奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

281 / 406
おまたせして申し訳ありません!

誤字修正、見習い様、げんまいちゃーはん様ありがとうございます!


第二百九十五話 一郎吸い

「スゥ……フゥ……良いかい、一路」

 

 最近は慣れてきた視界を覆う三角帽と、胸元に吹きかけられる熱い吐息。

 

 アガーテさんはいつもと変わらない口調のまま俺の胸元に顔を埋め、一呼吸ごとに深く呼吸を繰り返しながら言葉を続ける。

 

「あの動画は……スゥ……ファァァ……舐めて良い?」

「ダメです」

「スゥゥゥ……フゥゥゥ……あの動画は大変、素晴らしい出来栄えだと思うんだ」

「ありがとうございます」

「スゥゥゥ……フゥゥゥゥ……でもね、君。あれだけじゃあスゥゥ……フゥゥゥゥ……片手落ちというものだろう」

「片手落ち、ですか?」

 

 俺の腰に足を、両腕を背中に回しガッチリと体勢をキープしたままの彼女の頭に手を回し、視界を邪魔する彼女のトレードマーク、三角帽を外す。そのまま立ち上がって冷蔵庫に歩み寄り、中を確認。ヌカコーラ、ファンダ、マウンテンヂュー、おい!お茶ぁと整えられたラインナップに頭を迷わせる。

 

「アガーテさん何飲みます?」

「スゥゥ……お茶」

「はい」

「両手が使えないから飲ませてほしいな」

「はい」

 

 胸元からの声に頷きを反してコップにお茶を入れ、左手をアガーテさんの背中に回してコップを口元に近づける。

 

 左手を背中に回した際「あびゃああ」と妙齢の女性が出して良い声じゃないなにかが聞こえたが、気のせいだろう。

 

「それで、片手落ちとは」

「……布団を敷こう。なっ?」

「ダメです」

「…………………………あの動画が投稿されて1週間。世界各地で、それぞれの地域の冒険者が君の真似をしているのは知っているかな?」

「ええと、まぁ。フランスのファビアンさんとか辺りは『パクっていい?』って言ってきてましたし妹さんからも連絡は来ましたよ」

 

 心底残念そうなため息を吐いた後、アガーテさんはぽつぽつと呟くような口調で話を始めた。

 

 俺の場合は少々特殊だが、変身という魔法自体は割りとポピュラーな物になってきている。少なくとも日本に研修を受けに来るレベルの冒険者ならほぼ使えて当たり前の魔法だ。要は魔力で自分を覆ってほかから見た姿を変えてるわけだからね。アンチマジックやバリアが使えるならその要領で覚えられるのだ。

 

 そしてそのレベルの冒険者の中には結構な割合でインフルエンサー的な存在が居たりする。特に各国の代表冒険者はその国の顔の一人に数えられるくらいには影響力が強い。

 

 で、そういう人たちが例の動画を見て、面白そうだと自国のヒーローに変身してあの動画を真似して発信し始めたため、ものすごい勢いでツブヤイターのサーバーにダメージが与えられている、と広報部からは聞いている。

 

 広報部に連絡があったんだ。ツブヤイターの運営元から、ああいうのするなら事前に教えてください、できればちゃんとした動画サイトでやってくださいって。シャーリーさん爆笑しながら「さすがイッチ! 誰にもできない事を平然とやってのける!」とかテンション上がって報告の連絡をしてきたんだけどただ動画を投稿しただけなのにそんな事を言われてもその、困る。

 

「そう、そこだ。各国ではマーブルのキャラクターだけではなく、それぞれの国家で人気なヒーローを用いて動画を作っている」

「そうみたいですね。何故か星間戦争のキャラクターとライダーとマーブルヒーローのごちゃ混ぜみたいなとこがありましたが」

「……ドイツだと年齢制限があるから、ヒーロー物は限られるんだ」

 

 言外に妹さんの事を告げると、言いづらそうに胸元から声がする。オリーヴィアさんの動画、世界各国で『星間戦争www自国のヒーローどこwwwうぇっうぇwww』とかネタにされてるみたいだから、その辺アガーテさんも気にしてるんだろう。

 

 ロシアのセルゲイさんなんか完全に割り切って路地決闘のキャラクターをシリーズごとに再現とかやってたし、人それぞれだと思うんだがね。

 

「そう、そこだ。一路、君は日本人であるというのに日本のヒーローをなぜ題材にしなかったんだい?」

「あ、ええとですね。ハジメさんも日本人ヒーローな」

「結城一路が締める動画を見たいと全世界60億人の一路ファンが願っているんだよ」

「全人類を勝手に一路ファンにしないでください」

 

 やんわりとなだめるように声をかけるも、アガーテさんは嫌だい!嫌だよ!見たいんだよ!と出来損ないの三段活用っぽい良い回しで駄々をこねる。その都度体を揺らすのでお腹あたりに柔らかい感触が度々襲いかかってくるのだがこれは所謂当ててんだよという奴だろうか。

 

 自己申告でそこそこ大きい!と言っていたがもしかしたら正しいのかもしれんな。と思いながら携帯を取り出す。

 

 今日のアガーテさんは少し様子がおかしい。いつにもまして甘えてくるし、普段ならこう塩対応で返すと引いてくれるのだが今日は駄々までこね始めた。

 

 よく考えれば異国の地で、あの恭二と毎日毎日ダンジョンに籠もって魔法実験を繰り返しているのだ。慣れない人はスキあらばダンジョンの奥地に入り込もうとするダンジョン狂いの奇行にストレスをためても可笑しくはないだろう。

 

「いや危機感が」

「あ、もしもし初代様、お疲れ様です」

 

 俺のためにわざわざ遠い異国の地から着てくれた人だ。そのせいでストレスが溜まっているならできる限りその解消を手伝って上げるのが人情というものだろう。

 

 諸事情を初代様に伝えると、初代様は二つ返事で了承を返してくれた。ついでに連絡が取れそうな他の先輩方や後輩くんたちにも声をかけてくれ、数時間後ヤマギシビルに集まった彼らと共に前回の撮影で使った部屋で動画を撮影。

 

 流石に前回通りの構図とはいかなかったが、鏡を眺める初代様からの二代目、三代目と入れ替わり立ち替わりの変身ポーズ集は元になった動画とは違った意味でファンを喜ばせる出来栄えになったと思う。

 

 思うのだが、肝心のアガーテさんには「とても嬉しいけどなんか違う」とお言葉を頂いてしまった。解せぬ。あとそろそろ降りてください。




全然話が進まないのでいっそ番外編にしようかと思いましたが話が進まないのは割りといつものことなので(ry
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。