天体を穿つほどの巨大な蜘蛛の足。地上に死の雨を降らせていた戦艦を撃ち抜いたそれは、そうとしか形容できないものだった。
輝く紫色のリングから侵食するように森が焼けた荒野を覆い尽くす。輝く杖を手にした魔法使いたちの歩みとともに増えていく木々は荒れ果てた地面に根を張り、崩れ落ち決壊しようとする湖を支える。
魔法使いたちの後を時代錯誤な軍装をした多種多様な異人種と共に姿を表した。彼らの前を一人歩くあるいは月にまで届くのではと思われる一撃を放った大柄な男はふらふらと空を往く船から傍らに立つ男に視線を移す。
『貴方が――』
肉を打つ鈍い音。
頬を抑えた至高の魔術師の前で、男は彼の右頬に叩きつけた左拳を握りしめる。
『貴方がどういう思惑で俺を異世界に送ったのかは、分かってます』
『ハジメ、先生はハジメを』
5年の月日によって線の細い少年から逞しい青年へと姿を変えた彼は友に――失ったと思っていた友の言葉に視線を送り、唇を噛み締めた後に頭を振る。
違うのだ。彼の、ウィラードの言葉は、思いは正しい。それは理解しているけれど、
『たとえそれが俺を守るためだったとしても』
魔法の力を宿した右腕。それは家族を、友を、身近な誰かを守るために手にした力だった。どうしようもない理不尽に抗うために手に入れた力だった。
『戦うべき時に戦えないことが、どれだけ口惜しいか。どれだけ、情けないか』
だが、守れなかった。
戦うことすら許されず、眼の前で崩れていく守るべき妹と友を、故郷へ続く扉が消えていくのを目にして――彼は5年の月日を異世界で過ごしたのだ。おそらく、仮に5年前に敵と戦っていたとしても自分は破れたのだろう。そしてそこで死んだ。それが今になって。敵を目の前に見て、分かる。
けれど、そうではない。そんなことじゃないのだ。
声を震わせる彼を、かつて師と呼ばれていた至高の魔術師は無言で見つめる。語るべき言葉はもうないというように。
その姿に大きく息を吸い込み、吐き出してハジメは彼に背を向けた。
『もう、貴方を師と呼ぶことはない――ドクター・ストレンジ』
青年は絞り出すようにその言葉を口にしたあと、その場で目を閉じる。
『大地が悲鳴を上げてる。カグヤとの戦いより酷いものはないと思ってたけど、世の中わからないもんだね』
『これは俺の世界の問題だ。お前たちは』
『そう。こっちは君の世界。そして私たちの世界は異世界から来た君に救われた。なら』
突如現れた軍勢の姿に戦場の動きが止まる中。先頭に立つ長耳種の女が、ハジメにより掛かるようにしながら言葉を交わす。
『今度は私達の番だろう?』
オオオオオオォォォォォォッ!!!
その言葉に答えるようにエルフが、オークが、ゴブリンが、小人たちが。多種多様な種族の戦士たちが猛り叫ぶ。
『……ありがとうアルディス』
『ふふ、どういたしまして。えと、その。お礼は唇でも』
『お兄ちゃん!』
『――ハナ?』
地鳴りのような声の波の中、礼を口にするハジメとアルディスと呼ばれた女性の会話に割り込むように声を張り上げて、小柄な少女、最愛の妹。5年前と変わらない姿のハナがハジメの前に立つ。
怪訝そうな表情を浮かべるハジメと突き刺さるようなアルディスの視線に晒されながら、ハナは抱えていたリュックサックのジッパーを開け中から一枚の布切れを取り出した。
『お兄ちゃん、これ』
それはボロボロになった布切れだった。元々赤地に黒い線が走っていたそれには、何度洗っても取り切れなかった黒い血痕が残っている。しかも、大穴も開いているボロ布だ。
差し出されたそれをハジメが手に取る。見覚えのあるそれに、ある種の懐かしさを感じながらハナに視線を向ける。
彼女は何も言わずにただこくりと一つ頷いた。
手に取ったそれを広げ天にかざす。オーク王の一撃を受けたマスクの右部分から見える空の風景。金色に輝く誰かがこちらに飛んでくるのが分かる。援軍だろうか。ゆっくりとした動作で、懐かしむような動作でそのボロ布を頭からかぶる。少し小さくそして懐かしい姿。
『ハジメ。兜ならもっと良いものがあるだろうに』
『これで良い。これが良いんだ』
アルディスの揶揄するような声に苦笑で返す。意識が切り替わっていくのを感じる。ただのハジメから戦士へと体の中身が移り変わる。
『俺は、マジックスパイダーだから』
視界に映るのはただ一人。岩のような肌を持った、明らかにそれと分かる暴虐の気配を纏った大男。
自分が戦うべき相手を見据えて、戦士は右拳を握りしめた。
「こんだけ強キャラムーブしてるのにマーベルさんと二人がかりでも倒しきれないサノス化け物じゃない?」
「間違いなく最強のヴィランだろうなぁ」
『なんならここに来るまででキャプテンに鉄男、ソー、紅魔女と交戦してダメージもあるはずなんだけどねぇ。あ、僕がノサれた』
ボリボリとポテチに舌鼓を打ちながらスケジュールの関係で遅れたウィルの登場部分を纏めて撮影し、編集された映像を眺める。ウィラードも頑張ったんだがね。電気を纏った刀で切りつけたは良いもののそのまま白刃取りからのぶん回し&キックで沈黙させられてしまった。
その隙に指パッチンガントレットを本家さんが回収。去り際にハジメとハイタッチを交わすイケメンムーブをかますも敵の魔法使いに絡まれて撃墜。それを追いかけるサノスとハジメが二度目のぶつかり合いを始めた所で今回の編集部分は終了だ。
「ああ~! いいところなのに!」
『戦争シーンでの僕の活躍はこれで終わりか。後は最後のシーンにちょろっと映るだけだね』
「もうアメリカに帰るのか?」
『あと数シーン、細かい部分を撮ったらね。向こうも向こうで今忙しいんだ』
「そっか。そっちの協会も大変なんだな」
アキバに顔だしたかったなぁとぼやくウィルの肩をぽんと叩く。少し前に起きた魔法によるテロ事件のせいで、世界冒険者協会の上層部は今も忙しく動き回っているらしい。
世界冒険者協会では5層以降に潜る前、つまり冒険者と名乗る資格を得るにはバリアとヒールの取得を義務付けているのだが、バリアを取得した一般的な冒険者は、どういう戦闘スタイルだろうと拳銃を持った成人男性並みの戦闘能力と換算されている。
バリアの強度はその人物の魔力量によって上下するが、どんな冒険者でも拳銃弾くらいなら致命傷を逃れられる強度になるからだ。
現在、世界冒険者協会に所属している冒険者は10万近くまで増えているが、その内全米の冒険者は3万と少し。冒険者資格を有してないダンジョン利用者を含めなくてもそれだけの人数の魔法使いが居て、彼らはその気になれば身一つで大災害を起こすことが出来る。
それは世界冒険者協会も政府も把握していたし、魔法を使える警官や軍人の育成は今も急ピッチで進んでいる。準備を怠っているわけではないのだ。
けれど、事は起きてしまった。であるならばそれを防ぐためにどうすればいいか。政府関係者と協会上層部は、白いシャツを汗まみれにして今も駆けずり回っているらしい。
『この撮影が日本で行われてるのもその辺影響しているみたいだね』
「あー。まぁ、なんか変な方向の反対デモとかはあったけど」
『米国だと一度振り切れたら血を見るからね……というかなんで日本はこんなに平和なんだろ。冒険者の犯罪率低すぎじゃない?』
「国民性、ですかねぇ」
日本人のメンタリティは日本に住んでてもちょっと理解できない時があるからね。外国からみたら摩訶不思議に見えるかもしれん。
あと、明らかに危ないのは各ダンジョンの指導層が弾いてるのも大きいと思う。今はまだ彼ら彼女らが各ダンジョンを統制できてるからこその治安の良さだろうな。
とはいえ、人数的には米国の次に冒険者が多いのは日本だ。米国で起きている混乱は日本にも起きる可能性があるし、油断してはいけないだろう。