さて、ダンジョンである。
ヤーマザキいーちばーん
「どうしたのお兄ちゃん」
「いや、この階層まで潜るの久しぶりだなって」
「あー。1月ぶりくらいだっけ? 私は木こり当番があるからよく来てるけど!」
一花と会話しながら、背伸びをして森の空気を肺一杯に吸い込む。慌ただしく撤収を進めているマーブル映画の撮影班の皆さんには悪いが、ホスト兼出演者として1月あまり休みなく働いたからな。たまにはゆっくりしてもバチは当たらんだろう。
アルラウネが湧き出てくる38層は彼女たちが基本的にノンアクティブ、こちらから攻撃しなければ敵対的にならない事もあり、ある意味現在のダンジョン内部で一番安全なエリアと呼ばれている。
ケイティ等は本国で忙しくしているというのに、たまに暇を見てはプライベートジェットを飛ばしてはここに来て、アルラウネとの意思疎通が出来ないかと試行錯誤を繰り返している。
ヤーマザキいーちばーん
「こないだはキャッチボールやったって言ってたよ」
「ほぅ、それは……なぜキャッチボールを???」
「やっぱり言語は伝わらないっぽいけどね。やけくそで目の前で恭二兄と実演したら興味持ってくれたらしいよ」
彼女たちの生態を観察し趣味嗜好やどういう植生、ならぬ食性をしているかも調べ上げ、果てには一人連れ去ろうとしてそのままダンジョンの泡と消え去った経験からやけになったのか。なんでキャッチボールなのかは良く分からんが、それが本当なら凄い発見というか進歩なんじゃなかろうか。
少なくともこれまでのダンジョン内部での人間とモンスターの関係がガラッと変わる出来事だと思うんだが。
ヤーマザキいーちばーん
「だからあの3人、野球のユニフォームなんか着てきてるのか」
「その点はちょっと理解できないけど気分とか気合が違うのかな?」
女性向けに改造されているのだろうテキサス・レンジャーズのユニフォームに身を包んだケイティが綺麗な声で『私を野球に連れてって』を歌い、同じくテキサスレンジャーズのユニフォームを着せられた恭二と沙織ちゃんが「1.2.3ストライクアウト!」と微妙に知ってる部分を微妙に間違いながら歌っている。知らないなら無理に入らなくてもいいと思うんだが。というかこの歌をケイティが歌ってるの面白いな。元ネタと同名じゃん。
しかし初期のダンジョンアタックを思い出す装備で来たな、と最初は思っていたのだが、どうも連中が着てるあのユニフォーム、ケイティのバトルドレスのようにダンジョン用に付与やら何やらでガチガチに固められた特注品らしい。
最初は野球のユニフォームでなにしてんだと思ったんだが、アレはアレで新しい試みの試作品のようなものなんだとか。
「ユニフォームやヘルメットにバリア、か。通常のスポーツでバリアを貫通する破壊力が起こるわけがないし、確かに理に適っているね。外的要因での怪我が無くなるわけだから、格闘技みたいな例外を除けばどんなスポーツでもバリアという魔法は役に立つだろう」
「はぁ。次から次にようアイデア出てきはりますなぁ。うちらも見習わな」
ヤーマザキいーちばーん
ふむふむと三角帽を揺らしながらそう口にするアガーテさんの言葉に、水無瀬の静流さんが感心したように頷いた。37層までは二人とも非常に張り詰めた雰囲気をしていたんだが、安全地帯ともいえる38層に入ってからは気が緩んだのか会話が増え、時折笑顔を見せるようになった。
まぁ彼女たちの自力での到達回数は水無瀬姉妹がギリギリ30層、アガーテさんは30未到達という話だったし仕方のない話だろう。20から30までの獣属性のモンスターたちは動きが早く力も強いという厄介さはあるが、その分特殊な能力などは持っていない。
31層のバジリスクは18層のバンシーを超える初見殺しだ。装備さえ整えばバジリスクは頑丈なだけの楽な相手に成り下がるんだが、その装備の数がまだまだ足りていないため、自力で30層まで到達できる水無瀬姉妹のような冒険者でも30層より下層に挑戦するには奥多摩に来てもらわなければいけない。それを考えれば気負ってしまうのも仕方ないのかもしれない。
ヤーマザキいーちばーん
「まぁ一部例外は居るみたいだけど!」
「あの、山崎さん。それなんで流してるんですか?」
「…………………………?」
「不思議そうな顔をされても困るんですが」
38層に入った瞬間から延々ヤマザキ一番を流し続ける発明王ヤマザキにそう尋ねると、彼は何を言っているのかわからない、とでも言いたげに無言で首をかしげた。その仕草を見て、音楽に惹かれてきたのかなんだなんだと興味深そうに集まってきたアルラウネ達が彼と同じように首をかしげている。
ん、この流れもしかして俺が間違っているのだろうか。音楽は種族を超える的ななにかが起きているのか?
「いや、あっちのケイティたちは特に寄ってきてないし多分違うんじゃない?」
「その手があったか、という表情で彼を見ているな。音楽作戦はやっていなかったのかな? 日本のオタク文化では異種族との交流はまず歌だと認識していたんだがね」
「マ〇ロスはちょっと特殊例過ぎるかなぁ。むしろ今だと食事じゃない? ネットスーパーで取り寄せた和牛でイチコロだよ! あ、餌付け作戦は失敗したんだっけ」
「彼女らどうも光合成っぽいんだよね、もしくは足代わりの根っこから土の栄養吸ってるとか」
少なくとも何日かけても彼女たちが口から何かを摂取する姿は目撃されなかったらしいから、俺たちと同じような食物を摂取する生き物じゃなさそうだ。
「まぁ、その辺も含めて今回のダンジョンアタックでもっと知る事が出来ればいいんだけどな。おい、恭二」
「ちょっと待ってくれ」
目星をつけていた広場に到着したので荷物持ちの恭二に声をかけると、瞬く間にドサドサと荷物が虚空から現れる。この収納もどうなってるのか調べてみたいんだが、中に再生中のビデオカメラを入れても何も映ってなかったんだよな。というか収納した瞬間から再生時間が経っていなかったから内部は時間が止まってる可能性もある。
まぁ、そういう難しいことは後でもいいだろう。まずはさっさと荷解きをして設営に入らないとな。うん、何をするのかって?
安全な森、開けた広場とくればやる事なんて一つしかないだろう。
キャンプである。