38層のボスはでっかいアルラウネ――ではなく、人型の男の姿をしたモンスターだ。細身な女性体をしているアルラウネと違ってこちらは随分とマッシブな姿をしており、髪が枝葉でできているのと足が地面に根を張っている以外はほぼ人間といってもいい姿だ。股間には葉っぱが張り付けられている。
恭二命名でマンドレイクと名付けられたそのモンスターはアルラウネ達とは違って非常に好戦的で、ボス部屋に入った瞬間にこちらに向かって襲い掛かってくる。見た目通り接近戦を得意としているらしいマンドレイクは、右手を大きな木の槌のように変化させるとそれを使って攻撃したり、両手の指を木の枝のような形に変化させて伸ばし、絡めとるような動きをしてくるらしい。
絡めとる攻撃、という言葉に横島が反応して水無瀬姉妹にボコボコにされたのはまぁご愛敬だろう。実際にマンドレイクとの戦いになれてきた数回目の挑戦時に、接近戦をしかけた沙織ちゃんが絡めとられて大変なことになったらしい。人のような形をしているがこいつも立派な樹木の一種で緑色の肌と思わしき部分の下は非常に堅い木材でできているらしく、沙織ちゃんが絡めとられた際には恭二と沙織ちゃんの魔剣が折られてしまったそうだ。
総合的に見て近接戦を行うと非常に厄介な能力とタフさを誇る、それがマンドレイクというモンスターで。つまり、なんだ。
普通に戦えば、恭二がフィンガーフレアボムズだけで終わらせてしまう相手、というわけだ。
「マンドレイク討伐完了……で良いのか?」
「良いのかなぁ」
会敵から30秒。遠距離からの炎系の魔法攻撃にやたら弱いという致命的な弱点を持ったマンドレイクは、あっという間に消し炭のような姿になった。
「この炭でキャンプファイヤーすりゃ良かったかな」
「世界一高価なキャンプファイヤー、ギネス記録更新しそうどすねぇ」
恭二の言葉に静流さんが頷いている。そんな微妙な項目までギネス記録ってあるんだろうか。あるんだろうな、この口ぶりだと。
消し炭になったマンドレイクをつんつんと落ちていた木の枝で突いてみる。今の所反応はない、か。立ち上がって視線を巡らせると、ゲートと思わしき大樹の木の洞の前で、アガーテさんとヤマザキさんが難しい顔を浮かべている。
「やっぱダメだったか」
木の枝の先、消し炭になっていたマンドレイクが少しずつ元の形を取り戻していくのを眺めながら、そう独り言ちる。
マンドレイクはそれほど強い敵じゃない。勿論素の能力では勝っているんだろうが、明確な弱点がある分上の階層のコカトリスやバジリスクにすら劣る程度の強さしかない。この階層のボスを張るには明らかに不足している。
だが、そんな弱い敵相手に恭二が32度も挑戦をする羽目になっている。その理由は
凡そ十数分の時間を置けばこいつは復活し、またぞろ元気に襲い掛かってくる。このやり取りを、恭二たちはすでに30回以上も繰り返している。遠近両方の戦い方を繰り返したのもこのためであり、魔法でも近接攻撃でもこいつは倒し切れなかった。
「恭二、あとどのくらいだ?」
「多分5分くらいで元気に殴り掛かってくるぞ」
「了解」
一度戦闘不能に持ち込んだ後は多少の間があり、その間にアガーテさんやヤマザキさんがゲートが出現するだろうポイントを見て回っている。完全に手づまりな現状を打破するためには、異なる視点の持ち主が必要だ。それに今回で突破できなくてもダンジョンに精通した技術者である彼らが現状最も進んだダンジョン攻略階層を彼らが経験することは、今後のダンジョン攻略において重要な要素となりえる。
ケイティは渋る恭二をそう説得して、今回のダンジョン攻略戦に彼らの同行を求めた。本当ならヤマギシ技術班の先輩さんも連れてきたかったし本人も希望していたのだが、先輩さんは独力での10層到達を達成しておらず、免許的な問題で今回の攻略を見送ることになった。
制度改編のどさくさに紛れてダンジョン攻略階層を20層まで引き上げていればなんとか出来たんだがな。ヤマギシ社長みたいに。
「親父は一応2種免は取ったろ」
「ヤマギシパーティーフルメンバーでのパワーレベリングだったけどね!」
「山岸社長、最高齢のレベル35だってニュースで言われてはったのは……」
『ヤマギシの社長がレベル10じゃカッコつかないからなぁ』
「お前らな……」
身内の暴露でどんどん評判を下げているが、社長だってちゃんとバンシーショックもバジリスクショックも体験しているし到達階層までのモンスター討伐も行っている。アンチグラビティも取得してるし、コカトリスやバジリスクだってタイマンで戦える冒険者なんだがな。
忙しすぎてほとんどダンジョンに入れず、魔力の蓄積が出来なくてタイマン以上は難しいけど。
『お、そろそろ復活しそうだな』
時間潰しの雑談を交えていると、横島が何かに気づいたかのように片眉を上げて視線をマンドレイクの焼け跡に向ける。まだぱっと見では黒い炭に見えるんだが、横島からはもう動く程度の状態には回復しているだろう、という直感が情報として送られてくる。
いわゆる霊感という奴だろう。どういう理屈かは分からんが、スパイディやこいつみたいなタイプの直感は無下にできない。ほぼ間違いなく何かが起こるからだ。
恭二に視線を向けると、俺に向かって小さくうなずきを返して恭二は口を開いた。
「とりあえず今回は戦闘を長引かせたい。いつもほぼ瞬殺してるせいで、こいつと長時間戦ったのは過去に一回だけだからな。それもこっちの油断で慌てふためいて、ろくにデータも残せなかった」
「何ができるのかを把握したいって事か?」
「おう。基本攻撃は食らっていく感じで。バンシーやコカトリスみたいに喰らわなきゃ対策が浮かばない場合もあるしな」
『ッシャアアアアッ! 水無瀬のお姉さま方! い、いやワイは沙織ちゃんでも一向に』
「頼むぞ横島」
『ザッケンナコラーッ! サービスちうもんを――あ、こら一郎テメェ、あ、体が、勝手にっっっ!?』
ふざけんな。女性陣の視線が怖いんだよ。右手経由でそう意思を伝えて中指を立てておくと、横島は『鬼ーっ! 悪魔ーっ!! 鈴木一郎ーっっっ!』と叫び声をあげながら勝手にマンドレイクに向かって歩んでいく足を必死になって止めようとあがき始める。
「よし、ビデオに撮っとこうか。モンスターの攻撃をひたすら受けるなんて普通できないし、データは残しとかないとな」
「お兄ちゃん、たまにめちゃめちゃエグイ事考えるよね?」
「ダンジョン探索に犠牲は付きものデース」
「それ大丈夫じゃない博士の大丈夫じゃないときのセリフだからね???」
若干炭っぽい肌色をしたマンドレイクさんは自分に向かって元気よく足を動かし、元気よくそれを止めようと上半身全部を使って抵抗する横島を興味深そうに眺めながら、両手の拳をパキパキと鳴らし始めた。やる気満々という奴だな。一回や二回は死んでも復活する前例のある奴だから遠慮なくやっちゃってください。