グギュルルルルルルルルル
グゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「……信じられないな」
思わず、と言った様子で住職さんがそう言葉を零した。なにか信じられないものをみた、と言わんばかりに数度深く呼吸を繰り返し、住職さんは言葉を続ける。
「事前に、君の所属する……ヤマギシという会社に連絡を取っていた。前田住職から連絡を頂いた後にね。君が問題視する君自身の問題を推測するためにと伝えれば喜んで協力してくれたよ。そのままご両親にも話を伺っていた。君がそのような体になる前と今、どういった違いがあったのかを私なりに纏めてあるつもりだった。君がその義手で魔力を封じた後の体の様子についても調べてあった。そのうえで、イケると踏んで私は君と会った」
姿勢をぶらさず。ただ口元だけを動かしながらそう話す住職さんは――しかし、と前置きをおいた後に言葉を切り。
「だが、この”事態”は私の予想をはるかに超えている」
そう口にして、住職さんは姿勢を崩した。座禅はここまで、という事なのだろう。
「水を持ってくる。君はそのまま、動くな」
「……」
労るような口調の住職さんに、それくらいは自分が、と言おうとするも口から言葉が出てこない。そうしている間に住職さんは本堂から出ていった。水を取りに言ってくれたのだろう。
座禅をしている最中は気づかなかったが、どうも酷く喉が乾いている。それに、随分と腹が減った。自分から響いているとは思えない腹の虫に苦笑を漏らそうとして、口から空気だけが漏れ出していく。
ううむ、体調は決して悪くはないのだが、と首を傾げながらぐるりと周囲を見渡すと、周辺が随分と暗くなっているのに気づいた。ああ、もう夜になるのか。確かに、昼からずっと座りっぱなしであればのどが渇いてもおかしくはない。
にしては随分と腹が減ったなぁ、最近燃費悪すぎじゃね? と自身の腹の虫に文句をつけながら立ち上がろうとして――がくり、と体を支えられず、そのまま床に寝っ転がる事になった。
……あれ?
思った以上に軽い衝撃。思った以上に力が入らない体。足でもしびれたのか、いやしかし。
頭の中を疑問符が駆け回り、ひとまず起き上がろうと両手を顔の近くまで持ってきて――
そして、ようやく俺は今。
自身の左手が骨と皮だけになった姿を見て、自分が異常な状態なのだということを理解した。
「白湯だ。ゆっくりと口に含んで、少しずつ飲み込んでくれ」
住職さんの言葉にこくりと頷き、口を少し開く。住職さんはおそらく晩酌用だろうお猪口を使ってゆっくりと俺の口に白湯を注ぎ込んでくれる。
美味い。乾いたスポンジに水が染みていくような感覚。本当に喉が乾いた時は水以上に美味いものはない。
最初は少しずつ、次第にごくごくと喉を鳴らして白湯を飲み始めた俺に、住職さんは強張っていた表情を少し緩めて、ふぅとため息を付いた。
「良かった。水すら飲めないほど衰弱しているわけではなかった、か」
「……ぁ……」
「無理に喋らなくていい」
心配をかけた、と口にしようとするも、音をうまく発することが出来ず喉からは空気だけが漏れ出ていく。そんな俺の様子に住職さんは首をふるふると横に振って無理はするなと戒めた。
その言葉に無言のまま頷いて、しかし、と考え直す。自分の体が今、とんでもない状態なのは理解した。しかし、なぜこんな状況なのかが全く分からない。たかだか数時間、座禅を組んでいただけでなぜ俺の体はこんな有様なのか。兆候なんて物もなかったし、なんなら今現在、体に力が入らない以外はすこぶる体調が良いように感じているのだが。
質問をしたくても言葉にすることができないのが、これほどもどかしいとは。視線だけで意図を伝える術はないだろうか。ミギー辺りが使えれば代わりに代弁してもらえるんだが。右手を封じているのをここまで悔やむことになるとは。なんとか義手を外せな……あれ?
「……ぁ………?」
「……ああ、その右手かい」
「ぁ……」
右手を持ち上げようとして、その異常に気付き。俺のそんな様子に住職さんも意図を察してくれたのだろう。
「明け方、空が白んできた頃合いに大きな音がたってね。見れば君の右手の義手が、ポロポロと崩れていったんだ。そしてそれと前後するように君の体が急速に萎んでいった。健康な青年が、瞬く間にミイラのように変貌していくのを見たときには自分の頭がおかしくなったのかと思ったよ」
そこまで言葉にして、住職さんは一旦言葉を切る。その情景を思い返しているのか少し言葉が震えているように感じる。当然だろう、目の前でそんな光景を見せられて平然と出来るわけがない。
俺が目の前でそんな情景を見せつけられれば、まぁ間違いなくその場でリザレクションを込めたロックバスターを乱射する。むしろ焦らず騒がず対処してくれた住職さん凄いわ。
というか明け方ってもしかして今、朝なんだろうか。座禅を始めたのが昨日の昼過ぎだったから普通に考えたら半日以上飲まず食わずだった事になるんだが。そりゃこんだけ腹の虫が鳴いててもおかしくはないし、冒険者でもないのに同じ事をやってて元気いっぱいに見える住職さん凄いわ。大事なことなので(ry
いや、待て。義手がついていないという事は今現在、変身は問題なく使えるということだ。義手がぶっ壊れている事やこの体の状況について色々考えることはあるが、まずはリザレクションで体を整えるのが先決だろうか。
「まさかこんな事になるとは……救急車の手配はしてある。麓の救急隊が駆けつけるまでは十数分といった所だろう。鈴木くん、それまでの辛抱だから、今は安静に――」
住職さんの言葉を耳にしながら、いつもの調子で右手に魔力を通す。からっからの体は、どうも魔力についてもそうだったようでいつもに比べたら随分と抵抗感があるが、それこそこの数年で何千何万回も繰り返した行為だ。多少の阻害要素があれど、とちるなんて事はありえない。
そうだな、住職さんとの意思疎通が出来ないのは困るしここはミギーが良いか。あいつなら俺が言葉を発せなくてもこちらの意図を喋ることが出来るし、触手を通じてヒールやリザレクションを使うことも出来る。今の状況にはうってつけな……
そこまで考え、魔力を右手に通し、さぁ変身を、という段階で。
「……?」
右腕から肩にかけて感じていた抵抗感が一層強まったかと思うと、ナニカに胸の内を鷲掴みされるような感覚と、力いっぱいに内側に引きずり込まれるような感触。
あっという間に真っ暗になる視界。何がなんだか分からないままにそれに翻弄され。意識が、遠く――
そして。
『あんた、バッカじゃないの!?』
ふと気が付けば、目の前に茶髪の。どこかで見たことのある顔をした少女が現れて、頬を目一杯叩かれる羽目になった、と。
あの、頬がやたらとビリビリするんだけど。自業自得? あ、はい。
…………え、どういう状況?