの職業であろうと変わらない。仕事を終えたという一つの区切りをつけ、それまでの苦労をねぎらう目的で皆で祝う。強制される会社の飲み会と考えると少し億劫だが、仕事から開放されて馬鹿騒ぎできる、と考えると少し楽しさもあるかもしれない。

 

「断じて言うがこれは打ち上げじゃないぞ。フードバトルだ」

「ふぉんふぁふぁふぁな」

「食べながら喋るな」

「無理……もう見たくね……」

「し、死ぬな! 創造、お前が死んだら誰がお前の分を食べるんだ!!?」

 

 用意された超大盛りカツ丼を平らげながらしみじみとしていると、何かを察したのか隣に座るプロ野球選手がそう声をかけてきたので遺憾の意を表する。

 

 反対側の席に隣に視線を移せば、寄生獣でお世話になった主演の渋谷さんと、最近ライダー軍団に加入した創造くんが必死の形相を浮かべながら特盛カツ丼に箸を伸ばしている。食べきれないなら俺が食べるのに……

 

「い、いえ……せ、先輩にこれ食べさせ……食べさせる、わけには……」

 

 ふるふると震えながらにこりと笑顔を浮かべる姿に流石に悪いことをしてしまったという気分が芽生えてくる。一応創造くん俺より年上なんだけど、なぜか「先輩だから」って初対面からめちゃめちゃ気を遣ってくれるんだよね。

 

 ただまぁ、それに甘えて3軒はしごは流石にきつかったか。普通に隣のプロ野球選手が付き合えてるからつい限界を見誤ってたかもしれん。

 

「いや俺もキッツいぞ? どうなってんだお前の腹」

「もぐもぐ」

「おう、食べきってから答えるんだなもうそれでいいわ」

「ごくん。いや、最初の店はほら。初代様やさんぽさんが居たからあんまり食べれなかったろ。緊張して」

「あんまり(寿司大皿5人前)だったね……そういえばラーメンもセット食べて二杯目とか頼んでたっけ」

 

 ラーメンは飲み物だから仕方ない、仕方なくない?

 

「その次に行ったカレー店でこっちは腹一杯なんだがな? というか「二軒目行こうぜ!」とか言うから飲みに行くと思ったのになんでカレー屋とカツ丼店なんだよせめてそこはラーメンだろ」

「この辺りまではあんまり来ないから、つい。ラーメンも良いな」

「流石に勘弁してほしいかなぁ」

「……死ぬ」

「お、おう。ごめんね?」

 

 バッとこちらを振り返る渋谷さんと創造くんの顔が完全に死んでいる。流石にこれ以上付き合わせるのも悪いか。しかしそうなるとこの後はどうするか。本当にお酒を飲みに行くのもいいし、もう良い時間だから帰っても良い。どっかのホテルで一泊もありかな。

 

「あー、それなら俺近くに良い店知ってるよ。個室だから静かに飲める」

「……正直、歩くのも車乗るのもきついっすわ」

「おけ。そこ行きましょう。創造くん、肩貸す?」

 

 無言で首を縦に振る創造くんを介護しながら歩くこと数分。本当に近い場所に在ったその渋谷さんおすすめの店は小洒落た雰囲気の居酒屋で、芸能人等もよく利用するお店なのだとか。

 

「商売柄、周りの目はどうしても気になるからね。ここなら気にしないで飲めるから重宝してるよ」

「成程。有名人は大変ですね」

「この場の他全員を集めても足元にも及ばない有名人だけどね、君は」

 

 ははは、と笑ってメニューを見る。流石に食べ物は……枝豆有るじゃんとりあえずこれとたこ焼き、フライドポテトにお。ピザ美味しそうだな、後は焼き鳥と、海鮮サラダ! そういうのもあるのか!

 

 未だ食べるのか、とげんなりとした表情を浮かべる隣のプロ野球選手に一人用だから、と答えて安心させ、とりあえずで頼んでいた生ビールを店員さんが持ってきたので一先ずはジョッキを持ち、乾杯!とグラスを軽くぶつけ合う。

 

「所で創造くん大丈夫?」

「あと少し休ませてください……」

「お、おう」

 

 予想以上にいっぱいいっぱいだったらしい創造くんは壁にもたれかかって天井をぼぅっと眺めている。そこまで付き合わなくても良かったんだが……

 

「俳優業界も体育会系だからね……先輩だけ食べさせるのはまぁ」

「え。これ俺が悪かったりします? というか俺俳優じゃないんですが」

「ライダーの後輩なんでしょ。あそこ特殊な環境だし」

「ライ……う、うーん」

 

 確かにライダーの皆さんは色々特殊というか、初代様ブートキャンプを受ける幽霊くん達しかり明らかにきっちり上下関係出来てる気はしたけど。俺に対しては別にそんな事もなかったんだがな。一緒に初代様のブートキャンプも受けたし。

 

「お前の場合、立場が特殊すぎるんだろ。そっちの創造さんが気にしすぎてるってのもあるかもしれんが」

 

 隣のプロ野球選手はそう言いながらグビッと一気にビールをあおり、ジョッキを空にする。良い飲みっぷりじゃん、さすがはリアル体育会系。

 

「まぁ20超えてからはしょっちゅう飲みに連れてかれてるからなぁ。明日もオフだしこれくらいは」

「中4日だっけ。ローテ頑張ってるじゃん」

「裏ローテだけどなぁ。まだまだエースには程遠いわ」

 

 枝豆を持ってきた店員さんにビールの追加を頼みながら、隣のプロ野球選手ははぁ、とため息交じりにそう口にする。高卒3年目で一軍ローテ入りなんてかなりハイペースだと思うんだが、本人的にはまだまだ納得が出来ていないらしい。

 

「噂の魔力アップにも手を出したいんだがなー。最寄りの奥多摩は新規冒険者の受付をしてねーしなんかプロ野球機構も魔力持ちの選手の扱いでちょっと雰囲気怪しいしよー」

 

 枝豆を鞘ごと口に放り込みながら、隣のプロ野球選手は愚痴るようにそう呟く。

 

 まぁ、しかたないことだろう。これは他のプロスポーツ全般に言えることなんだが、魔力持ちとそれ以外の選手の身体能力差は大人と子供以上に大きい場合があるからだ。

 

 例えば格闘技などはこれが顕著にでるんだが、身長2m超えの大男が本気で殴りつけたとしてもレベル20くらいの冒険者にはダメージを与えることが出来なかったりする。そのレベルで活動できる冒険者は頭をライフルでズドンでもされなきゃ早々死なないくらいに頑丈だ。その2者が殴り合ったとしてどちらが勝つかなんて言うまでもないだろう。

 

 魔力持ちと非魔力持ちでは競い合うことすらできない力の差が存在する。だからこそ欧州、ドイツ支部などでは魔力持ちだけの闘技場なんてものを試験的に運営してたりするんだよな。

 

「その内、魔力持ちと非魔力持ちで違うリーグが出来たりするかもな」

「それ、非魔力持ちの方はどう考えても独立リーグとかと同じ扱いになるだろうなぁ」

 

 遠いけど忍野に行くかねぇ、と遠い目を浮かべる友人に「がんばえー」と返して、グビリとジョッキをあおる。

 

 ううん、やはり枝豆をビールで流し込むのは良い。これぞ先人の知恵というやつか。

 

 まぁプロリーグのあるスポーツだしそうそうすぐに何かが変わるとは思えんが。魔力持ちの選手はドンドン増えていくだろうし、そうなると魔力を持たない選手はドンドン不利になるだろう。

 

 もしダンジョンに行く、と隣のプロ野球選手が考えたなら……忍野に行くんなら姫子ちゃんか現場犬さん辺りに声かけとくか。あの二人なら有名人慣れしてるだろうし10層くらいまでなら問題ないだろう。

 

 友人が活躍する姿は、嬉しいもんだしな。これくらいの手助けは安いもんだろう。


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