第五十四話 奇跡も魔法も世にはある
『ウオオオォォォ!』
吼えながらジャクソンの次男・・・ウィリアムがゴブリンを追い散らす。背後がお留守になりそうな所をガードマンがカバーし、誰かが傷を負えばブラス嬢が回復を行う。
ブラス嬢は何でも持病持ちらしいので、あまり激しい動きを行わないように恭二と沙織ちゃんが傍に控えている。それでもダンジョン経験はあるらしいが、大コウモリとゴブリンメイジは危険度が段違いだしな。
一花と俺は致命的な場面が起きないように警戒と、場所によっては俺が入り口をクモの糸で防いで闘い易いように調整したりしている。
自分で闘った方が魔力の吸収も良いし何より経験になるからな。
途中で手に入った魔石は全て吸収してもらう。これだけでも相当変わるだろう。
今日は魔力が感じられるまでガンガン吸収してもらって気持ち良くアメリカに帰ってもらおう。
『信じられない位順調だ。こんなに違うなんて』
『魔力が、実感できるほどに増えてます』
ある程度魔石の吸収を行った後、実際にストレングスやバリア、アンチマジックを恭二が全員にかけてバフがどんな効果を及ぼすのか体験してもらうと、そこに行くまでの苦労が嘘のようにさくさくと前に進んでいく。
現在は5層。すでにジャクソン・ブラスコの4名はレベル5と認定される場所まで来ている。
この辺りの魔石から吸収できる魔力は大コウモリとは比較にならない。ブラス嬢もかなりヒールを連発できるようになってきたし、そろそろ別の魔法を教えても良い頃合だろう。
『オークまでは見てみたいです』
『なら、このままじゃちょっと危ないな。よし、じゃあ魔法教室と行こうか』
このままどこまで進みたいかを確認すると一度オークを見てみたいと言われた為、恭二が即席で魔法を幾つか見せて必要最低限のものをサクッと覚えてもらうことにする。
魔力自体は問題ないはずだから、とりあえず実演してそれを真似てもらう方式らしい。ここ最近魔法を教える経験が多かったから、その教え方は堂に入ったものだった。
ライトボールから始まりファイアボール、バリア、フレイムインフェルノ、サンダーボルト、アンチマジック、ヒール、キュア。
現在、10層までを攻略する際に必要になると言われている魔法を、ブラス嬢はなんと一度見るだけで覚えてしまった。
というかキュアに関してはもうすでに使えていたな。
逆にウィリアムは攻撃呪文やバリアやアンチマジックはサクッと覚えたのだが、回復呪文が良く分からないらしい。
まぁ、これは要練習という事だな。
『この調子なら、10層までにターンアンデッドを覚えることも出来るかもね!』
『ターンアンデッド。そういえば10層までにアンデッドが出るんだったな』
『アンデッドには直接的な攻撃は効果がないから、覚えていると便利な魔法だよ』
大分打ち解けてきたのか気安い表情で一花とウィリアムが話す。
『後はリザレクションとかもね。ウィリアム兄ちゃんは難しいかもだけど、ブラスさんなら行けるかも?』
『彼女のセンスは本当に凄いな。あれで病弱でなければ是非パーティを組んで欲しい位だ』
『へぇ、病弱なんだ?すっごく元気に見えるけど』
『20歳まで生きることも難しいほどの難病らしい。ただ、あのキュアを発現したときに大分寿命が延びたと聞いたよ』
何でも、テレビで恭二が大復活を果たした瞬間の映像を見て、彼女はキュアを発現させたらしい。テレビで見ただけってすげぇな。下手しなくても真一さんや沙織ちゃんレベルのセンスかもしれん。
・・・・・・しかし、なるほど。彼女が恭二に向ける視線の理由が何となく見えた気がした。
『ブラス家の長女が難病で明日も知れないってのはセレブの間では有名だった。僕も冒険者協会を立ち上げた時に初めて会った時は驚いたよ。だから、今日は是非一緒に来て欲しいって無理を言って来てもらったんだ』
『・・・・・・ウィリアム兄ちゃん結構良い人だね?』
『ははッ!米国では僕みたいな奴は初見で見下されちゃうから、対等に接してくれた彼女に恩を返したかったんだ。それだけだよ』
照れくさそうに笑うウィリアムの肩をパンパンと叩き、肩を組む。
『俺、そういう恩返し大好き。尊敬するわ』
『あ、え、えっと?』
『俺の事はイチローでいいぞ。土産話にでもなんでもしてくれ』
『あ!あああ、ありがとう!僕の事は、ウィルって呼んでくれ!親しい人は皆そう呼ぶんだ』
ガシッと握手を交わして俺達は新しい友人の誕生を喜び合った。
しかし、難病か。魔法が効いたって事はリザレクションならもしかしたら。
『なぁ、恭二。彼女ならリザレクションもイケるんじゃないか?沙織ちゃん以外はまだ成功できてない難易度の高い呪文だが』
『ああ、そうだな。こんだけ良いセンスならもしかしたらイケるかも』
『リザレクション・・・・・・ですか?意味は復活という事でしょうか』
『ああ。17層に強力な状態異常を使う相手が居て、この状態異常を回復させるために作られたんだ。アンデッドにも絶大な効果がある』
『なるほど・・・・・・見せていただいても?』
『僕も見せてもらいたいな』
恭二にそう話しかけると、恭二も同じ事を考えていたらしい。リザレクションについての説明をすると、ブラス嬢もウィルも興味津々だ。
その言葉に頷いて、恭二はまず自分と沙織ちゃんにリザレクションをかけて見せてみる。
健康的な人には疲労回復の効果があるから、ダンジョン疲れもこれで消し飛ぶ。
『後は体験してみてくれ。リザレクションをかけても?』
『はい、どうぞ』
『OKだよ』
『うん。じゃあ、かけるぞ』
「恭二、ブラス嬢は持病もあるらしいし、健康的な体をイメージしてみてくれないか?」
「うん?わかった。リザレクション!」
リザレクションをかける前に一声伝えておく。これで多少なりとも症状が緩和すればいいんだがな。
乳白色の閃光が二人を包み込み、すぐに晴れる。
『ふぅ、凄いな!さっきまで感じていた疲れも全部消し飛んだよ!』
『・・・・・・・・・え。嘘、え?』
『・・・・・・ブラスさん、どうしました?』
すっきりとした表情のウィルとは対照的に、ブラス嬢は愕然とした顔で自分の頭に手を当てて何かを確認している。
うん?何か悪影響が出た事なんて今まで無いはずなんだが。少し怖くなって声をかける。
『あ、あの。違うんです、どうもしてないのがおかしいというか。頭の中がすっきりして、こんなの初めてで』
『お、お嬢様?』
『あの。この近くに大きな病院はありませんか!?』
『と、隣町にありますが』
『ありがとうございます!あの、申し訳ないのですがダンジョン攻略を切り上げてもいいでしょうか!』
『あ、ああ。ちょっと待ってくれ。皆、脱出するがいいか?』
ブラス嬢の剣幕に押された恭二が周囲に確認を取る。この状況で断る奴は流石に居らず、そのままゲートの魔法を使って脱出する事になった。
ブラス嬢はそのままヘリを使って近くの大病院に向かうらしい。ウィルは・・・・・・置いて行かれたと乾いた笑いを浮かべていた。
まあ、ジャクソンの力を使えば新しいヘリを用意することも可能らしいから、帰ろうと思えば帰れるらしいが。
『ちょっと彼女も心配だし、このまま連絡が来るまでお邪魔してもいいかな?』
『ええ、勿論。空き部屋があるのでそちらを使ってください』
念の為に事務所に居たシャーロットさんに許可を貰い、ウィルはヤマギシビルに一泊することになった。
そして次の日。ブラス家からの連絡が事務所に入ってきた。
その内容は、完治不可能だと言われていた脳の腫瘍が取り除かれていた、との事だった。
現代に起きた奇跡だと電話越しに喜びの声を上げる通訳さんの声を漏れ聞きながら、恭二を見るとぽかんとした表情を浮かべていた。
「なあ、一郎」
「なんだい恭二」
「俺、普通に魔法を使っただけなんだが」
「・・・・・・奇跡も魔法もあるんだよなぁこの世の中」
その日のうちにヤマギシ家宛にアメリカのブラス家から、是非お礼を言いたいので冬のバカンスをご一緒しませんかとのお誘いが舞い込んでくる事になるのを、この時の俺達は知る由も無かった。
まぁ、人の生き死にになるかもしれなかったし、良かったと思おう。うん。