奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第二百九十一話 人間バイブレーター

「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴイアアアアアアアアア」

「先輩、先輩。落ち着いてください」

 

 何をやるにしても上長への報告を行おう。至極真っ当な思考の結果行われたこの行動により、開発室には新たなバイブレーターが導入される事になった。

 

 人間って、こんなに震えるものなんだな。

 

「これを人間全般での括りにしていいかは兎も角」

「兄貴。俺は出来ない」

「――俺もだ。兎も角、経緯は分かった」

 

 恭二の言葉に疲れたように目元を抑えながら、真一さんはそう答える。ツナギを着ているという事は今日は対外での仕事は無いという事だな。

 

 真一さん、ろくに休暇を取ることも出来ないせいで、自社ビルに籠もって魔法を使った研究開発が癒やしになってるとか愚痴ってるからな。貴重な癒やし時間を邪魔するのは気がひけるんだが、研究開発にかかわることだからこそ真一さんには話を通しておかないといけない。ヤマギシの研究開発に関しては真一さんが実権を持ってるんだ。

 

「まぁ今の外の状況が良くないのはヤマギシ社員みんなが思ってる事だからそれは問題ないんだが、まずそれ実現性はあるのか?」

「かかかかかか仮想げげげげげげ」

「先輩、先輩」

『ヘル・ヤマギシのお言葉は尤も。確かにただ聞くだけなら荒唐無稽に感じるかもしれないね。実際、ひと月前の私が貴方の立場だったら全く同じ感想を抱いたと思うよ』

「そそそそそおおおおおどどどどどあああああとととと」

「ひと月……と、いうと」

『実例が現れたじゃないか。脳内にあるだけのはずだったキャラクターが、魔力という肉を纏ってね』

 

 あ、そっちスルーすることにしたのか。

 

 震える先輩氏を横目に見ながら、真一さんとアガーテさんが会話を進めていく。というか俺が元ネタになるのか、この新魔法は。

 

『まぁ新魔法もそうなんだが、完成品は魔法装置と呼ぶべき代物になるだろうがね。構想としては単純だ。使用者の思い描く情景を外部に映し出し、映し出された情報を魔力かそれに変わる何かで固定化する、この流れをいくつかの魔法で行い、その魔法を専用に誂えた機器に付与する。これだけだよ』

「なるほど。なるほ……」

 

 簡単だろ? と言わんばかりに肩をすくめる頷きを返していた真一さんが、なにかに気づいたかのように口元を抑えて考え込む。

 

「いや、それ普通にヤバくね?」

 

 数秒、もしくは数十秒ほどの沈黙。それを破ったのは、先程までバイブレーターとして室内の気温上昇に一役買っていた先輩氏であった。

 

「前提段階でナチュラルに人の心の中を読んでるしそこに目をつむったとしてもそんなの実現したら帰ってこれない奴多いだろ」

「ああ、やっぱりそうですか。そうなりますよね」

 

 先輩氏の言葉に合点がいったのか、うんうんと頷きながら真一さんがアガーテさんに目を向ける。

 

「他者の心を覗くってのはいくら何でも倫理的に問題が大きすぎる。その上社会問題にまで発展する可能性があるなら、ウチじゃあ扱えないな」

『うん、真っ当なご意見だね。当然そこは考えてあるとも』

 

 真一さんの言葉に相槌をうった後、アガーテさんは我が意を得たり、とばかりに微笑んだ。

 

『まずひとつ目。他者の心理というが、これは言ってしまえば"ブレイン・マシン・インターフェース”の魔法版とでも呼ぶべきものになるだろう。ブレイン・マシン・インターフェースについてはご存知かな?』

「脳波を読み取って機械にアウトプットするって奴かな。え、マジで竿じゃん」

「それは頭にチップみたいなものを埋め込むとか、そういうのが必要なものなのか?」

『頭に電極を、というのも手法の一つだが私が考えているのは非侵襲式。先輩氏が言っている竿というものがソードアート・オンラインの事ならばそちらの方に近い。専用の機材によって脳波を読み取り、それを出力する方式だ。既存技術の新しいアプローチとも呼べるものになるだろうし、この方式ならば基本的に自己と機材のみで完結できる。倫理的に問題視される可能性は低くなるはずだ』

 

 もちろん、その機材にネットワーク機能をつけるなら話は別だが、と続けてアガーテさんはパチリと指を鳴らす。

 

 その指の動きに合わせてアガーテさんの懐から生きた蛇のように水銀が流れ出し、それらは空中で一度丸くなった後、どこかで見たことの在る形のヘルメットのような姿に形を変えた。

 

「う―ん、見事なナー○ギア」

「流石にデスゲを連想されるしこの形は駄目じゃないか?」

「……ナーヴ……デスゲ? よく分からんが、既存技術の発展形になるという事、か」

『現状、すでに脳波を読み取ってマシンを操作する、という技術は存在している。そちらの精度はまだまだ発展途上という所だがね』

 

 うんうんと頷きながら先輩氏と恭二が空中で固まったナーヴ○アを品評している二人を尻目に、二人の喜びようがよく分かっていない真一さんとノリノリで水銀くんを操作するアガーテさんの会話が進んでいく。あの○―ヴギア、アニメで見たのとまんま同じ形してるんだがつまりアガーテさんはこの形を完全に覚えてるって事だよな。

 

 知ってはいたけどアガーテさんも結構なオタクだなぁ。

 

『次に2つ目。戻ってこれない人が、という事だが』

 

 などと俺が物思いに耽っている間にも話は進んでいく。考えるように眉を寄せる真一さんに、アガーテさんは微笑みを浮かべたまま指をピン、と2本立ててそう口にする。

 

『こちらに関しては正直、危惧した事はほぼ起こり得ないと思っている』

「――というと? 話を聞く限りだと、下手な麻薬より中毒性がありそうな代物だが」

『そう。確かに、この魔法機械、そうだな。便宜上MR技術と呼ぼう。MR技術に依存する人間はかなり居るだろうね。どんな人間だって現実に疲れたり、逃げたくなる事はある。この技術はそんな人間にとっては麻薬よりも強く影響をおよぼすだろう――けれど』

 

 そこまで言い切って、アガーテさんは口を閉じて、ちらりとこちらに視線を向けた。

 

 いつも俺に向けてくる笑顔ではない。何かを見定めるかのような鋭さをもったそれに目をパチクリとさせていると、アガーテさんはすっと俺から視線を外して真一さんに視線を向ける。

 

『現在人類で二番目に魔力保有量がある一路が十数分で枯渇しかねないほどに魔力を喰う魔法を再現するんだ。簡素化や外付けの魔力装置を使って負担を軽減させるとしても、まぁ。少なくとも私と同程度の魔力量が無ければ扱えないだろう……いや。扱えないように作る(・・・・・・・・)

「ああ――ああ、なるほど」

 

 アガーテさんの言葉に少し考え込む仕草をした後。真一さんは得心がいった、とばかりにぽんと手をたたく。

 

 その仕草にアガーテさんは口角を吊り上げ、楽しそうに口を開いた。

 

『家族の再現? よろしい、自力で行えるよう手筈を整えよう。その為の魔法も機械も我々が用意しよう。後必要なのは魔力だけ。ただただ魔力が必要なだけだ。ああ、大量に魔石を消耗してもいいがそれでは一度の使用に天文学的な金額が必要になるだろう。アラブの石油王でも常用は難しいだろうね。そうなってくると必然的に、ある程度以上は自力で賄う実力、魔力量が求められる事になる』

 

 立て続けに、歌い上げるようにそこまでを口にした後、アガーテさんは一度言葉を切って俺に視線を向け――

 

『つまりは、冒険者になるしかない。出来る出来ないではなく、自らがやるかやらないか。その選択肢を突きつけてやれば、一路に迷惑をかける連中も大人しくなるだろう?』

 

 先ほどとはまた違う、いつも向けてくるような蕩けるような表情を浮かべて、そう口にした。

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