誤字修正。げんまいちゃーはん様、244様ありがとうございます!
変身の一番良い所は、完全な別人になれることだ。姿形は勿論、声や身長まで変えることができればそれはよく見知った人物でも見抜くことが出来ない変装になる。
ここ数年の周囲の環境の変化で、本来の姿ではまともに外を出歩く事も出来ない俺がストレスにやられたりしないのも、これがあるからだ。
その大事な、それこそ俺にとっては冒険者としての基本技術、生命線とも言えるその魔法が。
「まさかこういう形で自分に牙を剥くとは」
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「(性別は変わって)ないです」
満員御礼どころか数時間待ちもザラと言える長い行列を抜け、映画館の外へ。映画館のあるショッピングモールは話題沸騰の映画が上映されているからか、平日の真っ昼間から結構な賑わいを見せている。
「そりゃぁ、その一つ前の本編がアレだったからだよね!」
「指パッチンはひどい事件でしたね」
「そしてそこから繋がるMSがこういう結末かぁ!!!」
髪の色を変身で変え、メガネや小物で軽い変装をした一花と並んでアイスクリームを舐める。うむ、美味い。普通のバニラアイスよりも少し甘みが強いのは、ううむ。なにかミルクに秘訣が?
「練乳とかを混ぜ込むのかな! よくわかんないけど!」
「うーむ。スイーツは専門外だからなぁ」
しゃくしゃくとコーンを食べ、道端に設置されているゴミ箱に包装用紙を捨てる。昼飯を食べて映画を見たから、今はちょうどおやつ時。甘いもの、食べたいよね。
「ねぇねぇ君達、かわいいね! 良かったら俺らと――」
「すみません、俺、男なんで」
「え」
少し物足りないな、と他に良さげな店がないか周囲を見渡していると、なにかを勘違いしたのか大学生くらいの男連れにそう声をかけられる。うちの妹が可愛いのは仕方ない。仕方ないが俺はジーパンにシャツ姿やぞ体格でわかるだろなんでわかんねーんだよこいつら。
「いやぁ、難しいんじゃない? お兄ちゃん後ろから見ても美人さんにしか見えないし!」
「は、え。いや、今の声、え、お兄ちゃ、ええぇ?」
「もうちょっと慣らしたいんだが、多用すんのきついなコレ」
ビリビリさん、電子機器の操作がクッソ便利になるんで結構な使い勝手なんだが、見た目が女っぽくなるという致命的な不具合があるんだよな。
ずっと口を開けたまま狼狽する青年たちに手を振ってその場を後にする。多少変化しているが声も完全な男声だからな。鏡見ながら喋ると俺自身でも違和感凄いんだ。
まぁどういう見方をしても俺の正体がバレない変身だから、こういうお出かけの時は最近よく使ってるんだが。
「やっぱり使い続けるほうが馴染むんだ?」
「まぁな。と言ってもこう長時間変身しっぱなしでもあんまり意味がなかったりする」
「ほほう、その心は!」
「5分くらい変身してるのと1時間変身してるの、どっちも習熟度があんまり変わらんのよなぁ。変身した瞬間が一番経験値が稼げてる気がする」
変身する時はその変身先についてを深くイメージしながら魔法を発動させるからか。ただ漫然と変身し続けるよりもこまめに変身を変える方が効率が良い。
「気がする」
「大事なことなので(ry) お兄ちゃんのソレ、他に例がないから比較対象も出来ないし結局お兄ちゃんの感覚次第なんだよねー!」
「魔法はイメージってな。普通の魔法は、逆にイメージがわかんのだが」
あんまりにもイメージがわかなくて初期はロックバスターにヒール込めて撃ち込んでたからな。おかげで大概の魔法はなにかしらに絡めて使えるようにはなった。ヒーリング効果のあるウェブなんてどのタイミングで使えば良いのかって珍魔法も出来たりしたけど。
少し歩いた後、休憩がてらオシャレな外観の珈琲店に入店。魔法のような名前のコーヒーを頼み、窓から少し奥まったところにあるテーブルにつく。
ふぅ、とどちらからともなく小さく息を吐き。
「映画を見ました」
「見たな」
「マーブルは鬼畜です」
「はい」
一切の抑揚を感じさせない一花の声。凄みすら感じるソレに抗えず、俺は小さく頷きを返す。いや、うん。内容知ってるとはいえ映画館で見ると俺もね。結構な感動とラストで衝撃を受けちゃったからな。
今回の映画。初の主演作『MAGIC SPIDER』だが、大まかなストーリーは一言でいうと異世界転移冒険活劇である。復讐者達の名前を使ってるけど地球が舞台になるのは前半の30分くらいで、残りは異世界で物語は進行する。
異星からだけではなく異世界からの侵略。これが一度だけの物とは考えられなかった国連は、”門”を開けることの出来るハナと国連にエージェントとして所属するMS/ハジメに調査を依頼した――が今作の導入部分だ。
冒頭部分はハジメやウィル、ハナと言った『MAGIC SPIDER』主要キャラクターの修行シーン。前回の復讐者本編ではウィルやハナは結構な活躍をしていたが、その基盤はこの修業にあったのか、というのを印象づけるものだった。
そう。この話、実はスタートは前回の復讐者本編より前。前回の復讐者はハジメが異世界に旅立った後に行われた事になるのだ。
「そしてそっから始まる指輪物語だよね!」
「指輪物語言うな」
「いや、だってさ! 世界自体がでっかい蜘蛛の背中にあって、その上で各種族がそれぞれの領分で生活して。どっからどうみても超古典ファンタジーの舞台じゃん?」
まぁファンタジー要素強いわな。脚本家の人も魔法=ファンタジー、MSはこれまでのMCU世界とは独立した動きをしたい、せや異世界に放り込んだろ! くらいの勢いでシナリオ作ってたらしいし。
最初のオーク王の時からMSの異世界冒険は決まっていた、というわけだ。
「世界観と敵対者が結構面白いよね! 世界=創造者たる大蜘蛛自身、しかも前回の富士山の噴火を異世界に飛ばした影響で大蜘蛛が弱体化して、更に更に富士山で不死の秘宝によって封印されていた大怪異カグヤが目を覚ます! あの色っぽい狩衣良いよね!」
「復讐者本編が盛大な伏線になるっていう信じられない豪華なことやってるよなぁ。あとあれは色々目に毒だったな。あれ着てアクションしてたからこう」
今回の敵役、カグヤのモチーフはかぐや姫だ。というか前回の不死の秘宝もかぐや姫の伝説から来てるから、あれも盛大な伏線だったわけだな。
時の帝や貴族たちを虜にし無茶な冒険を強いた、という逸話から非常に危険な美女、というコンセプトでキャラデザされており、ブラック・ウィドゥにも匹敵するお色気キャラでもある。敵だけど。
「演出も豪勢だよね! 生あるもの全てを魅了できるカグヤが支配下に置いた怪物化した樹木に魔物たち、それらと戦うために人間、エルフやドワーフ、ホビット、生き残ってカグヤにあらがっていたオーク王の息子が率いるオークの戦士たちによる連合軍! あれ何人居たんだろ!」
「500以上は確実だったかなぁ」
北海道で撮影した最後の戦い、エキストラの数を増やすために変身が使えるヤマギシ社員に出てもらったりもしたからな。
「MSの力の源が実は異世界の神/世界である大蜘蛛の魔力だったという衝撃の事実! そして始まるカグヤとお兄ちゃんの一騎打ち! 己の右腕を媒介に大蜘蛛の足を呼び出し、カグヤを月までぶっ飛ばすラストバトルは手に汗握ったね! というかほとんど無限拳だったけど大丈夫なのかな!」
「無限拳と違って拳?は一本だけだから……(震え声)」
いっぺんやってみたかった、とかいう理由であれが決め手になったとは流石に言えない。やってみたかったってのは俺の話じゃない。脚本と監督さんの話だ。
あの二人、とりあえず俺が変身でそれっぽい感じにでっかい蜘蛛の足出したらめちゃめちゃ喜んでCG加工班に映像だしてたからな。流石に月まで届くリアル蜘蛛足は出せなかったけど。
「月に飛ばされたカグヤがオロオロしながら周囲を見渡すシーンは、ちょっと笑っちゃったね!」
「あいつ、不死身と魅了能力以外は持ち味ないからね。そのまま月から出られないの」
MSとの戦いも終始ボコられながら不死の力で回復、陰陽術っぽい魔法で攻撃という実際に戦ったら面倒だけど強いかと言うとそうでもない感じの戦いぶりで、正直戦闘力として見るなら不死の秘宝を持った前作オーク王の方が強かったりする。
ただ、MS以外の人は近づけば魅了されてしまうから、もしMSがこの世界に来なかったり、大蜘蛛との邂逅を経て覚醒してなければ間違いなく勝ったのはカグヤだった。ラスボスとして相応しい強さの敵だったのは間違いない。
「いやぁ。最初に色々言ったけどさ! 今作は間違いなく面白かったね! 既存の設定を踏まえて新しい舞台を生み出す。マーブルの長所が良く出てる作品だと思うよ!」
「ああ。試写会とかで見るのと映画館で見るのはやっぱ違うわ。俺も一観客として楽しめたよ」
注文したコーヒーに口をつけながら、一花は朗らかに笑う。その言葉に数ヶ月の苦労が報われたような気がして、少し嬉しくなる。
スタンさんのお願いが元とはいえ、皆で頑張って作り出した作品を褒められるのは、やっぱり嬉しいもんだ。
「それはそれとしてラストのさ。戻ろうとしたハジメの目の前で、ハナちゃんの体が崩れて門が消えるシーンはヤバいと思うんだけど!?」
「せやな」
前回の本編からこの幕引きは、鬼畜呼ばわりされてもおかしくはないわな。うん。