奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第二百九十話 アガーテさんのアイディア

 社員寮も兼ねている第一ヤマギシビルは鉄筋コンクリート製の10階建てであり、居住スペースは5階より上に存在している。最上階には俺や恭二、一花といった冒険者部の主要幹部や協力関係にあるジャクソン家やブラス家用の部屋が存在しており、当時最高の技術を持って建築されている。

 

 当然防音設備や耐震構造といった技術も最先端のものが使われており、内部に入れば外部の喧騒も一切耳に入ってくることはない。

 

 一部、例外こそ在るが。

 

『引きずられるなよ?』

 

 ソファに身を預け、テレビごしに自分が生活している建物を眺める。ここ数年で数度経験したその奇妙な光景に、ここまで心が揺さぶられたのは初めてだった。

 

 右腕が変形し、腹話術の人形のような形でエドワード・エルリックが現れる。能力が進化した影響か、自身の内部とコンタクトが取れるようになってからはこうやって右腕を本来ありえない、それこそ小さな人の形に変形させる事もできるようになった。この腕はそもそも肉ではなく魔力でもって形成されている。だから、決まった形なんて本来はないのだろう。

 

『あそこに居る連中の殆どはな、一郎。今じゃなくて過去しか見てねーんだ。見えてないんじゃねぇ。見てないんだよ』

「ああ」

 

 呟くようにニーサンの言葉に返事を返すと、小さなため息が漏れ聞こえてくる。

 

 分かってはいるんだ。この光景を目の当たりにした所で俺にできることは何もない。仮に、あの中の誰かの望むように彼らの家族を演じたとしても俺が思い描く姿にしかならない。それに一人ひとりに莫大な時間がかかる以上、俺の生涯を費やしたってあの場にいる全員の望みを叶えることなんて不可能だ。

 

 ピーターはこの光景を俺に見せたくなかった。結城さんは、この光景がもっと酷くなる事を見越して情報公開に踏み切った。どちらが正しいか、なんて話じゃない。俺の能力が一つ段階を進んでしまった以上、これはどうしたっていつかどこかで起きただろう問題だ。

 

 とはいえ、だ。

 

 一目でいい。家族に合わせてくれ。

 

 そうプラカードに書いて、顔をぐちゃぐちゃにしながら懇願する人間が、しかも自分に向かってそれを行う人がいるというのは、心に来るものが在るな。

 

 

 

 

『じゃあ望み通り合わせてやろうじゃないか、というのが我々のコンセプトだ』

「だそうです」

「端的に聞くと超危ない発言に聞こえるのですがそれは」

 

 研究発表会、とずいぶんと達筆な文字で書かれたホワイトボードの前を陣取り、フロートの魔法を利用したのかプカプカと宙に浮いたアガーテさんがパシパシとホワイトボードを叩きながら発言すると、それに追従するように真面目くさった顔で頷きを返す。

 

 傍から見ると精一杯背伸びした小~中学生とそのコントに付き合うお兄ちゃんにしか見えないが、当人たちは真剣だ。

 

 というかアガーテさん、ここ最近やれ日本冒険者協会に呼び出されただの世界冒険者協会の日本支部に挨拶だのとかなり忙しいって聞いてたんだけど。

 

 そう尋ねると、アガーテさんは苦虫を2,3匹纏めて噛み潰したかのような表情を浮かべて口を開く。

 

『私は見た目が見た目だからな。客寄せパンダとして優秀だからとどいつもこいつも』

「あー……ごめんなさい?」

『一路が謝ることじゃいやうんそうだね一路私はとっても傷ついたから癒やしが必要で世の中には誠意って言葉が』

「あ、なんだ元気そうですね」

 

 捲し立てるように話始めたアガーテさんを遮るようにそう口にすると、彼女は唇を少し尖らせた後わざとらしく咳払いをしてポン、と再度ホワイトボードに手をおいた。

 

『話を戻そう。まぁ、多少の忙しさはしょうがないとして私がそもそも来日したのはこの状況を打破するためだからな。日本の協会とのやり取りは建前上仕方なく不本意だが続けなければいけないが、優先するのは当然こちらだ』

「めちゃめちゃ嫌なんですね」

『一路の膝の上から降りて脂ぎった中年どもの相手をしなければならんのだぞ。嫌に決まってるだろ』

「なんで俺の膝の上に居る前提なのかはともかく、まぁ面倒ですよね。ああいうところ」

 

 立場上でなきゃいけない式典とかは俺も経験しているが、正直ああいうのに好き好んで出席する人の気が知れない。数時間衆目にさらされながら特に興味もない話を顔に笑顔を貼り付けて聞き続けるってめちゃめちゃキツいぞ。

 

「個人的にはあれだ。夏休み前の終業式に炎天下の校庭で校長の永い永い挨拶を聞く、みたいな」

「夏休みが長い休みじゃなくて永い休みになるやつな」

『立場の在る人間の挨拶は長くなるもんだが、それは体罰の領域を超えてるんじゃないかな』

 

 体罰じゃなくて学校行事なんだよなぁ。流石に最近はそういったのはどこの学校も冷房の効いた体育館でやってるとは思うけどね。

 

『コホン。とにかく、私が来日したのは一路の現状をなんとか出来うるアイディアがあり、そしてその実現がドイツ冒険者協会にとっても大きな成果となる、と判断したからだ。決して一路に会って抱きしめて一路の匂いと体温を感じながら一路成分を接種する為に来たわけではない』

「後半がなければ有能な協会長ムーヴなんですがね」

「正直過ぎてこの人面白いわー」

 

 鼻息荒くふんすふんすと意気込むアガーテさんに少し引きながら恭二と感想を述べ合うも、アガーテさんはそれらを意に介さずに赤色のペンを取り出し、手慣れた手付きでホワイトボードに文字を書き連ねていく。ドイツ語ではなくきれいな日本語で、しかも開幕書かれていた研究発表会の文字からも感じていたが、えらく達筆な文字だ。

 

 語学は決して専門ではないはずなんだが。こういう所を見ると本当にこの人が優秀なんだと思うことができる。一言余分でさえなければずっと有能なイメージのままなんだが。

 

 俺がそう益体もない事を考えていると、アガーテさんは文字を書き終えたのかキュッと最後に丸を書き入れ、自身が書いた文字の下にピッと一本線を引く。

 

『今回、表立って問題が起きているのは一路の――鈴木一郎の能力が擬似的に死者蘇生に見えてしまった事にある。あの能力には他にも色々と突っ込むべき要素はあるんだが、今現状で最も面倒なのはそこに希望を見出してしまった人間が誤った認識の元騒ぎを起こしている事になるわけだ』

「そこは何度も否定してるんですがね」

『否定していようとあれらには構わないのさ。見たいものしか彼らは見ていない。いや、見れなくなってしまった、というべきかな』

 

 だから。アガーテさんは自身がホワイトボードに書いた文字をペンで指し。

 

『魔法式ヴァーチャル・リアリティ開発計画。いや、魔法を扱う以上ヴァーチャルはおかしいかな? まぁ、わかりやすさをメインにするとこの名称で良いか』

 

 そう口にしながら、大きな丸でその文字を囲んで。

 

『どうしてももう一度見たい光景がある。なら、見てもらえばいいじゃないか。君に頼ること無く、自分自身の力で』

 

 アガーテさんは屈託のない笑顔を浮かべた。

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