「世界同時公開って聞くとなんだか凄いって感じるよな」
「実際は英語圏と日本に欧州が幾つか、くらいなんだけどね!」
何を言っているのかというと、スパイダーバースの公開日になったのだ。
テレビをつけるとどこの局でも特番が組まれていて、ニュースなどでは長蛇の列を成す映画館の様子が映し出されて、さらにさらにSNSでは盛大なネタバレをかました『演技者たち』の原作者が炎上している。
「いやほんと懲りないね???」
「な。こないだの炎上の件でも随分怒られただろうに」
「こないだのどころか、お兄ちゃんがあげた動画についてもなんか炎上してたよね。週1で火事起こさないと気がすまないのかな。姫子リスペクトしてるとか?」
姫子ちゃんのはもうああいう芸風だろとしか言えないのだが、ある程度コントロールしてる姫子ちゃんと違ってこっちの人は特にそういう意図がなさそうな点が凄いと思うんだよな。悪い意味で。
特に今回の奴は、正直反応に困った。
「なんか俺のツブヤキにリツブヤキ?して『ほらイッチ許してくれたし俺は間違ってなかった』的な事言ってたんだよね」
「凄い。何が凄いってちょっと言葉に出来ないけど」
「流石に無視するのもどうかと思ったから『貴方の発言について俺からコメントすることはありません。作品と作者は別個に考えています。貴方はまず、出版社と相棒に迷惑をかけてる現状をなんとかした方が良いのではないでしょうか』ってコメント返したらブロック?みたいなことされてね」
「ふぁー……」
鳩が豆鉄砲を食らったような表情で固まったマイシスターの姿に、多分ブロック?されたときの俺もこんな顔してたんだろうな。
「その日のうちに出版社側からヤマギシ宛に連絡が来て平謝りされたらしい。あとなんか漫画家さんからも平謝りされたらしい。シャーリーさんが」
「そっちじゃないだろって突っ込み入れたほうが良いのかな???」
「出版社さんも漫画家さんも特に悪くないし、謝られても困るんだよな」
というかまぁ、俺からすると別に謝られる必要もないんだけどね。彼の発言で特に気分を害したとかもないしこの件で一番怒ってるのは俺よりも周りとか、俺のファンだって名乗る人たちだ。
好きなアイドルが貶されて怒るファンみたいな感じだろうか。
「まぁシャーリーさんから『この件はこちらで対応しておきます』って言われたからもうそっちは良いんだけどね」
「ヤマギシ最強の広報部が本気になったか。これは勝負あったね」
なんの勝負か分からないが、まるで我が事のように誇らしげに胸をはる妹の頭をよしよしと撫でておく。
テレビ画面ではインタビューを受けた若者が放った『もう映画見るっていうレベルじゃねぇぞ!!』とよく意図がわからない発言がテロップつきでヘビーローテーションしており、今日中に途切れてくれるのか分からない行列に絶望する映画館職員の様子と共に、映画館が凄いことになっているということを全国に知らしめていた。
多分米国の方も、おそらく同時に放映されてる英国なども似たような状況だろう。話題作とはいえこの加熱っぷりは正直凄い。
「多分8割くらいお兄ちゃんのせいだからね……?」
「スタンさんが喜んでくれてるだろうなぁって(震え声)」
「大喜びしてると思うよ。次は復讐者たちの宣伝もお願いされるんじゃないかな?」
ついっと目をそらすと一花はすすっと俺の視線の先に体を割り込ませた。妹よどいてくれ。その視線は俺に効く。
そのまま視線をそらす→一花が反復横跳びを繰り返すこと数分。根負けした俺は両手をホールドアップすることでそれを示し、一花はそれに満足するかのように頷いて再び椅子に座った。
失態だ。妹との精神的な主導権争いに敗北するという痛恨のミスを犯してしまった以上、この場でのやり取りは常に一花にマウントを取られる事になる。致命的な一言が出てくる前になんとか場を、場をごまかさなければ……!」
「半分以上口にしてるのはわざとってことでよろしい?」
「はっ!?」
「別にそんなに変なことするつもりも言うつもりもないよ? ただ一生に一度は言ってみたいセリフ第三位の『さくやはおたのしみでしたね』を言うタイミングは教えて欲しいなって」
「お前の一生に一度のセリフおかしくない?」
確かにちょっと言ってみたい気もしないでもないが。
「希望としては姫子かシャーリーさん、それにまぁ、アガーテさん相手ならまだ納得出来るかな」
「お前はどの目線からそれ言ってんの……?」
「なんかこないだ女子会で色々話してさ。アガーテさんも色々苦労しててね、心の支えがお兄ちゃんだった時期もあるって聞いちゃったんだ。現地妻でも良いから繋がりが欲しいってまで言われたら、同じ女としてはちょっと応援したくなっちゃうよね?」
「それを俺に聞かれてどう返事しろと???」
「逆に私が真一さんの部屋から朝帰りキメた時に言ってくれても良いんだよ!『さくやはおたのしみでしたね』って!私はそれにこう返すよ!『・・・・・・』ってね!」
「1の主人公はセリフがないからなぁ……真剣に聞いてみるが、真一さんとくっつける目は生まれてるのか?」
俺の質問に対し、一花は愉快そうな表情を凍りつかせて開きかけていた口をゆっくりと閉じた。
少し目を瞬かせた後、口を開こうとしたのかもごもごと動かして、そしてどうしても開き切る事ができなかったので諦めたかのように真一文字に口を結ぶ。
「――なんかすまん」
そう目を背けて言葉をかけると、ふるふると震えながら目尻に涙を浮かべて一花は俺の部屋から走り去っていく。
妹との争いは、こうして俺の完全勝利で幕を閉じた。だがそこに勝利の喜びはなく、ただただ虚しさだけが残る結果となった。争いはなにも生み出さないんだな。