「無理です」
「駄目じゃなくて無理ですか」
「広報でも何度か検討していたんですがね」
シャーリーさんはそう言って、非常に残念そうな表情で首を横に振る。思い立ったが吉日というし、最近会社にろくな貢献をしてないなといううっすらとした自覚もあったため、何か役に立てないかと尋ねてみたのだが……
「イッチ……ごほん。一郎さんが仰っていた”ケエコン”――携帯型エアコントロール発生装置は開発部が民生用に制作したマジックアイテムの中でも、主力と目している製品です。冒険者協会とも提携して各地の協会支部で販売しており、エアコントロールをまだ覚えていない冒険者や臨時冒険者の方々が現在の主な購入者層となっています」
「ふむふむ」
「ええと、確か……朝倉さんがケエコンを持ってたわね。少し待っていてください」
そう口にしてシャーリーさんは席を立ち、隣の広報部室へと歩いていく。ヤマギシ社員でも結構な数の人が購入しているらしい。自分でエアコントロールを使えば良いんじゃないか、とも思ったがよく考えると人によっては苦手な魔法、覚えられない魔法も有る。
エアコントロールはコツさえ掴めれば不器用な俺でも使える魔法だが、逆に言えばコツが掴めなければ誰だって使えない可能性がある魔法だ。そういう人には、ケエコンという商品はありがたい代物だろう。
そう考えつつまたMS汚染が強まっている広報部長室を眺めていると、シャーリーさんは件の商品を手に戻ってきた。
「おー」
「どうぞ、使ってみてください」
シャーリーさんの言葉に従い、ケエコンを手に持ってみる。予想以上に小さなサイズ、右手だけで覆い隠せそうだ。それに、随分と軽い。
ゆっくりと魔力を流し込むと、周囲一体にエアコントロールが張り巡らされるのを感じる。自分自身で使う場合は自分の周りだけだが、このケエコンはそれよりも範囲が広いらしい。
「ケエコンはだいたい5m半径をカバーしています。勿論遮るものがなければ、の話です」
「大体この部屋くらいですか」
「そうですね。範囲内を魔力を流している人物が快適と感じる気温にし、空気を浄化してくれる。まぁ私達が普段使っているエアコントロールと大差ない性能を持っています」
シャーリーさんの言葉に頷きを反し、彼女の執務机の上にケエコンを置く。俺の手からケエコンが離れた瞬間、周囲を覆っていたエアコントロールは消えていった。
「携帯性もあり、適用範囲も一部屋くらいなら余裕。かなり便利では」
「はい、便利ですね。これを開発した担当者は商品完成時に『このケエコンがあればヤマギシは後10年戦える』と豪語していたそうです」
「マって名前ですか?」
「たしか間さんという方だったような」
「崖の上にぽつりと建つ一軒家に住んでそうなお名前ですね」
「医師免許は持ってないそうですよ」
思わず出てきた軽口にシャーリーさんがそう返し、互いに苦笑を浮かべあう。
「シャーリーさんも大分日本に染まってきたってことですかね」
「一花さんから色々勧められてますので……こほん」
仕切り直すように咳払いを一つした後、シャーリーさんはケエコンを手に取った。
「商品としての価値や魅力は、十分すぎるほどにあります。そして一郎さんの提案に対する結論を話しますと」
「はい」
「一郎さんの影響力を考えると販売網が大混乱になる、と予想してます」
「はい……」
「ケエコンに使われているダンジョン由来品はメイジ型のドロップ品である杖などの発動体になるものと、魔力を通しやすくするための魔鉄くらいです。それこそ10層までで賄える手に入りやすい物ばかりですがかといって大量生産出来るかと言うと」
言葉を濁して首を振るシャーリーさんの言葉に小さく頷きを返す。恭二という人型アイテムボックスのせいで感覚が麻痺していたが、一つのパーティーが持って帰れる荷量には限りが有る。しかも原料に使われているメイジ型のドロップ品である杖は棒状で複数持つのが難しい代物だ。
フロートを用いた冒険者用の随伴車両を開発しているというのは以前聞いたが、10層までをメインに活動しているパーティーが持てるような代物じゃないだろうしそれ以降の階層をメインに活動しているパーティーはもっと別の獲物を狙う。11層からは魔樹を除けば最高に利益率の高いゴーレムが居るしね。
「それにこのケエコン、常に魔力を消費するので1日潜っただけの臨時冒険者では魔力が足りないんです。せめて訓練校を卒業する程度の魔力がないと24時間使用は難しいですね」
「あー……結構燃費が悪いんですね」
「そういう事情で、数も限られる上に使用にも条件がある商品でして。現状の各ダンジョンや冒険者協会支部での窓口販売による流通が適当である、と判断しています。一郎さんの申し出は本当にありがたいんですが……」
申し訳無さそうに頭を下げるシャーリーさんにいえいえと首を横に振って答える。むしろ忙しい中、俺のために時間を割いてくれたのだ。感謝こそすれ不快に思うなんてありえないしむしろこっちが申し訳ないくらいだ。
「しかし、メイン販売層の臨時冒険者の人でも24時間は使えないんですね」
「ええ。ですので、購入した臨時冒険者の方は結構な割合で冒険者登録を行ってくれているそうですよ」
「本当に良く出来てるなこれ?」
エアコントロールの便利さを考えるとさもありなん、という奴だろう。俺も覚えてからは何かしらの理由で魔法を解除されたとかが無い限り常に使ってるし、映画の撮影をやってた時は共演者やスタッフに頼まれてロックバスターにエアコントロールを詰めてよく発射とかしてたなぁ。
複数人に魔法をかける際はあれが一番早いし効率がいいんだ。適温は俺の感覚になるけど。
「仮に一郎さんに宣伝を頼むとしたら日産1万個を超えて、かつ冒険者資格持ち限定、という形になるでしょうか。世界冒険者協会も興味を持っているようですし需要と供給を安定させると考えれば……」
「まぁ、必要があれば声かけてもらえれば。会社のためですし、なにより普段から世話になってますからね。いくらでも協力しますよ」
「ありがとうございます。今なんでもするって言いましたね?」
「はい?」
にこやかな表情を浮かべたまま言われたシャーリーさんの言葉に疑問符を浮かべるも、彼女からの返事は返ってこない。返ってきたのは、机の中から取り出された一冊のフラットファイルだった。
「時にイッチ、声優に興味はありませんか? 遅まきながらもフルマジック映画スパイダーバースの制作が本格化していまして
「あ、急にポンポンが痛いので」
壊れたレコーダーのように延々と呪いの言葉を吐き出し続けるシャーリーさんに背を向ける。男には逃げねばならない時がある。それは、今だ。
なお逃げ切れるとは言ってない