「理想のヒーローを生み出す? 貴方のそんな誇大妄想に付き合って、彼は自身の表情すら忘れてしまった」
「…………」
「貴方は……貴方は自分が何をしてしまったのか分からないの?」
「……分かってる」
「なら、なぜ!」
一つ一つのセリフを声に出しながら姫子ちゃんが週刊少年飛翔のページを捲る。その両脇を挟むように立つ鉄男さんとキャプテンさんは姫子ちゃんが読み上げるセリフに『oh...』とか『なんて事だ』と一々リアクションを返しながら彼女の手元を覗き込んでいる。
「本家さん本家さん」
『なんだいMS、今ちょっと忙しいんだ。ほら、自撮りって角度が大事だからさ』
「あれ何してるんですかね」
『あれ? ああ、日本語が読めないから代読してもらってるんじゃない?』
「代読」
『翻訳魔法は口頭じゃないと使えないからね。読めないんだよ』
そこまで口にして『あ、今の角度最高。MSがちょっと写っちゃったけど良いよね?』と尋ねてくる本家さんに礼を言って席を立つ。そういえば翻訳魔法は文字までは翻訳できないんだったか。
恭二いわく人間が発する感情とかなんとかを媒介に意思疎通するのが翻訳魔法であり、書かれた文字にはこれが適用出来ないため翻訳魔法では文字の翻訳が出来ないのだという。俺の場合、英語は知らない内に読めたり話せるようになってたから意識していなかったが、翻訳魔法はあくまで人の発する言葉を翻訳するものなのだ。
同じ理由で通信機越しだと翻訳が適用出来なかったりしたのだが、実はこれに関しては力技でアメリカが解決していたりする。
魔鉄などの魔力を通すダンジョン素材を用いて作った通信ケーブルや電話線を使えば、たとえ通信機越しでも互いに魔力を持った冒険者に限り翻訳が適用されたのだ。ダンジョン素材の希少さを考えれば札束で殴るどころのレベルじゃない。
世界冒険者協会はこの事実と結果を、費用については少々伏せながらも大々的に公表して「人類は言語の壁を乗り越えた」と宣言。国連と協力してこの翻訳対応の通信網を世界中に広げることを目的としたプロジェクト【Babel】を発表し通信業界に衝撃を走らせている。
そのネーミングは縁起が悪くないかと思わないでもないが、世界中で共通の言語をとなるとまぁバベルの塔由来の方がイメージしやすいのも確かだろう。縁起悪いけど。
読み終えたのか少年飛翔を閉じた姫子ちゃんの肩に鉄男さんの手がまわり、その瞬間見事なアッパーカットが鉄男さんの顎を捉えるシーンを見ながら彼らの方へ足を向ける。
撮影の休憩時間をどう使うのも彼らの勝手だが、流石に血を見る前に止めないとな。
「よくも裏切ったァァァァ! 裏切ってくれたァァァ!!!」
「はい、ステイステイ。むしろキャラクター通りじゃん? ナンパされるだけ姫子がいい女って事だよ」
荒ぶる姫子ちゃんを
『バーベキュー? いいね、いつ頃やるんだい。みんなに声をかけよう』
「貴方はもう少し反省してください。あの娘は一花と同い年のティーンエイジャーですよ?」
『嘘だろ、アレで……?』
頭をふらふらと揺らしながら愕然とした表情で姫子ちゃんの一部を見る鉄男さんを、どしゃりと地面に落とす。元気があるなら抱える理由もないだろう。
いてぇ! と悲鳴をあげる鉄男さんを後目にキャプテンさんと歩く。忙しなく動くスタッフ。時たま現れては爆殺されるゴーレム。混沌として喧騒が絶えず、けれども活気に満ち溢れた撮影現場の風景。
後数日でこの生活も終わってしまう。それに少し寂しさを感じながら俺たちは偉大な魔法使いとその弟子であるハナコ、それに敵側の魔法使いが戦うシーンを撮影している現場の前にたどり着き、手を軽く上げて挨拶するとそのまま現場を素通りして奥へと移動する。
撮影現場から数百メートルほど離れた場所には即席の野球グラウンドが作られており、出番を待つ俳優や休憩中のスタッフが思い思いの格好でグラブとバットを持ち汗を流している。
俺と恭二が野球の練習をしているのに興味を持ったスタッフや俳優陣が参加を始め、やがてセットを作り終えて暇を持て余していた大道具と小道具のスタッフが一晩でグラウンドを作ったあたりから一種のレクリエーションとして野球の試合が行われるようになったのだ。
「使われている道具は福岡のタカバットくんが契約しているスポーツ器具のメーカーが作成した冒険者用の特注品でしてな。ダンジョン素材で作られているので魔力を流せば冒険者の膂力にも耐えられるよう設計されております。私も開発に際し協力したものですから性能は保証しますぞ」
『ありがとうMrヤマザキ。君は本当に色々なところで活躍しているんだね』
「必要なものがあり、それが自分なら作れる。そう考えると我慢できなくなる性分でして……時にキャプテン殿。部品劣化さえ気をつければ半永久的に無補給で動くバイクに興味はありませんかな?」
今日は非番なのか。トレードマークのシルクハットに青いジャージというなんとも言い難い格好をした発明王ヤマザキがキャプテンを相手にセールストークを始めた。海外のセレブに自身の作品を売り込む、そのためだけにこの現場に潜り込んだ発明王ヤマザキはその言葉通り、寝る間も惜しんで自分の発明品を売り込み続けている。
その甲斐あってか、撮影から一週間が経過した現在、なんと1台1千万を超える魔導バイクの発注を10台以上貰っているとの事だった。発明王というより営業王と名乗ったほうが良いのではないかと思う営業力である。
ただ、もっとも最新の発明品であるパイルバンカー装備ハイエースは一台も発注が入っていないそうだ。まぁアレは外で乗れないだろうしね。
『さて、俺の出番もまだまだ先だ。今回こそはキョージのナックルを攻略してやる』
「なるほど、じゃあ鉄男さん相手なら全部ストレートが良いですかね」
『おっと、それを見越した舌戦かもしれんぞ?』
ダメージから回復したのか、遅れてやってきた鉄男さんと軽口を交わしてグラウンドに入る。キャプテンは随分と熱心に発明王ヤマザキと会話を交わしている。これはまた1台発注かな?
『なぁ、MS。そういえば聞きたかったんだが』
「はい?」
『なんで急にベースボールの練習をしてたんだ? お前さんとキョージが野球をしていたのは聞いたが、それもジュニアハイスクールまでの事なんだろ?』
用意された用具入れに入っている自分用の道具を身に着けていると、同じくグローブを手に取った鉄男さんがそう尋ねてくる。
「ああ。恭二と共通の友人に野球選手が居るんですが、そいつに球場に来ないかと誘われてましてね」
『ほぉ! ベースボールプレイヤーの友人か。確かに君たちが始球式にでも来てくれれば大盛りあがりだろうな』
「いえ、そういう式典みたいなものじゃなくてですね。ちょっとテレビ番組の企画なんですが」
『テレビ番組? 君はあまりテレビには出ないイメージだが』
首を傾げる鉄男さんにさてどう説明するかと顎に手を当てて考え込む。日本では一言で説明できるくらい有名なバラエティなんだが、米国だとそれほど知名度がないだろうし。
「ええとですね。その番組は、俺と恭二がとても尊敬している野球選手とその相棒がそれぞれチームを組んで、特殊なルールで野球をする番組なんです」
『ふむふむ。君たちが尊敬する、か。偉大な選手なんだろうな』
「ええ。日本人初のメジャーリーガー。好守巧打俊足と三拍子揃った名選手ですが、何よりもチーム全体にまで影響を及ぼすほどの闘争心を持った人です」
『メジャーリーガー? もしかして私も知っている選手かな』
「きっとご存知だと思います。読売ジャイアンツから単身渡米、当時ボロボロになっていたインディアンスをカミカゼプレーとまで呼ばれる強気なプレーで牽引し、二度目のリーグ優勝に貢献した伝説の外野手」
あの人と同じグラウンドで野球ができる機会があるなんて。感動と、恥ずかしい所は見せられないという重圧を胸に秘めながら、その名を口にする。
「タカ・タナカ。年末に会えるなんて、夢のようだ」
リアル野球BANに誘ってくれた友人、ヨシタクには足を向けて眠れんな。サインとか貰って良いのかな。貰っていいよな。
メジャーリーグ2が好きなだけの話です()