奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第二百七十七話 座禅体験

「イヤー、助かりまシタ! 檀家さんに誘われてツイ、般若湯が過ぎてシマいまシテ!」

「あ、いえお気になさらず」

 

 つるりと剃り上げた頭をなでながら、陽気な口調で、初老の”外国人”男性が礼を口にする。

 

「うつ伏せにぶっ倒れてるから何事かと思ったよね!」

「HAHAHA! 私もまだまだ修行足りまセン。悟りの道は険しいデス」

「酔ってぶっ倒れて得られる悟りって」

 

 一花の言葉にそう笑顔で返し、住職は俺に向き直るとピシリと背筋を正し、軽く頭を下げる。

 

「よーこそいらっしゃいまシタ、スズキさん。私、この蜜林寺を預かっておりマス、ジョブ・素底部デス。前田さんからは、お話伺っておりマス」

「ジョブ、和尚さんですか。よろしくおねがいします」

 

 そう言ってペコリと頭を下げると、こちらこそ、と住職は陽気な表情を浮かべて返事を返す。

 

 事前に前田さんから聞いてはいたが、本当に外国人のお坊さんだったとは。なんでもこのジョブさんは高校生の時分世界を旅し、禅と巡り合ってそのまま日本に居着いたのだという。とんでもない行動力だ。

 

 そして今日伺うと伝えてたのにぶっ倒れてるとは。前田和尚からは破天荒な人だと聞いていたが、聞いていた以上かもしれない初対面に一抹の不安を覚える。

 

「では早速、禅を体験して頂きマショウ!」

「ねぇ、お兄ちゃん。私めちゃめちゃ不安なんだけど、大丈夫?」

「……ま、前田さんを信じてるから(震え声)」

 

 鼻歌でも歌いそうな位に上機嫌な住職のあとを追いながら、こそこそと一花と会話を交わす。ダメ元とは言え、2,3日は泊まり込む予定でスケジュールも組んである。完全な無駄足になるのは、流石に避けたいのだが。

 

 

 

「禅とは心の事デス」

 

 本堂に通され座り方や姿勢について軽くレクチャーを受け。実際に体験してみようという住職さんの言葉に従って、一花と並んで姿勢を整える。姿勢が整ったら次に呼吸を整え、最後に心を整える。

 

「無心となり自身と向き合う事で己を見つめ直す。そのために座禅は行われマス。お兄さん、雑念混じってマスネ」

 

 この最後の心を整える、というのが難題だ。何かを集中して行うというのは経験した事があるが、無心になって、という事がよく分からない。分からないと言うよりも、どういう状況が無心という状態なのかが理解できないと言ったほうが良いだろうか。

 

「お嬢さんは、お兄さんよりも考えすぎデス」

 

 その言葉とともに住職さんが一花の背後に立ち、少し時間がたった後にパァン、という音がお堂の中に響き渡る。警策と言う棒で肩を叩かれたのだろう。訓練などでぶっ叩かれるのに比べれば痛みはなさそうだ。

 

 その後、1時間ほど座禅を行い、二度ほど警策を受けた。本来ならもう少し長くなるそうだが、「今回は触りデスし、この位にしまショウ!」と住職さんが口にして早めに終わる事になった。

 

「私は8回も叩かれたけどね!」

「お嬢さん、一度の集中力は凄いデス! でもすぐに気が散っテル。精進、ショージン必要デス!」

「私、短期集中型なんだよなぁ。意外とむつかしいね!」

 

 ニコニコとそう笑顔を浮かべる住職さんと、一花がいつもの調子で会話を交わす。出会いが出会いだけに最初は疑いの眼差しを向けていた一花も、予想以上にしっかりとした住職さんの指導に警戒を解いたらしい。

 

「この後は少しの休憩を挟んで再度……ああ! お嬢さんもいらっシャルなら里に降りて食材を買い足さなければ! 山の幸フルコース、二人分デス!」

「…………あ、泊まり込みは俺だけの予定だっけ」

「そのままの流れで一緒に座禅までしちゃったね! いい経験だったけどさ!」

 

 思い出した、と手を叩く住職さんの言葉に、そういえば一花は本来運転手件付添だった事を思い出す。

 

「すみません、予定にない人数で押しかけて……」

「いえいえ、お気になさらず! カワイイお嬢さんならいつでも大歓迎デスげふんげふん」

「おい僧侶」

「HAHAHA! ジョークです!」

 

 わざとらしく咳払いする住職さんに一言、釘を刺す用にそう言うと、住職はそう笑って親指を立てる。ヤマギシBチームの元軍人たちを思い出すようなこのノリ、間違いなくこの人アメリカ人だ。

 

 一頻り談笑した後、住職さんは今後の予定についてを話し始めた。人数が増える分には問題ないが、布団や食材などの準備は一人分しか用意されていないのだという。

 

「それなら私、もう帰るね。今から車飛ばせば夜には奥多摩帰れると思うし」

「分かった。ありがとう、一花。帰り道も気をつけて」

「そいつぁ言わないお約束でしょ!」

 

 そう言ってケラケラ笑いながら、一花は車に乗り、車の中からこちらに数回手をふるとそのまま帰っていった。来る時も苦労していたし、事故にだけは気をつけて欲しい。

 

 一花の車が見えなくなるまで見送ってから、住職さんはお寺の門に手をかけた。門を開けたままだと野生の動物が入ってくる恐れがあるらしい。

 

「ふぅ」

 

 住職さんはそう一つ息を吐き、額に浮かんだ汗を軽く拭った後。

 

「では保護者もお帰りになられた事だし、本番と行こうか」

「え。いえあの、俺が兄。というか、ジョブさん口調」

「ああいう口調が日本人には受けるんでね。これで日本で30年過ごしているから、普通に話せるとも……保護者でしょう、あのお嬢さんは君にとって」

「あ、はい……」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべたまま口早にそう言い放ち。雰囲気と口調だけを豹変させた住職さんは、反論できずに頷きを返した俺から視線を外して「ふぅむ」と口元に手を当てて何かを考え始める。

 

「まずは……そうだな。今から座禅を始めよう。明日の朝まで」

「あしっ!?」

「勿論私も付き合おう。君には警策は必要なさそうだしね」

 

 ちょいちょい、と手招きをして本堂に入っていく住職さんに付き従うように本堂へと足を踏み入れる。

 

 待ってくれ。色々、色々と聞きたいことはある。

 

 でも、それよりも。明日までということは。山の幸フルコースは――

 

 あ、なしですか。はい。

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