奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第三百五話 地元が一番落ち着かない

 現在、確認されている日本のダンジョンは9か所ある。

 

 北から北海道に一つ、東北と北陸にも一つずつ。関東には二つ。西日本では東海・京都・土佐・福岡に一つずつあり、それぞれに冒険者協会の支部が置かれている。

 

 これはあくまで発見されたダンジョンの数であり、国土の多くが山間部である日本にはおそらくまだ未発見のダンジョンが存在するのではないかと言われており国土交通省が血眼になって山間部の調査を進めている、らしい。

 

「人づてに聞いた話だから詳しくは知りませんがねぇ。まぁ、ダンジョン付近の地価上昇っぷりを目にしたらそうなるかなとも思いますが」

「へぇ。奥多摩付近の土地が凄い値上がりしてるのは知ってたんですが、今そうなってるんですか」

「ええ。俺って忍野ダンジョンがホームじゃないですか。忍野の筆頭冒険者って東大上がりの元国家公務員様なんでね。裏話とか色々聞かせてもらってるんですわ」

「……ああ。あの人か」

「出世レースに負けて都落ちして、出先の冒険者協会で一念発起。いまや全国に9か所しかないダンジョンの管理者の一人ですからね」

 

 教官訓練生2期だから彼の教育には俺も関わった覚えがある。やたらと経歴が面白い人だったな、確かに。気難しそうな男性の顔を思い出しながら、キンキンに冷えたお茶をごくごくと飲み干す。美味い。

 

 現場職員のために用意されたウォータージャグのコックを捻り、簡素なプラコップにお茶を注ぐ。日差しが強いせいか、妙に喉が渇く。エアコントロールのお陰で暑さは感じないんだがな。

 

「現場犬さんもどうです?」

「や、俺は良いです。眠気覚ましにコーヒー腹いっぱい飲んじゃって」

「あー、すみません。急に見学なんて申し込んで。忙しかったですよね」

「あ、いやいやいや。気にしないでください。事前に連絡ももらってましたし協力会社の視察なんてよくあることなんで」

「協力会社かぁ。俺はただの一冒険者部の職員なんでちょっと恐縮ですが」

「ここの現場の警備はヤマギシ警備に頼んでるんですが」

「はい」

「素で自分が社長だって忘れてません???」

 

 そんなことはない。もちろん覚えてるとも。先週だって全体朝礼の挨拶をやったし。社長の挨拶だって30秒くらい立派にやり遂げたのだ。

 

 そう声を大にして主張すると、現場犬さんはなんとも言いづらいような表情を浮かべた後に押し黙った。納得してくれたのだろう。

 

「と、ところで工事計画は順調ですか?」

「順調ですよ。大幅に山を削ることになるんで大分かかるかなーって思ってたんですが、予定の三倍くらい早く工事進んでます」

「それめちゃめちゃ早くないですか?」

「早いですよ。俺も驚いてます。最初に話を聞いたときは数年は食ってけると思ったんですがね」

 

 そう苦笑いを浮かべた後、現場犬は困ったように肩をすくめた。

 

「まぁ理由は分かってるんですがね。エアコントロールとフロートが凄すぎる上にウェイトロスでほとんどの荷物が人力で持てちゃうから、車両が入れない場所での作業が早くなってる。なんなら人がショベルカーを人力で運ぶなんて場面もあるんで」

「人力でショベルカーって持てるんですね」

「フロートとウェイトロスの合わせ技ですね。あれなきゃ手で持った部品が自重に耐えられなくて曲がるんじゃないかな」

「持つ方は問題ないんですね、わかります」

 

 まぁウェイトロスがなくてもそこそこの冒険者ならストレングスだけで持てそうな感覚はあるから、ちゃんと負荷を軽くしておけば持ち運びも楽なのかもしれない。

 

「都心の方では駅の着工も始まってるんですがね。あっちもかなり早く進んでるみたいですよ。エアコントロールを使える魔法施工管理者が一人いれば、地下作業の危険性もかなり減りますからね」

「銀座の地下鉄からまっすぐ奥多摩までですっけ。陥没事故とか大丈夫なんですかね」

「結構気を使ってますよ、国も。2年前に博多駅の駅前が陥没しちゃったし、特に今回の工事は魔法施工管理者が設けられた初の大規模インフラ工事なんで」

 

 おかげでプレッシャー感じてます、と現場犬は乾いた笑いを浮かべる。

 

 彼がかかわっているこの工事はヤマギシにとっても、というより奥多摩にとって非常に重要な工事だ。銀座にある日本冒険者協会支部と本部のある奥多摩との間の行き来は、車だと3時間を超える事もある。電車の本数を増やしたり青梅からの公道を広げたりと対応しているが、往来の増加に間に合わっていないのが現状だ。

 

 大きな工事のたびに青梅から奥多摩に抜ける道が工事車両で渋滞してしまうから、青梅線では昨年から米軍の燃料輸送にだけ使っていた貨物列車を増便し、立川から奥多摩までの荷物運搬をほとんど電車で行うようにもなった。

 

 それでも渋滞がひどいから、新しい道路を作るというのは非常に理にかなっていると学のない俺でもわかる話なのだが。

 

「でもダンジョンにつながる地下道だからって『地下道ダンジョン』は思い切りよすぎる名前じゃないですかね」

「それ通称ですからね。あとネーミングはお偉い先生方です。俺はかかわってません」

「偉い先生方もなんというか、ダンジョンって存在に染まってきたって事なんですかね……」

 

 男二人、並んでぶつぶつと行政に対して思うところを述べながら、休憩中で作業が止まった工事現場を眺める。地下道とか言っても青梅を超えたあたりからは地上に出てトンネル掘って奥多摩まで通すらしいし地下道はちょっと違う気がするんだが、都心側から見れば地下だって理由なのかね。

 

 まぁ、便利になるんならそれはそれで良い。あとはこのまま作業終了まで粘って奥多摩に戻る時間をできるだけ遅らせなければ。

 

「あ、急に現場見たいってそういう……? どうしたんですか、たまに家にいると気まずい空気が流れるワーカーホリック旦那みたいですけど」

「いやぁ……今、奥多摩の方に山セラって関西の会社の偉い人が来てるんですがね」

「あ、大きい会社ですね。すみません、たばこ吸いながら聞いて良いです?」

「構いませんよ。エアコンありますし」

「いやぁ、ほんとエアコントロールは神魔法ですね。副流煙まで除去ってくれるからタバコ吸ってても指さされないし」

 

 最近は喫煙者には厳しいんですよねぇ、と現場犬は愚痴りながら胸ポケットから取り出したタバコを加えて、ライターで火をつける。そしてすぅっとそれを吸い込み、吐き出すと白い煙が彼の口から吐き出されて、そして瞬く間に消えていく。これどうなってんだろうな。

 

 これと同じ感覚でインフルエンザに罹った人もエアコントロールさえかけておけば咳をしても自動的にウィルスを散らしてくれるらしい。さすがにそれは目視できないから確認したことはないが、ヤマギシ記念病院では院内に入る人間すべてにエアコントロールをかけているそうだから間違っていないのだろう。

 

「お待たせしました。それで山セラがどうしたんです? あ。向こうの担当とそりが合わないとか?」

「いえ、そちらとの話し合いでは俺は特に関係ないんですが」

「はぁ」

「山セラの社長さんを紹介するって名目で京都黒尾ダンジョンの水無瀬さんが来てまして。あそこの香苗さん、顔を合わせると真剣で手合わせを求めてくるんですよね」

「…………あ、これ幕末じゃなくて現代の話です?」

「平成の話ですねぇ」

 

 想像してみてほしい。よし今日も一日お仕事頑張るぞ、と職場に行ったらきりっとした見た目の美人さんが薙刀持って「イザァッ!」とか言ってくるんだ。もしかして時代劇の中に取り込まれたのかと思っちゃうよね。ヤマギシは討ち入りされたのかな。それにここ数日、MRについての質問が何故か俺に飛んできたりするから下手に道を歩けないし。アガーテさんの目がどんどん怖くなってくるし。映画撮影も順調すぎてやることが無くなったし。

 

「地元にいるのが一番落ち着かないってあると思いませんか」

「……イッチ、このあと飯食べていきません?」

 

 ポン、と俺の肩を優しく叩き、現場犬は右手の親指を立てた。泣けるぜ。

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