『守らなきゃいけない約束があるんだ』
マイルスと呼ばれた少年は、どこにでも居る少年だった。NYはブルックリンで育ち、音楽とグラフィティを好んでいて、少し気弱で可愛い女の子に弱い。正義感の強い警察官の父と優しい母、実の子供のように自分をかわいがってくれる叔父と家族にも恵まれていた。
ちょっとばかしオツムの出来がよろしかったせいで放り込まれたエリート高に馴染めないせいで最近は悶々とした日々を過ごしていたが、それだって思春期に特有の、ごくありふれた悩み事の一つだった。
それが変わったのは、あの日。学校の寮を抜け出して叔父と会い、彼とグラフィティを壁に描いたあの日。不思議なクモに腕を噛まれた日が全ての始まりだった。
ピーター・パーカーが死んだあの日。彼を見殺しにしてしまったあの日。
『もう、スパイダーマンを見殺しにしたくない』
マイルス・モラルスの、一人の高校生の少年の中に芽生えた、小さな炎。彼と同じく同類の面々に囲まれながらそう口にした彼に、複数のスパイディの視線が突き刺さる。
言葉にするのは単純だ。いうだけなら誰にでもできる。だが、戦うことは誰にでもできることじゃない。たまたまスパイダーマンの力を手に入れただけの高校生に何ができるのか。言葉にしなくともそう感じられる彼らのそれにマイルスが答えようとし。
彼の肩をポン、と一人の少年が叩いた。
手作り感あふれるマスクを脱いだ、日系の少年。彼は無言で背負っていたバックパックを下ろし、ジッパーを開けてガサゴソと中に手を突っ込み。
『ポテチ食う?』
中から取り出したポテチと日本語で書かれたビニール袋を開けて、マイルスにそう尋ねた。
「いやなんでだよ」
「…………っ!」
「プッ……くっ!」
映画を見終わった後。思わず口から出た言葉に、隣で鑑賞していた妹と妹分が声を殺して笑い転げている。いや、妹どもだけではない。恐らく背後で同じように鑑賞している社員の人も結構な人数が笑っているように感じる。
ストーリーは、最高だった。多数の次元から集まったスパイダーマン………ウーマンも含めた彼らがこの次元の唯一のスパイダーマンになったマイルス・モラルスを助けてキングピンの野望をくじき元の次元へと帰っていく。その過程に普通の少年から突然超人の能力を身に着けてしまったマイルスの葛藤や、スパイディたちの事情や心情を絡めて進行していく二時間は、あっという間としか言えない濃密な時間だった。
最高だった。最高に面白かったんだ。だけどな。
「カートゥーンキャラとコンビ組んでるハジメぇ……」
「ハジメの扱いがスパイダーポークと同じコメディよりなのは斬新だったね! 多分コミック版1巻後半くらいのハジメかなぁ、あれ」
「最初の登場時以外なんか食べてるのはちょっと草生えました」
いや、大まかなストーリーは把握してるというかなんなら制作時に声をあててくれ、って依頼も受けてたからね。大体の内容は把握していたんだけど、文字で見るのと実際に映像で見るのとではやっぱり大きく違うというかなんというか。
今回、別次元から参加したスパイディは別次元のピーター・パーカーことピーター・B・パーカー、スパイダーグウェンことグウェン・ステイシーにスパイダーマン・ノワールのピーター・パーカー、ペニー・パーカーとスパイダー・ハムことピーター・ポーカー。そしてマジック・スパイダーことハジメの6名だ。ピーターが多いって? この世界ではもう死亡してるがもう一人ピーター・パーカーも居たぞ?
「ピーターの大盤振る舞いやでぇ!」
「まぁ、そういう作品だからね。原作のスパイダーバースも」
なんせ世界各国にいるスパイダーマンの大集合みたいな作品だからな。その中でも人気のある……うん。多分人気のあるスパイディを集めた結果の闇鍋が今作の3Dアニメ映画だ。
魔法を用いて実写で作ろうかという案もあったんだが、とある事情でMCUに参加していたCGクリエイターたちの手が空いたため彼らを抜擢、制作されたらしく、アクションシーンや各キャラの表情、それに作り込まれた街の描写は圧巻の一言だ。
で、そんな圧巻のグラフィックの中異彩を放つのが、カートゥーンからそのまま持ってきたかのようなキャラデザをしているスパイダーマンの格好をした豚と、常に左手に食い物を持っている少年、と。
「ハジメは魔法の力を得る前からデフォで大食いって設定あるし、諸々の事情から解放された3巻以降の食道楽ハジメが素の性格って位置づけだから、まぁ、素が出てると言ったら合ってる……か……?」
「1巻後半のハジメだとドがつくくらいにガンギマってるから、ストーリーが暗くなりすぎるって判断じゃないですかね」
「ガンギマリなのはいつもでしょ。オンオフが激しいだけで、一度スイッチ入ったらどんな犠牲を払ってでも相手を叩きのめしてたじゃん。右手が噛み千切られそうなのに左手で反撃してるの最序盤だよ? まだ魔法も使えないのに」
マジックスパイダーの主人公、ハジメはコミックの方だとオーク兵が乗騎に使ってる大狼に右腕を噛み千切られて失っている。映画だとオーク王に切り落とされてるしモデルの俺は吹っ飛んだガラス片で切断されたから、多分一番悲惨な右腕の失い方だ。
で、コミック版のハジメがキチガげふんげふん呼ばわりされてる所以は、この悲惨な右腕の失い方をした、というかしている最中、右腕を噛み千切られそうになっているまさにその時に発した言葉とその後の行動が原因だ。
なんとこいつ、右腕がパックリいかれてるのにそっちを一切気にせず、オーク兵に連れ去られそうになっている妹に「必ず助ける!」と叫び、その次のコマで無事な左手を狼の目に打ち込んで狼をぶっ殺すというとんでもない事をしでかしたのだ。この直後に魔法に目覚めるのだが、少なくともこの時はまだ魔法使いでもないただの一般人。師匠役の老師にカラテを仕込まれてすらいない頃である。
後にインタビューを受けたクリエイター曰く、本家スパイディとの差別化のため精神性を大きく変容させたとの事だが、とにかくこいつは迷わないのだ。戦うんだったら相手にどんな事情があろうが戦うし叩きのめす。だが一度戦いが終わったらどんな激戦の後もどれだけ派手にやりあった相手とも「お、こんちゃーっす」くらいのノリで会話を交わしている。
この精神性はシリーズを通してちょくちょく顔を出して来るため、コミックを通して読んだ一部の日本ファンからは「またハジメさんがキマっておられる」と敬意と親しみを込めて愛されている。らしい。
だからってモデルになった俺もキマっている訳ではないのだがな。ハジメ推しを名乗る匿名ファンからヤマギシ宛に送られてきた白装束はどういう意図で送ってきたのか。これ着て恭二と死合えとでも言うんだろうか。
「スパイダーハムとのコンビってのは確かに意表をつかれたけど、そう考えれば良い手だったのかもね!」
「やりすぎそうになるハジメの毒気をハムが抜いていくというか、いい塩梅のバランスになってる。途中3回くらい調理されそうになってたけど」
「風呂だと称してハムを鍋に放り込んだの腹抱えて笑った」
「良い出汁になるんだよって言葉でメイおばさんが納得しかけてたの面白かったね!」
備え付けのタブレットから飲み物を注文する。こうやってダラダラと余韻に浸りながら映画の感想を言い合うのは、やはり良いもんだ。本当なら本物の映画館で鑑賞して、近場のカフェかどこかに入って行う方が良いんだろうがね。
作中に出るオリジナルアメコミ
MAGICSPIDER
東京で生まれ東京で育ったごく普通の高校生、ハジメ・ヤマダは夏の長期休暇に合わせて妹と連れだって静岡に住む父方の祖父母を尋ねた。山歩きを趣味とする祖父に連れられて富士山へ登山を行っていたハジメと妹のハナ、たまたま同道した米国からの旅行客ウィラードは突如空間を開くようにして現れたオークの兵隊に襲われる。右腕を失い、妹をオーク兵に攫われ、自らも命の危機に瀕したハジメは生と死の狭間で自身の中に流れ込む魔法という力に目覚めた。妹が好きだと行っていたヒーローを模してマスクをかぶった彼の戦いが始まる。
MAGICSPIDER~魔法クモの世界へ~
富士山の山頂でオーク王を倒したハジメは自身を助けてくれたカラテの達人、ゴンザエモン・ミフネの元で修行の日々を送っていた。そんな日々の中この世界の魔術師、ドクター・ストレンジから『異世界の扉がまた開こうとしている』という情報を受け取ったハジメは、なぜオーク王がこの世界に現れたのか、その原因を探るため同じ師の元で研鑽を積んでいたウィラードと共に異世界へと旅立つ。
MAGICSPIDER~旅は道連れ世は情け~
異界の創造神・魔法蜘蛛との邂逅により自身の力のルーツを知ったハジメは、かつて自らの世界で生まれ落ち異界へと渡って混乱を撒き散らした魔女、カグヤを異界の月へと封じる事に成功する。膨大な魔力を制御するためドクター・ストレンジに弟子入りしたハナを見送った後、やるべきことを失ったハジメは何故かついてくる赤いタイツの男を相棒に、母国への帰路へつく。徒歩で。
リーフでの発売は米国のみ。日本ではそれぞれのシリーズのペーパーバックが販売されているが、一番ページ数の少ないMAGICSPIDERでも500Pを越える鈍器。