「結婚してくれるって言ったじゃない!!」
トレードマークの三角帽をぐしゃぐしゃにしながら、彼女――アガーテさんはそう叫んだ。叫ぶというよりは慟哭と言うべきそれは、アガーテさんをよく知らない人から見ても悲痛という他はない有様で、だからこそ彼女を良く知っている人々は一歩引いた目線で彼女を眺めていた。
なお絶賛言われている側の俺としては苦笑いではすまないくらいバシバシと感情の奔流に晒されているのだが。早くこの公開処刑を終えたい一心で、ここ数年の
「それは、俺が?」
困惑していると、今はじめてその言葉を耳にしたと表情で語りながら小首をかしげてそう口にすると、涙で顔を濡らしたアガーテさんが耐えきれない、とばかりに首を縦に振る。
「そう、貴方は確かにここで、この場所で私に愛を誓ってくれた。永遠に、病める時も健やかなる時も共に歩もうと誓ってくれたの」
口にしながら、彼女はトレードマークの三角帽を放り投げた。ぺしゃりと地面に落ちたそれを一顧だにすることなくアガーテさんは室内に設置されているなにか大きな機械に歩み寄り、そこに置かれていたヘルメットを手に取った。
「こんな風に」
ヘルメットをかぶったアガーテさんの言葉とともに、彼女の隣に結城一路の姿が現れる。つけた瞬間に出てくる辺りよほど練習したんだろうな、と表情には出さずに感心していると、彼女の隣に立つ結城一路がアガーテさんを抱き寄せて愛の言葉をささやき始めた。
多分ドイツ語で。
「魔法で生み出された創造物とは結婚できません」
「現実と魔法の区別はつけましょう」
「株式会社ヤマギシからのお願いでした」
やたらと流暢にドイツ語を話す結城一路にヘルメットがあるせいでキスが出来ずにガンガン頭突きをするアガーテさん、それを冷めた目で眺める俺を写した後カメラに話しかけるように一花と沙織ちゃん、そして締めに広報部のボスであるシャーリーさんが一礼をして撮影は終了である。なんの撮影かというと新魔法タルパについての紹介PVのようなものだ。
終了したからそろそろそれ消してね、アガーテさん。
「そんな! い、一度出したら魔石の制限上その日はもう出してはいけないことになってるんだ! もう少しだけ、先っちょだけだから!」
「ダメです」
「はい、諦めてね~」
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッッッ!!!」
必死になってヘルメットごしになんとか唇を一路に届かせようとするアガーテさんを、一花とふたりで羽交い絞めにして頭のヘルメットを取り外す。
ヘルメットが外された瞬間掻き消えるように結城一路の姿が無くなり、アガーテさんは濁音のような悲鳴を上げた。
「汚ねぇ悲鳴だぜ」
「お兄ちゃん野菜王子の声真似うまいね」
「お料理地獄で練習したから……」
休日に友人たちとカラオケでネタソン歌いまくる。健全な学生の青春くらい俺だって歩んでいるのだ。
「健全……?」
「そんな事よりシャーリーさん、どうですか。俺の正気度をゴリゴリ削って撮影したブツの出来栄えは」
「いま確認していますがいい出来ですよ。特にアガーテさんの迫真の演技と、一郎さんの見下げ果てたモノに向けるような視線が最高です」
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”…………」
おかしいな。俺は特に演技なんかした覚えはないし、せいぜい表情を変えないよう努力しただけなんだが。同じように絶賛されたアガーテさんに視線を向けると、彼女は演技を超えたナニカを継続したまま地べたに蹲っている。
あれと同列レベルに語られているのだろうか。
「……まぁ、その。はい」
「そうそう、その視線です。ゾクゾクしちゃいますね」
なんとも言えず頷きを返すと、シャーリーさんは頬を赤らめながら親指を立てる。その視線is何。
「そういえばヤマギシはんはテレビCM出してなおすなぁ」
「必要ないですからね。一応、幾つかのテレビ局にスポンサーとして契約してるみたいですけどね」
「テレビの力が必要あらへんて。うちらも言うてみとおす」
京都黒尾ダンジョンの二枚看板の一人、代表冒険者兼妹のストッパーと言われる水無瀬静流さんは俺の言葉に苦笑を浮かべながらそう返した。まぁ静流さんが苦笑を浮かべる理由もわかる。インターネットの隆盛に伴ってテレビ等のオールドメディアは落ち目だと言われているが、それでもテレビの持つ影響力は馬鹿にできない。
俺が言う必要がないというのは、単にヤマギシという会社が自社の宣伝にテレビを利用する意味がない、というだけだ。ヤマギシが行っている主な事業は魔法を利用した発電事業やフローティングボード基盤の作成・販売、魔法を用いた新規技術の開発・提供、ダンジョン内用装備品の開発にドロップアイテムの買取とダンジョン関連の事業ばかりだ。
宣伝が必要なものといったら開発した技術くらいで、それらもテレビでCMをうつよりは動画サイトなどを使って紹介動画を上げる方がいい。アガーテさんの悲鳴動画みたいに下手な誤解を招きかねない効果の魔法もあるからね。
「正直女としては、あの人の気持ちもわかるんどすけどなぁ」
「男としては一生聞きたくないセリフですがね」
あんな言葉を恋人に言われたら気まずすぎるだろ。どうせなら言われる前にプロポーズしたい。
「一郎はん、意外と熱い人なんどすなぁ。言いたい人はおるんどすか?」
「居ません」
「…………あ、はい」
ノータイムで即答を返すと、静流さんはキョトンとした表情を浮かべた後気まずそうに顔をそむけた。
はい。