『ああ』
画面の中、現れた青年は口から漏れ出るようにそう呟くと、鏡を眺めながら自分の顎を指で撫ぜた。
少しぼさっとした髪に目鼻立ちの整った、少し年齢よりも幼く見える顔立ち。"一昭”と呼ばれる漫画のキャラクターを現実に連れて来ればこうなるだろう、という顔立ちの彼は、鏡の前で口を広げたり、眉を寄せたりと様々な表情を浮かべる。
それらのどの表情もしっくり来なかったのか、彼はやがてふぅ、と大きなため息をつき、右手を持ち上げて――
指をパチリと弾かせる。その音に反応したかのように彼を中心に空間が歪む。
発光し、ぐにゃぐにゃと彼の体がぼやけるように消えていくと、そこには豚が居た。
豚である。身長は成人男性の膝くらいだろうか。赤と青をメインにしたタイツに身を包んだ豚は先程の一昭のように顎を指で撫ぜながら壁に視線を向け、ふと気づいたように上を見上げた。
そう言わんばかりの、ショックを受けたという表情を浮かべて洗面台の鏡を見上げた豚は、プルプルと体を震わせたあとに右手を持ち上げる。
空間がぼやけ、彼は現れた。今度は身長が足りている。なにせ
ここは室内だ。帽子は脱がないと。
少しの葛藤のあと、右手を持ち上げてSNAP!
現れた
白いコスチュームに身を包んだ彼女はマスクを脱ぎ、ふぅ、とため息をついて鏡からカメラへと視線を向ける。挑発的で、自身に満ちた笑顔を浮かべた後、
青と赤をメインにした全身タイツ。少しだらしない体はご愛嬌といった風体の
黒い全身タイツに小柄な、いまだに成人していない少年が入れ替わるように現れた。彼のスマートフォンから流れるHIPHOPに合わせるように黒いスパイダーマン、マイルスは鏡の前でポージングを始める。
2度、3度とポーズを決め、しかししっくりこないのか首を傾げる彼は、なにか思いついた、とばかりに手を叩く。
マイルスと似通った背格好の彼は、パーカーのフードを下ろして鏡に視線を向ける。ぽんぽん、と頬を指でたたき、しっくりと来たのか口元を歪めるとカメラに視線を向けた。
『――作品は、楽しむモノだよね』
笑いかけるような声。右目の部分だけが破けたマスクを被ったハジメは、開いた右目でウィンクを浮かべて指を鳴らす。
『スパイダーバース、お楽しみに』
「地上最強の指パッチンに対抗してみたのですがどうでしょうか」
「お兄ちゃんたまにとんでもない事やらかすよね? おい姫子、姫子! なぜ止めなかった!言え!!」
「私今日は昼前から記憶がトンでるんだよね。そういう事にしなさい。あ、お溢れでバズってるやったぜ」
撮影者特権だよねぇ、と笑ってスマホを弄る姫子ちゃんに、むきぃ、と詰め寄る一花を眺めながら携帯を見る。普段のご飯画像だと数百くらいしか反応がないのに、今回動画を上げてみると上げた瞬間から通知が鳴り止まない状態が続いたのだ。
慌てて通知をOFFにしたから今はおとなしいものだが。流石に流してから1時間は経ってるしもう収まってる、か?
「収まってるわけないじゃん。明日まで続くんじゃない?」
「明日で終わらないまであるかなぁ。もう1万リツ超えてるよはっや。先輩、新しい伝説を産んじゃいましたね!」
ツブヤイターらしくメッセージ性の強い動画になったと思うし、今日のお昼ごはんよりは反応があるかなぁとは考えていたのだが、少し大事になりすぎたかもしれない。例のシーンをパロるついでにスパイダーバースの宣伝も、と欲張ったのがいけなかったか。
「違う、そうじゃないって歌いたいけど面白いから良いか。スタンさんにはちゃんと許可もらってるの?」
「勿論。めちゃめちゃ笑われた」
「いつも楽しそうだね、あの人」
「人生を楽しむのが長生きの秘訣らしいぞ」
「あと100年は生きてそうだね!」
最近髪の毛の色が戻ってきたとか言ってたし本当にあと100年くらい長生きしそうだな、あの人。
「そいえばさ、なんで姫子が茶席の亭主なんかしてたの」
「うちの父親、与党所属の市議会議員なんだよ。去年から。私も家を出た経緯が経緯だし普段はそこまで強く言ってこないんだけど、今回は内容が内容だから山岸のおじさんになんとかアポをって泣きつかれてねぇ」
「ああ……檀さんとこは今も」
「奥多摩には自主的な出禁って感じ? 山岸のおじさんももうそこまで気にしてないとは思うんだけどね。まぁ、そういう経緯でさ。政府から直での連絡は足がつくとかなんとかで、誤魔化すために急遽私が着物着て一席点てる羽目になったわけだ」
「うわぁ、可哀想。私逃げられてよかったぁ」
「はっ倒すぞ?」
「居る意味がないのに逃げられなかったんだぞ、俺は……っ」
俺と姫子ちゃんの非難に、一花はヒューヒュヒューとならない口笛を吹いて視線をそらした。