奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第三百四話 そこに一路が居たら誰だってそうする

「そこに一路が居たら誰だってそうする」

「するわけ無いわ」

 

 意味の分からない供述を繰り返すアガーテ・バッハシュタイン女史に対しヤマギシ私的裁判所の最高裁判長山岸真一は無慈悲にガベル(小槌)を叩いた。もちろん問答無用の有罪判決である。

 

 残念ながら当然の結末だろう。衆人環視の中公然とわいせつ行為に及ぼうとしたのだから。

 

 状況を詳らかに説明するためか、大会議室のスクリーンでは延々と実験の一部始終とアガーテさんの演説、そして彼女が意気揚々と俺……ではなく結城一路に駆け寄って彼が身に着けているジーパンのチャックに手を伸ばすシーンの動画がループ再生されている。

 

 傍聴席代わりに使用している会議室の椅子に座ったままお茶を一口啜り、喧々囂々と言い合う真一さんとアガーテさんを眺めながら、俺は恭二に話しかけた。

 

「俺たちは一体なにを見せられてるんだろうな」

「何って、ナニじゃね?」

「誰が上手いこと言えと」

 

 渾身の表情でどや顔を決める恭二に中指を立ててスクリーン前で真一さんと言い争うアガーテさんを見る。とんでもない物を作ってしまった人なんだが。すごい人のはずなんだが、全然そうは見えないのはもう彼女の個性なんだろうな。

 

 

 

 

 

『これは過去にも未来にも類を見ないほどの、正に歴史に名を残す快挙である』

 

 日本冒険者協会と世界冒険者協会連名の発表を受けて、最初に声を上げたのは米国のとある私立大学だった。物理学において同国のMITすら上回ると言われたかの名門私立大学には魔法について研究する研究者も在籍していたが、まず声を上げたのは彼らではなかった。

 

 物理学の権威と言われる一人の教授は、日本から発された発表を見た後、アガーテさんが提唱した“MR”についての論文を確認し、そして確認後すぐに自身が持つSNSアカウントや関係するメディアに、果てには少し発信力のある学生を動員してこの存在を世に知らしめようと動いた。急遽開かれたインターネット上での配信。学生に手伝わせて作らせたのだろうか、やたらとチープな動画の中で、彼は自身の考えを表明する事さえした。

 

 彼も魔法という新たなる概念について彼なりに調べていたのもある。魔法というよりも魔力という概念に彼は興味を持っていた。現在世に出ている魔法という存在は、明らかに魔力というエネルギーに仕事をさせて結果を得るという、実に物理学らしい仕組みで動いていると感じたからだ。

 

 昨年から今年にかけて、学内の魔法研究者と共同で魔力についての論文を執筆もしている。彼は魔力という存在が新しいエネルギーの単位の一つになるとすら考えていた。

 

 この発表を見るまでは。

 

『これまで私は、魔力という存在をある種の万能なエネルギーだと考えていた。それを媒介にすれば熱にも、電気にも姿を変えるものだと考えていた。この魔力という単位は新しい単位記号として近々物理学の世界にやってくるだろうと、そのために私は魔法を学び、つい先日書き上げた論文を学会に発表することさえ行った。すべて』

 

 動画の中で流ちょうに語る彼がそこで一つ言葉を区切ったのは、彼なりの葛藤の証だったのかもしれない。

 

『すべてこの数日で過去のこととなってしまったが。間違っていたとは思わない。ただ、まるで足りていなかった(・・・・・・・・・・)。彼の、MSという人物についても彼だけが扱える魔法についても存じていたが、私の凝り固まった頭はアレを彼特有の魔法現象だと認識していた。アガーテ女史のようにそれを再現するという考えを持てなかった。魔力のみで一個人を構成するという、それこそ無から有を生み出す所業を万民が持てる日が来るなんて思いもしていなかった。質量保存の法則に真っ向から反逆する日が来るなんて思わなかったのだ』

 

 どれほどの衝撃だったのだろうか。目の下に真っ黒なクマを作り、悲鳴にすら聞こえる声音で彼は話し続けた。自身の長年の研究の成果がまるで役に立たない存在についてと、そんな存在に出会えたことにたいする喜び。それにもっと年若い頃に魔力に出会いたかったという嘆き。そして最後に、これほどの偉大な発明を為したアガーテ女史とそのチーム、そしてMSに対する感謝と祝福を伝えた後、彼の1時間近くにわたる動画は終わった。

 

 この動画は瞬く間に世界中を駆け巡り、彼の動画を切っ掛けに各地の研究者たちがアガーテさんの“MR”技術についてに触れ始めた。内容が内容である上に再現するにも完成したキットは一つ、その上それを利用するにも一級品以上の冒険者でなければ数分も維持できない代物であるために最初は眉唾物の扱いを受けていたが、ヤマギシチームやケイティやウィルといった世界トップの冒険者個々人がそれを利用し、再現性が確認できた辺りでそういった懐疑的な意見は消えた。

 

 消えたどころか、爆発的に弾けたと言ったほうがいいかもしれない。

 

「アガーテさんのあの発表でこんだけ真面目に考察とか心情吐露してくれる人がいるなんてな」

「凄いドヤ顔で自分を虚仮にしてた学会の人とか勘当してきた両親煽り倒してたもんね」

 

 いや、まぁ煽り倒してたのは兎も角内容は素晴らしいものだったんだよ多分。俺の中で聞いてた結城丈二さんとかの頭脳班も関心してたし。

 

 それにまぁ、実際アレとんでもない代物だからな。

 

「どこのドラえもんのひみつ道具だよって代物だからね!」

「俺一個だけドラえもんのひみつ道具もらえるならもしも〇ックス欲しかったなぁ」

「ガチなの来たね。私はどこでもドアかなぁ」

「お前もガチじゃねーか」

 

 一花が大学で扱うために最近新調したノートPCを眺めながら、兄妹二人でネットニュースを読む。撮影のほうも順調すぎてもうほとんど出番も終わってしまったから、こういった暇つぶしが最近の日課になってきている。

 

 世間一般ではMR技術は魔力さえあればどんな想像の産物も生み出せるというとらえ方をされているらしい。現状その魔力を賄える奴が世界中探しても100名にも満たない上ほとんどの人間が数分で限界になる代物だが、その辺は今後の発展に期待ということなんだろうか。

 

「その辺ももう手を付けてるって話だけどね」

「ああ。まぁ、聞いてみれば納得できる話だったな」

 

 魔力の消耗が激しいというなら、考えるべき対策は二つ。

 

 一つは魔力の消耗を抑えること。魔力がガンガン消費されるのは、何もない場所に物体を作り出す際それを維持するために魔力を垂れ流していなければならないかららしく、今回作成したMRヘルメットにはこれを多少サポートして効率化する機能があるらしい。イメージの補助ってアガーテさんは言っていたかな。

 

 そしてもう一つの解決策。それは、単純明快な話だ。

 

 魔力の消耗が激しくて使えないなら、より多く魔力を用意してそれを使えばいい。

 

「外付け魔力バッテリーって感じかな? 関西の会社が開発してるんだっけ?」

「ああ。山セラって会社だな。京都ダンジョンの水無瀬さんとこ経由でヤマギシともつながってるらしい」

「……らしい? あれ、お兄ちゃんたしかヤマギシ全体の警備計画を担うヤマギシ警備の社ちょ」

「それ以上はいけない」

 

 残酷な真実を告げられる前に一花の口を塞ぐ。なんでもかんでも真実が良いってもんじゃないんだ。そのことを分かる心優しい妹になって欲しいと兄は思います。




アガーテさん記者会見の図
【挿絵表示】
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