「君が知る事以上のことは我々も知ることが出来ない」
クリアな音声。美琴やニーサンからの思念にあった、どこか違和感のようなものが一切ない、本当に自身が頭の中で何かを考えているかのような感覚。
「だから、君がココにいる事も、美琴くんがなぜ君をココに呼べたのかも、確実な答えを返すことは出来ない。大まかには、予測できてるんだがね」
変身の習熟というものを、俺は今だに理解しきれていなかったらしい。それが高まれば、より強力に違和感がなく再現できる。その程度に考えていたんだ。
「ああ、勿論君がココに来た時の経緯は理解している。正直、美琴くんのように君を叱り飛ばしたい気持ちはある」
だが……けれど、目の前で呆れたような、悔やんでいるような表情を見せる彼は。
「とはいえ、その前にこれは言っておかないといけないな」
結城丈二は、俺のイメージするライダーマンは。
「直接会うのは初めてかな、一郎。経緯がどうであれ……君と会えた事を嬉しく思う」
確かに生きて、意思を持って俺の前に在る。
「意識を持ってから。最初に考えたのは、魔力というものは何なのか、だった。確か君が初めて米国に渡った頃かな」
『魔力についてはまだ議論中だがな』
「現状こうだろうな、という仮説は幾つか出来ているが。結論を出すには、少し情報が足りなすぎる」
結城さんの言葉にニーサンが補足するように言葉を足した。初めて米国に渡った頃というと、かなり前。それこそダンジョンが出現してそれほど経っていない頃の話だ。
「君の習熟が高まるまでは我々も深い思考をする事は出来なかったからね。そのくらいの頃から意識を持ったキャラクターも複数人存在するようになって、互いの意見を交換し合いながら幾つかのテーマを持って話を進めていったんだ」
『まぁ中には難しく考えるのが柄じゃねぇって奴も居るけどな。初期から居る奴らだと、ロックとかタクヤ辺りか』
「全員同じ人物のいち部分なんだから、趣味嗜好の問題だと思うんだけどね。特にロックは」
そう言いながら、二人の視線がついっと横を向く。俺もあえて目をそらしていた方角だ。
その視線の先ではハルクに抑え込まれて「ハナセー!」と泣きわめく本家スパイダーマンを、東映版スパイダーマンがスパイダーストリングスで拘束している姿と、それに追いかけっこの際にダメージを負ったキャラクターの回復用だろう、ヒールを込めたバスターを周辺に乱射するロックマンの姿があった。
こちらが見ていることに気づいたのか。笑顔を浮かべてこちらに左手を振るロックマン――ロック・ヴォルナットに手を振りかえし、少し呼吸を整えた後に二人に尋ねる。
「こことあそこの温度差に風邪を引きそうなんだけど、何したらあんなひどい事に?」
『マーブルによくあるアレだ。ネガティブ期』
「ああ……」
その一言で全てを納得しそうになり、言葉を失う。定期的に闇落ちする事で定評があるマーブルヒーローのネガティブ期か。それが襲ってきてるならあの扱いも仕方がない、のか?
「ピーターのアレは、どちらかというと君がココに居る事が一番の原因なんだけどね」
「……あの。俺そこまで嫌われるような」
『ちげぇよ。気まずくてお前と合わせる顔がないって逃げようとしたんだよあいつ』
「えぇ……」
「まぁ……たまによくある事だから、それほど気にしないでやってくれ」
言いづらそうに顔を背ける結城さんに、心底愉快そうに笑うニーサン。呆気にとられていると、コホン、と結城さんが咳払いのジェスチャーをした。話を戻したいという事だろう。
「魔力についての仮説だが、まず確実なのは定形を持たない生命エネルギーというものだ。その生命エネルギーを魔法という型をつくりそこに魔力を流し込んで結果を生み出す。漫画やアニメーションで良く扱われる題材だが、今現在の主流になっている魔法を見る限りはこの表現がしっくり来る」
『山岸恭二はこの辺をどう見えてるのかね。あいつの
結城さんの言葉に相槌を打ちつつ、ニーサンはそこまで言葉にすると一旦口を閉じて、少し悩んだ様子を見せながら口を開く。
『で、魔力について……途中脱線もしたが話をしたのは、だな……』
『あんたが干からびてたのも、私達がココに居るのも。アンタを私がココに引きずり込むことが出来たのも、全部魔力が原因だからよ』
『……おい。段取りってもんを』
『アンタも私も結城さんもコイツの一部なんだから、言葉遊びなんて必要ないでしょ。ココなら時間に追われることはないけど、いつまでもココに居させることもできない。だから、理解できる出来ないは置いておいて、伝えないといけないことはさっさと伝えなきゃ』
「……そうだね。ただ、これはあくまでも俺たちの考え。憶測にすぎないよ、美琴くん」
そこまで黙って話を聞いていた美琴の言葉に話を遮られたニーサンが眉をしかめ、結城さんが同意の相槌を打つ。
理解できないという前提で3名が話をしているのには少し憤懣やる方ないものもあるが、頭脳労働派でもないスズキイチロウくんは黙って3名の話を聞くぜ。沈黙は金銀財宝とも言うしな!
「……内心が伝わることももう少し意識したほうが良いね」
「hai」
「うん。少し恥ずかしいときや真剣にならなければいけない時、茶化すような言葉を思い浮かべて気分をごまかす癖。ピーターの影響だろうが、この場では止めたほうが良い」
「それを僕の影響ってのは止めて欲しいんだけどね」
『いや、どう考えてもアンタでしょ』
なんとも言いづらそうに苦笑いを浮かべる結城さんの声に、心底困ったようにどこかで聞いたような誰かの声が返事を返し。その返事に美琴が呆れたように言葉を向ける。
ノシッ、ノシッ、となにか大きなものが歩いてくる感覚。大分この空間に馴染んできたからか、見なくても誰が歩いてきているのかが分かってきた。
「すまない、途中から任せきりになってしまって」
『構わないさ、ジョージ。こちらこそすまない。拘束に――と、暴れないでくれピーター――手間取ってしまってね』
「なぁブルース。考え直してくれないか。ちょっと、ほんのちょっとの間この蜘蛛糸を緩めてくれるだけで良いんだ。背中が痒くて仕方ないんだよ、ホント!」
結城さんが声をかけた人物に視線を向ける。そこには、予想通りの人影がいた。
ハルク。マーブルヒーローの一人で、最強級のパワーを誇るヒーロー。本来の彼は常に怒りを振りまく破壊の権化と言っても良いキャラクターなのだが、この場に現れた彼は非常に理知的な――それこそハルクに変身する前のブルース・バナー博士が喋っているかのような印象を受ける。
いや、実際にそうなんだろう。彼が身にまとう服装には見覚えがある。現在撮影中の、復讐者本編。そこに登場するハルクとブルース・バナー博士が完全に一体となったスマートハルク。先程まで大暴れしていたから所々破けていたりするが、この服装はスマートハルクが初登場した際に身に着けていたもののはずだ。
『やぁ、イチロー。そう、そのとおり。例の映画で上書きされたようでね。お陰でようやく、ブルース・バナーとしての自分を持つことが出来るようになった』
「彼が知性を取り戻してくれたのは僥倖だったよ」
『このおっさんが暴れたら、止められるやつ少ないからなぁ』
「その数少ない止められる奴として結構頑張って来たと思うんだけど! ねぇエド、頼むよ! 君と僕の仲じゃないか! 本当に無理なんだって!」
『だぁぁ! やっかましいんだよみの虫! いい加減覚悟決めろや!』
頭以外の部分をスパイダーストリングスでグルグル巻にされ、文字通り蜘蛛の巣にぶら下がる獲物のような姿でハルクに運搬されている彼の叫びに、ニーサンがキレた。
ぐいっとニーサンはハルクが持つ蜘蛛の巣の端を掴むと、思い切り力を込めてそれを引きちぎる。支えを失い、受け身を取ることも出来ずに地面に落ちた彼が「うげっ」とうめき声をあげた。
そしてそんな彼の姿に小さなため息を誰かが漏らし、全員の視線が俺に向けられた。やれ、という強い意思と共に。
いや、あの。そんな目で見られてもこまるというかだな。あの、ええっと。
「……は、ハロー?」
『外国人にいきなり話しかけられた日本人か、アンタは』
呆れたように脇から飛んでくる美琴の口撃に苦笑が漏れる中。
俺の言葉を聞いた眼前の人物は、うんうんと唸り声を上げた後、顔を持ち上げてこう答えた。
「……こういうときはハローって返すべきかな?」
「いやぁ、普通でいいんじゃないかな」
思わず、といった風に軽口を叩く彼にそう返事を返す。米国での本家さんとのやり取りが頭をよぎるが、彼ともまた違う感覚。自分の中の彼が、目の前にいるというその不思議な実感を噛み締めながら、手を差し伸べる。
「初めまして、で良いのかな。ピーター」
「……そうだね。うん」
俺の言葉に少しだけ躊躇した後。諦めたかのようにふぅ、とため息を付いて。
「初めまして、イチロー。出来れば握手は、この糸を外してからが良いかな」
スパイダーマン――ピーター・パーカーはそう言って、笑顔を浮かべた。