奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第二百九十八話 Excelsior

 トラブルが片付いたら新しい問題が起こるのはいつものことだが、目の前で起こってるこれはトラブルと呼ぶべきか判断に困るな。

 

 パシャパシャとシャッターを切る音が断続的に続くステージの上、その中心。 最も熱気が集まるそこでは今まさにスタンさんが満面の笑みで山岸社長にハグをしている姿を鉄男さんや本家さんと並んで眺めていると、隣に立つ鉄男さんが小さく声をかけてくる。

 

『カメラの前で随分渋い表情じゃないか、MS。もっと婦女子に声をかける位の気持ちで笑顔を浮かべてみたまえ』

「余計ぎこちなくなりそうです。いや、社長も随分成長したなぁって思いまして」

『Mr.ヤマギシはこちらの国ではレジェンドとして扱われてるんだがね。小さなコンビニエンスストアを廃業の危機から5年もしないで企業規模を千倍近く跳ね上げた怪物として』

 

 突発的にレジェンドに絡まれると体がマネキンになる生態を持ってる社長も、予め覚悟を決める時間があったからか笑みを浮かべてスタンさんにハグを返している。ステージに上る前、舞台脇からステージ上に居並ぶ面々を眺めたあとに過呼吸を起こしていたが、一度覚悟が決まれば抜群のパフォーマンスを見せるあたりは真一さんや恭二の父親らしい。

 

 何をしているのかって? 復讐者に関しての記者会見です。ちなみに今日の朝になるまで俺は何も聞かされていませんでした。朝、会社に呼ばれて出社したらスタンさんどころか復讐者メンバー揃い踏みだった時の俺は大層面白い表情をしていたそうだ。

 

 ダンジョンの出現からこっち、驚かされることには慣れているつもりだったが、スタンさんのやる事に慣れる事は生涯なさそうだ。

 

 あとシャーリーさん、確かにトラブルが解決したとはいえ微妙な時期だし、秋に渡米するのが少し怖かったのは事実ですがね。こんな心臓に悪いサプライズでいい仕事した、みたいな表情うかべて親指を立てられても反応に……その……困る……

 

『私のワガママを聞いてくれたスタッフ諸君、我々を受け入れてくれたヤマギシとMr.ヤマギシに感謝の言葉を述べさせて頂く』

 

 用意されたマイクスタンドの前で、スタンさんはそう言った。半分ほど色を取り戻した髪、齢90を超えるとは思えないほどに瑞々しい肌、そして何よりもエネルギッシュな笑顔に報道陣のカメラが集中する中、少し眩しそうに目を細めながらスタンさんは続きを口にする。

 

『この地、奥多摩は我々にとっても思い入れの深い場所だ。ダンジョンと魔法の登場は、世界のすべてを塗り替えた。この地奥多摩から魔法は発信され、世界を揺るがし、塗り替えたんだ。当然その中には我々マーブルも含まれていて、4年前の私に今のことを話しても夢物語だと切って捨てていたに違いない。例えば、この髪とかね』

 

 そう戯けたようなスタンさんの言葉に会場中から小さな笑い声が聞こえてくる。

 

『ここでは多くのことが始まった。ここは多くのことを私に、我々に与えてくれた。我々人類にさらなる高みがあることを教えてくれた。そして、なによりも』

 

 そこで一度言葉を切って、スタンさんは感慨深そうに目を閉じる。

 

『彼との出会いを私に与えてくれた――イチロー、来てくれ』

 

 振り返ったスタンさんの言葉に従い、俳優たちの列から出て彼のそばへと歩み寄る。眩しいほどに焚かれるフラッシュに目を細めながら、途中前を通った時に本家さんや鉄男さんに肩や背中を叩かれながら、スタンさんの隣に立つ。

 

 スタンさんは隣に立った俺に何も言わずに両腕を回し、ハグをした。

 

『君は私に、たくさんの驚きをくれた。君が初めて私を驚かせてくれた日、あのニューヨークの誕生パーティの事を忘れたことは一時もないよ。それからも、何度も私を驚かせて、楽しませてくれたね』

「俺も、スタンさんに出会ってからは驚いてばかりですよ。例えば、今日の会見とか」

『それは良いことだ。良い人生とは驚きに満ちあふれているものだよ』

 

 イタズラが成功したかのような表情を浮かべるスタンさんに、顔を引きつらせたままそう告げると彼はケラケラと笑ってそう口にした。敵わんなぁ、と小さく笑って、スタンさんの背中を両手で軽く叩く。

 

『彼との出会いは、私にとってまさに第二の人生の始まりと言ってもいいものだった。齢90を超えて、私は自分の人生がもう一度始まった事を知った。あの日、窓から彼が飛び込んできた誕生パーティでスタン・リードは文字通り生まれ変わった。あの場で私は、新しい人生を歩み始めたんだ』

 

 熱意のこもったその言葉に、取材陣の視線が集中する。

 

『これから先。魔法という概念が一般化していく中で、我々は厳しい選択をしなければいけない。過去を懐かしみ、魔法を知らない時代を描き続けるか、新しい概念を取り込み、新しい時代を描いていくか、だ』

 

 過去と口にした後に左手を、新しい時代と口にした後に右手を開いて、過去と未来を両手で表現しながら、スタンさんは話し続ける。

 

『今はいいだろう。魔法を知らない時代を皆が覚えている。魔法は超常の力であり、特別な物だった。だが、10年後、20年後の子どもたちは今のコミックを読んでこう口にするだろう。「なぜ、このヒーローたちはエアコントロールもバリアも使わないのか」とね』

『失礼します、それは、今までの作品を捨てるという――』

『質問は後だ。まだ、話を聞いてくれ』

 

 たまらず、という形で立ち上がった記者の一人に笑顔を浮かべたままそう答え、スタンさんは一度言葉を切った。

 

 そして俺を、背後に立つ俳優陣を、居並ぶ記者と、レンズの先に居るだろう人々を眩しそうな表情で眺めて、彼は声を張り上げる。

 

『だからこそ! 我々の長年の集大成とも言える映画をこの地で撮りたかった。始まりの地でこそエンドゲーム(終結)を行いたかった』

 

 向けられたカメラに笑顔を深くして、スタンさんは身振り手振りを交えながら自身の思いの丈を言葉にして、この場に居る全員に叩きつける。

 

『ダンジョン11階層。どこまでも続く荒野で我々はロケに入る』

 

 その言葉に、会場でざわめく声が上がる。ダンジョンが出現して間もない頃、米軍が第7層で壊滅した事をこの場に居る全員が知っている。現在は冒険者の発展に伴い、ある程度の知識と装備があれば第7層は問題なく突破できると言われているが、それは冒険者にとっての話。一般人では5層が限界だと言われているダンジョンで、しかも10層より下の階層での撮影がどれだけ危険な事なのかを、この場に居ることの出来る報道陣は認識している。

 

 たとえヤマギシが全面的にバックアップに入るとしても、危険に過ぎる。そんな共通認識を視線に含ませた無言の圧力に、スタンさんは代名詞でもある笑顔を浮かべたまま自分の懐に手を伸ばし、一枚の円形のバッジを取り出した。

 

 LV15

 

 ただそう記載された銀色の冒険者バッジに困惑する取材陣の反応が、徐々にざわめきへと変わっていく。

 

 スタンさんの背後に並ぶスーパースターたちが、一斉に動き出したからだ。

 

 思い思いの仕草で冒険者バッジを取り出した彼ら彼女らに、プロのカメラマンたちは誰を映せば良いのかとカメラのレンズを右往左往しているようだ。スタンさんの15から本家さんのLV28まで。その数字は、誰も彼もがゴーレムを突破した、一般の認識で言えばプロの冒険者の領域にいる事を示している。

 

『世界冒険者協会の全面協力の元、今撮影のスタッフは、少なくとも撮影現場に立ち会うスタッフは監督を含め全員がLV15を超えた冒険者として認定されている。誰もがダンジョン内部の立ち入りも、ゴーレム討伐も経験した一線級の冒険者で、自身の身の安全は問題なく守れる者たちばかりだ……イチロー、君のバッジは出さなくて良い』

「あ、はい」

 

 これは俺もバッジを見せる流れかと準備をしていたらやんわりとスタンさんに窘められた。失笑する報道陣に頭を掻いていると、背後から本家さんの笑い声が聞こえてくる。なんでや。

 

『勿論、ダンジョン内部では常にモンスターの危険が存在する。故に今回の撮影では世界冒険者協会及び日本冒険者協会の協力の元。チームヤマギシを含めた一流冒険者複数パーティによって11層の間引き及び撮影の警備を行い、安全を確保した上での撮影を行う。この間引きの様子も撮影される予定だ、彼らのファンはそちらも楽しみにしていてくれ――ああ。質疑応答の前だが、先程の質問にお答えしよう』

 

 茶目っ気をにじませながら指を一本ピンと立て。

 

『我々マーブルは今日より、過去存在した全作品と現状をすり合わせる大改編を始める。過去を捨てるのではなく、新しく始めるために現在を取り入れていくのが、我々の選択だ。復讐者たちはその先駆けとなり、これまでのマーブルコミックのエンドゲーム(終結)と新時代の始まりを示す作品になる』

 

 スマイリー・スタンは、世界に向かって叫んだ。

 

Excelsior!(向上せよ!)

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