奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第二百八十五話 その為の右手

 ヤマギシ本社ビルには幾つかの応接室がある。これは本社ビルを建設する当時、社長から相談を受けたケイティが進言した事によって作られたものだ。

 

『近い将来、ヤマギシには必ず必要になる』

 

 そう断言したケイティの言葉に従い作成された、来賓する相手の格式に合わせられるようそれぞれ調度品のグレードを分けられた幾つかの応接室。

 

 それらの中でも、最も格式の高い相手――それこそ国賓レベルの相手に使用するために用意された一室で、俺とシャーリーさん、そしてテーブルを挟んで向かい合うように座った男性は、張り詰めた空気のまま無言で互いを見つめ合っていた。

 

「…………」

「…………」

 

 圧力すら感じる空気の中。最初に動いたのはディスターシャと呼ばれる、中東の方で良く着られている服装に身を包んだ男性だった。

 

 スッ

 

 彼は俺とシャーリーさんの視線を受けながらも動揺した素振りも見せず、ゆっくりとした動作で傍らに置かれていたアタッシュケースを持ち上げ、ゴトリとテーブルの上にそれを置く。

 

「ココニ50万ドルアリマス。全ーテ思いドーリナル額デース」

 

 少し怪しいイントネーションの日本語でそう語りながら、男性はアタッシュケースを開く。中に詰め込まれたドル札の束に視線を滑らせた俺とシャーリーさんを見て、畳み掛けるように彼は言葉を続けた。

 

「貴方YESト答エテクレレバ、皆幸セナリマス。決断ハ貴方ノ右手ニ任セマース」

 

 右手を差し出しながら。自信に満ちた表情で彼は言葉を続けた。

 

「私ノ主君最推シノ、木之本さくらたんノ再現。オ願イデキマスネ?」

 

 

 

 

 

「勿論右手をはたいて断ったのは言うまでもないだろうが」

「見たかったなぁ! これぞアラブ人おえらいさん! みたいな外見のオッサンが至極真面目な顔して木之本さくらたんって言うシーン見たかったなぁ!!」

 

 大事なことなんで2回繰り返したんですね、分かります。

 

 ケラケラと笑う一花の姿になんとも言えない表情を浮かべていると、太ももの上に乗っているものがもぞもぞと動いて何かを主張する。あ、はい。次のページ読めば良いんですね

 

「でもまぁ。例の動画を見てのお話にしてはものすっごい気楽なので良かったね。どこぞの大使から緊急のお話がある、とか聞いたときは何事かと思ったけどさ!」

「最初に話が行った日本冒険者協会側も相当困ったんだろうね。外交筋からとにかく話だけでも、って頼み込まれたとかなんとか」

 

 なにせ新たなるエネルギー、魔力発電を世に送り出したヤマギシと日本は原油マネーを根幹としているアラブ諸国にとって目の上のたんこぶどころじゃないだろうからな。そこに来ての大使直々の、しかも緊急だなんだというお話。担当の外交官も、気が気じゃなかっただろうな。顛末を聞くまでは。

 

 というかヤマギシは向こうの米びつに砂ぶちまける位の事やってる筈なんだけど、やたらと向こうの大使さんがフレンドリーだったのが印象的だった。断った後も一頻り落胆された後、悲しそうな表情で「本国ニ連絡シマース……チラッ」とかこいつ結構余裕あるな? という態度を崩さなかったし。

 

『それに関しては日本の原油輸入量がそれほど減ってないのみ大きいだろうねぇ。原油というのは本当に色々な用途があるし、現状魔力発電施設の数もそれほど多くないからね。今現在も日本は彼らにとってお得意様のままさ』

「なるほど。魔力発電施設って、そう言えば世界中でもまだ5箇所しかないんですっけ」

『そろそろ6基目がドイツでも稼働する予定だよ、一路』

「(今は一路じゃ)ないです」

 

 太ももの上でもぞもぞとしていた人からの言葉にそう答える。さっきから三角帽の先端がペチペチと顔に当たるのは、これもしかして意図的なんだろうか。俺が一花と会話を初めてからやたらと顔に当たってくるんだが。あ、次のページですね、分かりました。

 

「…………さっきからタイミング見計らってたんだけどさ」

 

 そんな俺と膝上の人の姿に、一花は至極真面目な表情を浮かべてピッと俺と“彼女”を指差し口を開く。

 

「なんでアガーテさんがココに居てお兄ちゃんの膝の上に座ってるの?」

「…………なんでだろうなぁ」

 

 一花の言葉に思わず本音をつぶやいて、天を仰ぐ。あ、先端が目に当た、ちょっと痛いです。

 

 

 

 アガーテ・バッハシュタイン。ドイツ冒険者協会の協会長にして研究者、妹はドイツ協会のエース冒険者、オリーヴィア・バッハシュタイン。姉妹揃って優秀な魔法適性を持ち、特に彼女は“水銀”の錬金術師の異名を持つほどの卓越した技術を誇っている。

 

 彼女が開発した『複合魔法による流体の操作技術』は魔法とダンジョン関連の技術で日本・米国のツートップに水を開けられているドイツ冒険者協会にとって数少ない“他国に誇れる”実績の持ち主だ。

 

 そんな彼女は。ドイツにおける冒険者たちの顔とも呼ぶべき才媛は。

 

『なぁ一路、次のページを耳元で読み上げてくれないかな。文章を読み上げることはその内容を理解する事に効果があると長年の研究で判明しているんだ』

「(一路じゃないし耳元で読み上げはし)ないです」

「うーん、これは卑しい女ずい……」

『卑しい? 心外だなマスター。私はただ己の思うまま、望むまま推しているだけさ。これほどまでに私の心をかき乱す彼の存在こそが罪だと言えるんじゃないかな。ああ一路、座っている向きを逆にしても良いかな。君の呼吸を首筋に感じるのも悪くないが顔をもっと近くで見たいんだ。ところで私は体こそこんなナリだが実はスタイルには意外と自信があってね』

「あ、ちょっと電話してくる。すぐ戻るからそれ抑えててねお兄ちゃん絶対に。もしもーし姫子すぐヤマギシに来い。え、大学? 良いから早く、間に合わなくなっても知らんぞーー!!」

 

 焦ったように部屋を飛び出していく一花の姿に、膝上のアガーテさんがクスクスと笑い声を上げる。ここ最近元気がなかった一花があんなに元気に走り回って……

 

『流石にその表現はどうかと思うがね』

「気落ちしてたのは本当なんで」

 

 苦笑をこぼすアガーテさんにそう答えて、さて。と気分を切り替える。

 

「それで、今更ですけど結局どうしてこちらに居るんですか? 実務には殆ど携わっていないとはいえ、協会のトップが簡単に国を離れられるものでもないでしょうに」

『ん。本当に今更な質問だねぇ』

 

 俺の質問に至極真面目な様子で答えて、アガーテさんは「うーん」と少し考えるような素振りを見せる。

 

 少しの間の沈黙。やがて彼女の中で考えが纏まったのか、小さく頷いてアガーテさんは口を開いた。

 

『まぁ幾つか目的があるのは間違いないが、一番大きい理由は』

「……一番大きい理由は?」

 

 そこで一度言葉を切った後。

 

『君が先日行った発表。あれで起きるだろう混乱を抑えるための手伝いを――君を助けて欲しいと依頼されたんだよ。ヤマギシにね』

 

 そう言って、アガーテさんはニコリと笑って仰ぎ見るように俺に視線を向けた。




「ここに50円がある 全てが思い通りになる額よ」

このネタ大好きで度々使ってる事をお許し下さい()
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