社会人の基本はホウレンソウである。もちろん食べる方ではない。
という事でMR技術の開発を上司である真一さんに報告&その足で社長にも報告しておくという社会人として100%な業務態度をキメた俺は自室に戻り今週発売の週刊少年飛翔を読んでいる。サボりではない。変身のネタ集めという名目で業務としてこれらの情報収集は組み込まれてあるのだ。
「世のブラック企業務めな社畜さんに謝ったほうが良いんじゃないかな!」
「おかえり。ノックくらいしなさい」
「ごめん! ただいまー」
言いながらドアを開けて部屋に入ってきた一花は、ぱっぱと靴を脱ぎ捨てると部屋に上がり込み、トウっと掛け声をあげてベッドに飛び込んだ。備え付けではあるがこの部屋のベッドは結構な弾力があり、当然のように飛び込んできた一花はポンポンと数回はねた。
そしてうつ伏せのまま「うあー」とうめき声をあげながらベッドの上でゴロンゴロンと転がること暫し。黙って見つめる俺の視線に気づいたのかうつ伏せのまま顔だけをこちらに向ける。
「お兄ちゃん、男ってさ。若い男ってさ」
「おう」
「脳みそと下半身が直結してる率高すぎじゃない?」
「若さゆえの過ちってやつか。そいつ名前は?どこ住み?ちょっと顔写真あったら見せて?」
「ステイステイ」
メキメキと拳を握りながらそう尋ねると起き上がった一花に宥められた。あれ、おかしい、頼れる兄として落ち込んだ妹を慰めるムーヴを決めるタイミングだったはずなのだが。
「逆にこっちが落ち着いたよ。あとどっちかというと私より姫子だね! ほら、あのボンキュッボンはね。若い男には眩しすぎたらしいよ! ちょっと買い物でぶらついただけで5連続ナンパされちゃった。100mも歩けなかったよ!」
「あー……まぁ、姫子ちゃんは目立つ容姿してるからなぁ。あれ、姫子ちゃん来てるの?」
「ううん、実家に呼ばれてるからって現地で分かれたよ! お、今週号? 読みたい!」
「ちょっとまってくれ。作者コメントを見る作業が」
愚痴を口にしていると、俺の手元にある週刊少年飛翔を目ざとく見つけた一花がガバっとベッドから起き上がった。あらかた読み終えてるから渡しても良いんだが、たまに事件があるから毎週つい読んじゃうんだよね。作者コメント。
うん、今週は平穏だ。平穏? 首を傾げながら手渡すと、一花は「ありがとーおぉぉ?」と礼を言いたいのか疑問符をあげたいのかよくわからない声をあげて顔を顰めた。
表紙しか見てないのだがなにかあったのだろうか。今週の表紙は別に作者の顔写真大集合表紙、などのネタではなかったハズなんだが。
「いや、ほら。この表紙の漫画。『演技者たち』っていま炎上してるじゃん。この状況で巻頭カラーとは週刊少年飛翔は相変わらず強気だなぁって」
「炎上?」
「そ。てかお兄ちゃん関係で炎上してるのに知らなかったの? ツブヤイターでもここ3日くらいトレンド入りしてるじゃん」
「知らない。ツブヤイターは美味しかったご飯をアップするしかしてないからなぁ」
「お兄ちゃんはもうちょっとSNS使いこなそうか? 飯テロ専用ヒーローとか呼ばれてるよ???」
スマホを操作しながらそう首を傾げる妹にこちらも首を傾げて返す。美味い飯を全人類で共有する以外に大事なことがこの世にあっただろうか。3大欲求なんだが。
「まぁお兄ちゃんがいきなり哲学とか政治経済について語り始めたら垢乗っ取られたかな? としか思わないけどさ。と、あったあった」
そう言って一花が渡してきたスマホの画面を見ると、そこには『演技者たち原作者 炎上』とシンプルな題名の記事ページが映されていた。
ええと……内容としては先々週に飛翔に乗っていた『演技者たち』の表現についてファンと原作者がツブヤイターで口論になった、と。
はい。
「先々週のってどんなんだっけ」
「ほらあれ。『一昭』が自宅に入ってから、鏡の前で色んな表情を浮かべてたの」
「ああ」
一昭というのは『演技者たち』に出てくるキャラクターで、なんでも俺と昭夫くんがベースになっているキャラクターらしく、作中では魔法による変身を使って本物に完全になりきる、という演技方法で役者をしている。
作中では冒険者としてダンジョンに潜っていた所を初代様モチーフな師匠キャラに見出されて役者の道に入り、特に特撮などではその万能性からどの番組にも名前が上がる、とまで言われる人物であり。
そして、その万能性ゆえに自身が誰なのかが分からなくなる、というジレンマを抱えた人物でもある。
メソッド技法の使い手は自身を見失う、というが彼の場合は自分の顔立ちや表情の浮かべ方すらも忘れかけており、話題に登っていた鏡の前でのシーンも「さてさて。俺は、どういう笑い方をしていたかな?」と呟きながら自身の顔を確かめるように色々な表情を浮かべていた。
うん、めちゃめちゃ身につまされる話だ。ちょっと前の俺にガンガン突き刺さる内容だったりするので、このシーンはよく覚えている。自分が自分ではないかのような感覚は、俺も持っていたものだ。
この原作者さん、俺の内側の話が表に出る前にこの流れを構想していたはずだし、そう考えるとめちゃめちゃ凄いんじゃなかろうか。
「凄いと思うけどさ。前の結城さんの居酒屋配信? あれが出回った後にそれを全力でドヤってたらそりゃ荒れるよね」
「あ、炎上するってそういう?」
「口は災いの元って言うけど、気をつけないとね」
そうしみじみと語って、一花は飛翔のページを捲り始める。
俺も他人事ではないな。今の世の中どこで誰が見てるか分からない上に、あっという間に世間に知れ渡る可能性もある。特に俺たちは冒険者の最先端として常に見られている立場だし、下手なことを口にすればそれは=冒険者に対するイメージダウンにもつながってしまう。
下手なことは口にしないよう気をつけないと。心のなかでそう呟いて、俺は次の漫画に手を伸ばした。
そう心していたんですがね。
「――」
着物に身を包んだ亭主――姫子ちゃんからすっと手前に置かれた茶碗を、付け焼き刃の作法で受け取る。
まごつきながらも失礼のないよう茶碗に口をつけながらチラと視線を横に向けると、そこでは俺と同じように顔をヒクヒクと笑顔の形に固定させた社長が、真一さんに助けられながらテレビで最も見かける政治家さん――現職の総理大臣と話をしている姿が目に入った。
MRについて報告したのは数時間前なんだけどね。ちょっと展開早くないですかね。