奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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遅くなって申し訳ありません!

誤字修正、244様、ロート・シュピーネ様ありがとうございました!


第三百三話 完成

 白衣を着た男性が、慎重な手付きで手に持ったシリンダーを機械にセットしていく。その様子を少し離れた位置から彼ら彼女たちは見守っていた。

 

 複雑な工程はもう存在しない。ただ組み立てるだけの作業を、観客たちは息を呑んで見守った。白衣を着た男性の手で組み立てられていく機械に、熱のこもった視線を向けながら。

 

 カシャリ、と音を立てて部品が組み込まれ、固定するためのボルトが締め付けられる。キュッと最後に一度力を込め、男性は工具をテーブルの上においた。

 

 完成だ

 

 誰かの呟き声に、静まり返っていた部屋の内部が俄に騒がしくなる。出来た、ついに。口々に呟く関係者たちの声に背中を押される形で、この場で最も立場の高い女性――女性と言うにはあまりに幼い見た目であるが、彼女はれっきとした成人女性である――がドアを開け、厳重に隔離された作業スペースへ足を踏み入れる。

 

「主任」

 

 中へ入った彼女は、居ても経ってもいられない様子で作業場の、先輩と一郎たちに呼ばれる青年に声をかける。ヤマギシ開発部の事実上の責任者である彼は室内に入ってきた彼女――アガーテに視線を向け、腕と頭を指差して確認を求めた。

 

 この指差し確認はアンチマジックが掛かっていないかの確認だ。この作業場はアンチマジックをかけた状態では決して入ってはいけない。もし万が一開発中の機材にアンチマジックの影響が出れば、これまでの苦労が水泡に帰す可能性があるからだ。

 

 だから目の前の主任も確認を求め、それを受けたアガーテも素直にそれを受けた。作業部屋に入ってすぐの所にはボタンひとつでウォーターボールを発生させる装置があり、これに手を突っ込めばアンチマジックの影響が切れているかどうかを確認することが出来る。切れていなければウォーターボールは発生せず、切れていれば発生した水玉で突っ込んだ手が水に濡れる。

 

 パシャン、と音を立てて水玉が弾ける。なれた手付きで濡れた手を備え付けのタオルで拭って、彼女は主任の元へ足早に歩み寄る。

 

「出来ましたね」

「……ああ」

「おっと。アガーテさん、手」

「あ、ああ。すまない」

 

 素手で彼の持つ機材を受け取ろうとしたアガーテに主任がそう注意すると、慌てたように彼女はポケットに入れていたゴム質の薄い手袋を取り出して身につける。魔力が両手から伝わり、機材に意図せぬ影響を与える可能性があるからだ。

 

 アガーテが準備を終えたのを確認し終えた後、主任はゆっくりとした動作で彼女に機材を手渡した。ヘルメットを模したその機材を受け取ったアガーテは、慎重な手付きで、噛みしめるようにぐるりと回転させながらそれを眺める。

 

 期間にすれば1月にも満たない時間だった。理論には自信があった。出来るという確信もあった。けれど、実際に、この手の中にそれが組み上がった姿であるという事実が、熱い気持ちとなって胸を駆け巡っていく。

 

『もし』

 

 自然と言葉が溢れ出てきた。最初は完成だとだけ、簡潔に言って終わるつもりだった。けれど――無理だ。

 

『5年前の私が今ここに居て。私が今、このメンバーの一員として仕事をしているなんて聞かされたら、悪い冗談だと思ったでしょう。そしてこう尋ねたと思います。どれだけ重大な研究をやるから、世界中の頭脳を日本なんかに集めたんだ、と』

 

 これは、この感情はたった一言で終えられるものではなかった。立場あるものの長いスピーチなんて害悪だと思っていたが、なるほど。いざ実際に自分が似たような立場になってみると、言いたい言葉を連ねるだけで長くなってしまうのも頷ける。

 

『世界中の第一線で活躍する研究者たち、しかも脳神経というもっとも繊細で、高度で、複雑な学問に携わる錚々たるメンツを集めて何をするんだ、と』

『ヘイ、ボス! 機材の設計やプログラムの組み込みと俺達も働いたんですがね!』

『君たちは後だ後! スタッフロールに名前は入れてある!』

 

 アガーテの言葉に、スピーカー越しに笑い声が漏れ聞こえる。彼女を含めた研究者たちとヤマギシの開発チームは、短い期間ではあれど最高の連携でもって難題に立ち向かった同士だ。この程度の軽口は日常茶飯事である。

 

『……まぁ。5年前の私でなくても、このチームは明らかにおかしいと言えるだろう。脳神経と脳科学の権威を集めて、恐らく世界中でどこを探してもここ以上は存在しないだろう魔法科学の第一人者たちを集めて、それでやっていることは――コスプレイヤーの魔法再現なんだから』

 

 少しだけ肩をすくめ、戯けるような表情を浮かべてアガーテは言葉を続ける。もちろん、彼女のその表情も言動にも少しの本気も含まれてはいない。客観的にそう見えるという事を彼女は口にしているだけで、彼女自身の内心がどういうものなのかを知らないものはこの場には居ない。

 

 彼女が彼をどう思っているかを、この場に居る皆が短い期間の間に文字通り身にしみて理解しているからだ。

 

『だが、そのコスプレイヤーには夢があった。全人類がそれこそ文字通り夢見た、夢としか思えないような出来事を彼は可能にした。自身の脳内イメージを魔力というツールを使って外部に出力する。空想の中の存在を、この世に彼は創り出した』

 

 作り始めた当初から、この装置の最初の被験者は彼女だと決まっていた。彼女には誰にも負けないだけのイメージが合った。本物に抱きついて、形に匂い、髪の毛の硬度までを確かめた彼女以上にそれが適任な人物は居なかった。

 

『これは所詮は模倣の劣化コピーにすぎない。彼のように一人で完結させる事の出来ない我々が群れて生み出した……頂きに手を伸ばしてたまさか掴むことの出来た、不完全な一歩だろう』

 

 呼吸を一つ。心を落ち着けながら目を閉じて、作成したヘルメットを頭にかぶる。前段階では何度も成功していた。今回も大丈夫なはず。いや、大丈夫だ。そう信じて、彼女は今、この世の中に存在するありとあらゆる人工物の中で最も高価なそれを装着する。

 

『だが、たしかに刻んだ一歩だ』

 

 イメージは出来ている。何度も何度も頭の中で思い描いた。本物と比べた事すらある、完璧なイメージ。装着した瞬間にグングンと吸われていく魔力すらも心地よく感じながら、アガーテはゆっくりと目を見開く。

 

 視線の先。形作られていく一人の青年の姿。感極まって、言葉が出なくなりそうになりながらも。つっかえつっかえになりながらも、彼女は言葉を続けた。

 

『私は、私たちは今日、夢を見る権利を手に入れた。夢見たものをこの手に掻き抱く権利を、手にしたのだ』

 

 結城一路。彼女が思い描く、恋すらした架空のキャラクターが、アガーテ一人の力で具現化した瞬間。爆発的に湧き上がるチームメンバーの歓声の中、彼女は溢れ出る涙を拭おうともせずに彼に駆け寄り、そのズボンに手をかけた。

 

 

 

 

 

「アガーテさん、3日くらい謹慎だってよ」

「うーん、残当だね!」

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